第13話 「フィロソフィア……アナタはやはり、危険因子ですよ」
光から逃れるかのように作られた北区・特殊研究施設の地下最深部に、その部屋は存在した。
四方を鉄の壁で囲まれ天井には、精肉場のように所狭しと黒い寝袋が吊されている。
「キャハハ、さっすがだね。お姉ちゃんの言うとおり、本当に審問官が動いたよ」
「当然。あのアーシェが動いたのですから、七つの教会が動くのも道理です。それに、一年前からこの町をかぎ回っている少年……」
「キャハハ! 知ってる、知ってるよお姉ちゃん。アイツの子供でしょ? メソテスオジサンの子供」
談話が行われているのは、寝袋を掻き分けた先。
小さな円卓テーブルが設置され、そこには向かい合わせに座る薄い紫色の髪をした女性が二人。
「どうやら、その少年は審問官との戦闘でメソテスの能力の全てを継承したらしいですね」
落ち着いた口調の女性。赤色の瞳を持ち、右目の下には小さなホクロ。機能性を重視し、袖を切り落としたチャイナドレスのようなものを纏っている。
肩までかかるモミアゲに対し、後ろ髪は属に言うウルフカット。
女性は右手に持ったハーブティーで満たされたティーカップを、緩慢に蕾のような口元へと運ぶ。
「マジで? じゃあどうするの、お姉ちゃん? アーシェを先に始末するかメソテスジュニアを先に始末するか、どっち?」
対照的に慌ただしく喋る女性。姉と同じく赤い瞳。この女性には反対の左目に小さなホクロが存在した。
前髪を主に伸ばしたショートカットは女性の左目を完全に隠し、それだけでも少女的な彼女の口調を中和し、ミステリアスな印象を与える。
姉と対照的な露出度の高いチャイナ服に両手にはめた肘まで掛かる長い革の手袋は、顔や髪の似通った姉に対してのアイデンティティを主張したものだった。
「クレア……アナタはもう少し傍観する事を憶えなさい。メソテスの“作品”である少年の能力は未知数……へたに手を出すのは危険です」
「でも疼くの、お姉ちゃん。ここ二○○年、まともに身体を動かしてないんだよ?」
大振りな手つきで不満を表現するクレア。
しかし、姉の方は気に止めず紅茶を啜る。
「私は、テレサお姉ちゃんみたいに頭脳タイプじゃないからさ…無理なんだよぉ、闘いたいの」
啜っていた紅茶を口から離し、うっすらと目を向けるテレサ。
「“晩餐の日”が近い今、悪戯に動いてアナタと私のどちらか一方が倒れるような事になったらどうするのですか?」
「お姉ちゃんだって知ってるでしょ? アーシェが少年と接触しちゃって、このままじゃ私達の術式が破られるのも時間の問題だよ!」
席を立ち上がりヒステリックに怒鳴るクレアに対し、テレサはやはり冷静な面持ちを崩す気配はない。
「少なくともメソテスとの闘争と、審問官に一度殺されて弱った彼女はまだ行動を起こせません」
「それでも、メソテスジュニアが居るじゃない」
全く動じないテレサを見て落ち着きを取り戻したのか、クレアは椅子へと腰を下ろした。
「彼は力を貸さないでしょう。――それに、自分の育った町が術式で作られた物だなんて、受け入れられると思いますか?」
「人間の考えることなんてわかんない」
口を尖らせて寝袋の方へと目を向けるクレア。
「ともかく、“晩餐の日”で力を取り戻すまで手出しはしないでください」
「……今がチャンスじゃないの。あのアーシェが弱っている今が――今こそがアーシェを完全に消滅させるチャンスじゃない!」
一度強く机を叩き、納得のいかないという表情でクレアは立ち上がり、寝袋を掻き分け奥へと消えていった。
静寂に包まれた部屋に響く、荒々しく鉄製のドアを閉める音。
「不安定…ですね。アーシェの存在がそうさせているのか……それとも――」
そこまで言って、テレサが小さく笑みをこぼす。
誰もいない場所での独り言。そんな無意味な行動、ここ四○○年することがなかった――いや、する必要がなかった。
「フィロソフィア……アナタはやはり、危険因子ですよ」
“危険因子”
しかし、言葉とは裏腹に紅茶に移るテレサの表情はどこか楽しげでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます