第20話 「選択肢は二つ……八つ裂きか、六つ裂きか」

 夜の街。皆家へと帰宅し人気はない。


 外気は冷たく、身を刺してくる。その痛みはあの頃と同じ――教会に居た頃と。



「あの頃にはもう、戻りたくないの」



 エリスは、スラリと倭刀を引き抜き目前にあった街灯の頂点へと向ける。



「わかってたんだ?」



 エリスの向けた切っ先の先には、不適な笑みを浮かべ見下すかのように彼女を見下ろすクレアの姿。



「私が……というよりアーシェがな」


「ははぁん、あれは私を欺くための演技だったっていうわけ?」



 エリスはクレアへと嘲笑を飛ばし静かに口を開く。



「欺いたのは、貴女じゃなく零司」


「……メソテスジュニア?」



 眉をひそめながらも、クレアは音もなくエリスの前へと降り立った。


 倭刀をクレアの喉元へと突き付けたまま、エリスは言葉を続ける。



「なにも知らない彼……この結界を破壊したとき起こることを知れば、彼は苦悩し苦しみ続ける」


「ならば、彼が気が付く前に全て終わらせようと?」


「…そう。その為には、彼と貴女達を合わせる事無く万事を運ばなければならない」


「その為にこれ?」



 クレアは自ら前へと進み出て、首へと倭刀の先を押しつける。



「ならアーシェと二人でこなきゃ…残りカスしかないアンタが私に勝てると思ってんのかしらん?」


「貴女は問題じゃない。……貴女の姉を確実に殺すためには、アーシェが完全な状態でなければならないの」



 詩文は問題外、その一言にクレアの額に青筋が入った。



「どいつもこいつも……アタシをオネェチャンと比べて……軽視してんじゃないわよッ!」



 怒号と共に、彼女達を中心とした周囲の民家数軒が一気に吹き飛び塵と化した。




 ℱ




 僅かな沈黙の後、驚きに目を見開いていたのはクレアの方だった。


 吹き飛んだはずの民家が、何ともなっていない。



「ほかにも……仲間がいたのね」



 閉鎖空間、それを使った人物はクレアのすぐ後ろに居た。



「無駄……です。あなたは既に閉鎖空間の中」



 ささやかれた小鳥の音色は、後ろでクレアの後頭部へとエクレシアの銃口を向ける美紗だった。



「“エリスさん”一緒にこの魔女を倒しましょう」



 エリスはかつての仲間、美紗――いや、エウア=ネモスのいきなりの登場と言葉に一瞬戸惑った表情を浮かべたが、それはすぐに笑みへと変わった。



「そうだな“名も知らない女の子”。私もここで、一つ死に華を咲かせるとするか」



 二枚の小さな葉が、地面へと舞い落ちる。



「死ぬ気?」


「私は教会で造られ社会的な存在などない。そして既にその教会より私は抹殺された……そう、私は元より生きてなどいない」



 白刃を街灯の光の下踊らせ、一気にクレアへと振り下ろす。



「たかが人間と思うな」


「そうみたいねん」



 不意を突かれたにもかかわらず、刹那の振りであったにもかかわらず、クレアはエリスの初太刀をまるで子供をいなすかのように右へと流した。



「翔べ……裁きの風弾」


「そういえば、もう一人居たわね」



 後方より滑空してきた真空波の弾丸も、彼女へ届こうかとした直前で、風船が割れたかのような音と共に消滅する。



「知ってる? これ、わりと基本的な術式で“マジックキャンセラー”っていうの」



 一瞬不適な笑みを浮かべ、クレアが両手を翼の様に広げエリス達へと向けた。



「走れ、招かれざる“エトランゼ”」



 クレアの言葉を引き金に、その足元からエリス達へと向かい破片を四方へショットガンのように撒き散らしながら、一気に地面が粉砕されていく。



「くぅッ!」



 それは間違っても生身で受けきれるものではなく、絶妙なタイミングで張られた風の壁をも突き破り二人は宙へとほおられた人形のように舞う。



「ネモスッ!」



 しかし、彼女達は常人とは違う。美紗は体内の洗礼武器の力を、エリスはその残りカスを使い宙に舞いながらも的確に真下のクレアへと術式を放つ。


 鳴り響く轟音。


 美紗が円状に真空波を放ち逃げ場を奪い、エリスがその中央へと落雷を放つ。


 この完成されたコンビネーションを受け、無傷ですんだ者は今だかつていない……そう、今までは。



「化け物、か」


「初めてですね」



