第16話 「あ、そう。じゃあ、余計なお世話だヴォケッ! って返しておいて」
透き通った視線、感情など微塵も感じないその視線に、零司は身体が震えた。
「でも……アナタの言う“狙う”のニュアンスとは少し…違います」
「違う?」
美紗は押し黙り、右手をこちらへと向ける。
包帯越しに浮かび上がる十字の紋章。
「連れ帰る気は……ありません」
「――ッ!」
―――。
微かにそよいだアーシェの髪が、ハラハラと数本宙に踊った。
しかし、そんな事にまったく動じる様子もなく美紗を睨み続けるアーシェ。
「な―――」
何が起こった、と言おうとした零司の横。零司とアーシェの間に、二人を引き裂くかのように何かが倒れこむ。
「“監視と傍観”……それが私に…私たちに与えられた、本来の任務……ですから」
――息が荒くなる。
恐る恐る倒れこんだ物体へと視線を落とす零司。
倒れこんでいたのは、胸板に銀のナイフを突き立てられ、じわじわと赤い液体を地面へと垂れ流し続けているスーツを着た中年男性。
「心配しなくたって、それは“式”よ。閉鎖空間のなかに普通の人間は入れないって言ったでしょ」
零司の危惧を見透かすかのような一言。
アーシェは再び美紗へと視線を戻す。
「で、私たちを助けちゃって“監視と傍観”じゃなかったの?」
「気にしなくても……助けるのはこれが最初で最後…です」
「あ、そう」と鼻で笑うアーシェ。
「あと……エフェソ様からアナタ達へ…伝言があります」
「エフェソ? あぁ、教会のジジィね」
自分のマスターとも言える人物への侮辱的な言葉にもまったく反応を示さない美紗に対して、面白く無さそうな表情を浮かべるアーシェ。
「“姉妹のコックが晩餐のメニューを完成させた。近々オーダーが始まるだろう”……と、追伸で“せいぜい生き残れ”…だ、そうです」
「あ、そう。じゃあ、余計なお世話だヴォケッ! って返しておいて」
ビシィッ、と中指を立ててみせるが、やはり美紗は感情を表す様子はなかった。。
ℱ
用意された幕は切って落とされる。
選択の時は、刻一刻と、確実に迫ってきていた。
「失敗…かぁ。完璧だと思ってたんだけど、式もまだまだ改良が必要かも」
「か…がぁ……」
魔力により微かに命を繋ぎ止めていた“式”が助けを求めるように、見下ろし嘲り笑っているクレアへと手を伸ばす。
「助けるわけ無いじゃん。――役立たず」
苦しみ悶える式を、紅い瞳は冷徹に見下ろし口元は滑稽とばかりに歪む。
「でも、私は優しいから慈悲を施してあげたり」
腰に当てていた手を、式へと向けるクレア。
式がその手へと自分の手を伸ばす。
「はい、慈悲」
あと少し、まさに目と鼻の先まで式の手が迫ったとき、クレアの差し出した手に一枚の人形が召喚された。
「が…っ!」
式がクレアの意図に気が付いたときには既に手遅れ。
召喚された人形をクレアが無常にも握り潰すと、それとリンクしているかのように式の全身から高音と低音の楽曲が始まる。
足、腕、肋骨。
首を除いたすべての骨が一気に粉となり、ゴム人形のように人間味が失われる。
「アハハハハッ!」
絶望した表情を浮かべ、足から風化していく式。
その光景に、甲高い笑いを上げるクレア。
その狂気の瞳は、その狂乱した笑いは、彼女を悪魔と呼ぶに十分だった。
クレアはひとしきり笑い終えると、夜空に浮かぶ三日月を仰ぎ、それを視界から遮るように右手をかざす。
「ほぉうら、私の思っていたとおり……霧谷零司にアーシェ。――と、ついでに審問官も」
三日月を見上げながら風化した式の残骸を中心に、まるでワルツを踊るかのように妖艶な笑みを浮かべながら回りはじめる。
「私達が相手しなくちゃ」
そう言ってクレアがかざしていた手を退かすと、三日月は紅く――鮮麗な紅ではなく、黒ずんだ深い赤色へと染まっていた。
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