第14話 「知らないほうが幸せ、か?」
住んでいた町が、華峰町が結界術式だと告げられて数分、零司は茫然とアーシェを見つめていた。
「この町の全てが…全部術式だって言うのか!?」
建物も、地面も、この町に存在する全てが術式。
アーシェの言葉を信用するならば、アーシェの言うこの町の魔術師は、今日闘ったアステロペテスやエウア=ネモス(美紗)…へたをすればあのサルディスという人物をも凌ぐ強大な魔力を持っていることになる。
「いくら何でも……町一つだなんて規模がでかすぎるだろ」
「そうでもないわよ、あの姉妹なら」
まるで当然だというように、あっさりと言ってのけるアーシェ。
「巨大な結界を張って、後は結界のなかに幻想術式を張り巡らせれば出来上がり。何も知らないで移住してきた人間は幻の中で家庭を築く。たまに降る雨や雪だって全部が幻想だから、幻の家に住んでいたってそれを本物だと疑う事はない」
――手の込んだ事を……でも、なんでそんな大がかりな事をする必要が?
「なんで、その姉妹魔術師は結界で町を? 町が欲しいなら術式で普通の町を手に入れることだって――」
「教会にある資料に、イマジンシティの別名で“捕食の町”と記されていた」
先程まで気持ち良く寝息をたて、寝ていたはずのエリスがいきなり身を起こす。
「アステロペテス!?」
「エリスと呼べ!」
むくれた顔をし、寝ている雪一向を指差すアステロペテス、もといエリス。
「あぁ、悪い。――それより、“捕食の町”って?」
「……貴男は――いや、貴方たちは私の言いたいことが理解できていないようだ」
エリスが零司とアーシェの手を引き、寝室へと連れ込む。
「な、なんだよ?」
「貴男は一般人を巻き込むつもりか?」
雪達が寝ていることを目認し、静かに寝室の扉を閉める。
「気が利くじゃない、審問官だったくせに」
「審問官は、いつだって人々の為に行動している」
「あ、そ」と鼻で笑うアーシェ。
「――で、なんなんだよ“捕食の町”って?」
「不思議な質問だ。貴男はメソテスの知識を手に入れたのではないのか?」
エリスに言われて、「あぁ、そうか」と瞳を閉じる零司。
「……あれ?」
「どうした、零司?」
――無い? 術式の情報が、断片的にも存在しない?
「やっぱり」
始めから結果が分かっていたように、黙って見ていたアーシェが呟く。
「自分の奥の手をホイホイと見せるはず無いもの。私だってイマジンシティの術式を知ったのはつい最近だし」
「なら、親父もよく分からなかった術式だって言うのか?」
――術式の研究をしていた親父ですら知らない術式……。
そう思ったとき、未知の力への恐怖からか零司の背筋に悪寒が走る。
「と、言うことは私の知る知識が一番役に立つ、と言う事か?」
「アーシェも分からないのか?」
腕を組んで小首を傾げてみせるアーシェ。
と、タイミングを計りエリスが口を開く。
「この町は、ただ単に自らの優越感を満たす為の術式ではなく“自らの力を保つための結界”だ」
“自らの力を保つため”
しかし、そこには一つの矛盾が出てくる。
「自分の力を保つ? 常に術式を使っている状態で、何で保つことができるんだよ?」
「奴らに、ほぼ魔力の限界はない――ただし、定期的に大量の血液を摂取していれば、だが」
「大量の、血液?」
零司がそう言うと、何を思ったかアーシェが勢い良くベッドへとダイブした。
俯せの状態から、即座に仰向けになり上半身を起こすと、そこには昨日や今日とはまた違う、“悪戯な”ではなく“楽しげな”笑みを浮かべるアーシェがいた。
「魔術師と吸血鬼の混血姉妹。私や他の魔術師は稀少種と呼んでいたわ」
「魔術師と吸血鬼の混血?」
「完全な吸血鬼で無いにしても、その種を持つあの姉妹は血を摂取しなければ力が衰えてしまう身体になってしまった」
軽い補足とともに“町”の説明を続けるエリス。
「そして、その為にあの姉妹が生み出した術式が“イマジンシティ”。――ある日をを皮切りに、この町は選別された者全ての血を一気に“捕食”する」
「選別者の、捕食? ……じゃあ、二年前の失踪事件も?」
「事件の事は知らないけど、恐らく術式の犠牲者だな」
――確か、の失踪者の数はは五○人くらい……もしあの事件がその姉妹の術式の被害者だとすれば――。
「また奴らが術式を使えば、その失踪事件と同じ数の犠牲者が出るでしょうね」
零司の考えを呼んだかのようなアーシェの一言。
「ま、だからどうという事無いんだけど。生半可な正義感で首突っ込まれて足手纏いになられるのもなんだし……」
そう言ってベッドから跳ね起き、軽快な足取りで歩きだすアーシェ。
エリスもそれに続くように歩きだす。
「お、おいアーシェ!」
「――それが、アナタの知りたがっていた私の敵よ」
そう言って、零司一人を残し、アーシェとエリスは寝室を出た。
「まだ、審問官のままねアナタ」
寝室の扉を閉め、ボソリと呟くアーシェ。
「貴女こそ、本当は知っていたのだろう? ――この町の幻想は、建物だけではないことを」
「えぇ。でも、その事を言えば、零司は絶対に協力しない。それに――」
「知らないほうが幸せ、か?」
「そうね」
知識は時に、それを得たものに“幸せと不幸”“希望と絶望”を同時に与える。
彼女達の配慮は果たして正しかったのか……いずれにせよ、復讐の物語は、ここから始まる。
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