 砂埃が晴れるとそこには、完全に術中に居たはずのクレアが何事もなかったかのように、特に動いた様子もなく服すら汚さずに笑みを浮かべながら立っていた。



「下の上。それじゃぁ、私のマジックキャンセラーの許容範囲を超えることなんて永久に不可能よん」



 余裕といわんばかりに腕を組み、クレアが二人へと隙を曝け出す。



「アンタ達異端審問官は、そこら辺の小物蹴散らして得意気になってるみたいだけど、結局はこういう事よ――アンタ達に私たちを駆逐する力なんて――」



 言葉を待たずして先んじて動いたのは美紗だった。


 右手の包帯を外し、十字の紋様を露にして銃口を向け引き金を引き絞る。



「隙だらけ……です。自身過剰も良いところ…ですね」


「切り札かしら?」



 光り輝く美紗の右手、クレアは慌てる様子なく彼女が引き金を引く様を見据える。



「祖の力にて切り開け……世の平常への活路…“ガンスモーク”」



 一直線上に真っすぐ途切れる事無く突き進む真空波。



「微風しか使えない一芸馬――」



 クレアの台詞は、ガンスモークがキャンセラーへと触れた瞬間に途切れた。



 ――押し返される?



 それを理解したとき、クレアの鼻先には既に真空波の先があたっていた。



「AMEN」



 クレアに直撃し、竜巻のように上空へと巻き上がる真空波。


 美紗はそれを見て、エリスへと目を向ける。



「走れ、“槍雷”」



 術式が打ち込まれたのは竜巻へとではなく、美紗の真後ろ。


 その寸でにまで迫っていた影は小さく喘ぎ後ろへ飛んだ。



「勘だけは、凡人より超越しているみたいね」



 腹部を軽く二三度撫で、地面に着いた膝をあげる。


 一撃を受けたクレアの瞳は痛みではなく喜びに歪み、腹部から離れた右手には紫の光が纏われていた。



「四○○年ぶりに、まともな喧嘩ができそう」



 紫の光はやがて形造られ、それは爪へと変わり右手を纏った。



「選択肢は二つ……八つ裂きか、六つ裂きか」


「どちらもゴメンだ」



 地を蹴りエリスがクレアへと斬り掛かる。


 それによる驚異的な乱舞は後方を除く、死角の無い壁ともいえる斬撃。


 が、極みにあるクレアはそれを右、左と的確に判断しそれ以上の速度で弾き返す。



「後ろ」



 美紗はエクレシアを捨て、腰に隠し持っていたナイフを取りクレアの後方へと回り込みそれを突き出す、が。



「無駄」



 クレアの一蹴により二人は不様に地面へと叩きつけられた。



「くッ……」



 力の差は歴然。まるで二人の赤子が殺し屋に挑むようなもの、万に一つも勝ち目を見いだせない。



「やはり……やるしかないか」



 エリスが笑う膝を押さえ、懇親の力で立ち上がる。もちろん、美紗も。



「頑張るわねぇ……そんなに零司って子が好き? それとも異端審問官としてのプライド?」


「――どちらでもない」



 立ち上がったエリスはクレアの言葉を聞き細く笑む。



「私の夢だった。誰かの為に本気で、曇り無くこの与えられた力を振るうこと――それは叶うことの無い夢だと思っていた……零司に“助けられる”までは」



 口から流れる血を拭き捨て、一歩一歩地面を踏みしめながらエリスは尚も言葉を続ける。



「これは恩返しであり、罪の償い。私を救ってくれた零司の恩返し……私が教会に従属していたとき殺してしまったあの子供への罪の償い」


「元異端審門官とはとても想像がつかない言葉ね。恩返し、罪への償い……本当にそれを望なら、アンタは今この場で私に斬って捨てられるべきよ」



 クレアは構え、エリスへと爪先を真っすぐに向ける。



「私とオネェチャンが虐げの無い、だれもが望む平和な世界を作ってあげるわ」


「何万、何十万の屍をつくりながらですか?」



 いつもは弱々しい美紗の瞳が鋭くなりクレアの背中を視線で貫く。



「殺さずして平和はない…人はそれを必要悪と呼ぶ――って、オネェチャンがいつか言っていた」


「――どうやらあなたも、私たちも、根本から間違って育てられてしまったみたい……ですね」



 美紗は再びナイフを握りなおしクレアへと向け構えを取った。



「ネモス、サポートをおねがいね……私は――咲かせてみせるわ綺麗な華を」



 エリスと美紗は、互いに見えずとも同時に頷き、同時に地面を蹴った。

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