第12話 「焦らさないで早く言えよ」
「あぁ~、ヤバイ。回ってる回ってる」
零司は家のソファーにぐったりと座りこみ、天井を見上げていた。
「あぁん!? 闘る気? 闘る気なら受けて立つわよ!」
「黙れウルサイ沈め。貴女の声を聞くと虫酸が走る」
「イェ~イ! やっちゃえ姉様~!」
「ぬふふ、なかなか面白いことになってきましたな」
目の前のテーブルでは、アーシェ、アステロペテス、雪、亮介達がけたたましく“お祭り”をしている。
「なぁんか、こんな雰囲気って良いよねぇ~」
隣で紅茶を啜りながら無責任な発言をする香織。
「そ~ですね」
「どぉした霧谷氏ィ! テンション低いぞ?」
「来るな、絡むな、バカがうつる」
――何でこんな事に。
──零司のローテンションは今から約六時間前まで遡る。
後始末だー、と言ったのは良いが血は既に床に染み付きガビガビに固まり、何だかんだ五時限目も一人ボイコット。
アステロペテスは軽く二・三回血を削り“汚らわしい”と後始末をボイコット。
死んでたアーシェは時間にして五時限目の半ばで復活。「俺の心配は無駄だったんかいッ!」とツッコむ暇もなく、状況を理解していないアーシェがアステロペテスに喧嘩を吹っかけ大惨事。
ほぼ人間に戻った体でアーシェに再び病院送り的な怪我を与えた彼女に拍手!
やっと一段落つき六時限目に恐る恐る帰ると黒板にはデカデカと、“零司とアーシェがアイビキ”の文字。
しかも誰が付け足したのか“アイビキ”の『イ』の部分にバツマークをつけ代わりに『ラ』に変更されていた。
かくして“零司とアーシェがアイビキ”が“零司とアーシェがアラビキ”に。
――精神科に直行することをお薦めします。
それはさておき、放課後。学校始まって以来初めての二時間連続ボイコット事件の容疑をかけられ二人は指導室へ任意動向。
一時間の取り調べの後、釈放。
さらに帰り道アステロペテスが学校の屋上に倭刀を忘れた事を思いだしカムバック。
無事に倭刀を確保したのは良いが、その帰り道に雪と亮介に遭遇。
軽く話をするだけの筈が雪がアーシェの横暴さに惚れて姉様と呼び出す始末。
さらに香織にまで出会ってしまい、なぜか家で歓迎パーティーを。
そして現在に至る──。
「ねぇさまぁぁぁぁぁ!」
アーシェへと飛び掛かる雪を、
「せい!」
巴投げ。
「ブロンド最高!」
アステロペテスに襲い掛かる亮介を、
「ふれるな」
ラリアート。
それなりに広いリビングはプロレス会場へ。
こういう状況になったのも理由があるわけで、全ては雪の一言から始まった。
“そこのブロンドさんの名前は?”
アステロペテス、と言おうとしたが本人の強い要望により記憶喪失で名前不明。
そこで雪の提案「思い出すまでの間の、名前を考えよう」。
その会議(?)の中でアーシェの“ヨウダ”発言に対し。
「センスの無い貴女の発言は全面的に却下だ」の一言で第一次名前大戦勃発。
「や~め~ろ~! おとなしく会議しなさーイ」
時計をみると既に八時近く。
――まさかコイツら全員家に泊まる気か?
「なんか良いね~」
テーブルはひっくり返され座布団が飛びかい、しまいには人まで飛びかっている。
この光景が良いと言っているのならば、間違いなく香織の頭は半分昇天していることだろう。
「落ち着けェェェェッ!」
零司が怒鳴ると今まで騒いでいた全員が沈黙する。
「名前を、考えるんだろ?」
確かに、と全員が落ち着きを取り戻し、テーブルを元に戻して再び会談の席に着く。
「じゃあ、改めて私に相応しい素晴らしい名を考えてもらおうか」
――つけてもらうくせに生意気な。
「そうね……アナキムなんてどう?」
――なんてネーミングセンスだ。
「姉様の名前で賛成!」
「却下」
間髪入れずに却下する零司。
「あぁん!? じゃあ零司は何か考えてんの?」
「鷹宮リオ――ぶふぅ!」
雪の肩に手を掻け発言しようとした亮介の顔面に雪の裏拳が直撃し、涙を流しながら倒れ会議から脱落した。
「と、言うかオマエは何か無いのかよ?」
アステロペテスに振ると予想していなかったのか、飲んでいたフォンタグレープを少し吹き出した。
「い、いきなり振るな。脳みそ吹き出すかと思ったぞ」
──すごい体質ですね。
「そうだな……アイアンメイデンとか、ギロチンとか……」
「ゴメン、オマエに聞いた俺が馬鹿だった」
「あ、じゃあ“エリス”なんてどうかな?」
以外にも、普段消極的な香織が自ら発言してきた。
「エリス?」
「うん、確かギリシャ神話で出てきた“争い”って言う意味だったと思う。――ほら、なんだかさっきから口が悪かったり暴力的な名前出してたじゃない?」
──挑発してる!? まさか香織、アステロペテスの事挑発してるのか!?
「ほう、良い名前だ」
──気に入ったのかよ!!
「はん、確かにアナタみたいな暴力女にはお似合いね」
「うるさいゴキブリ女。貴女はその生命力を生かして新薬品の試験体に成ってしまえ」
嫌味を言ってきたアーシェに対し、さらにヒドイ嫌味で返すアステロペテス。
──仲良しが一番だ。
正直、零司はもうどうでも良くなっていた。
時計を見ると時刻は十時半を指していた。
結局あのまま騒ぎ倒し眠ってしまい、全員零司の家に泊まることになっていた。
「ヤな予感はしてたんだよな……」
皆が食い散らかしたお菓子の袋や、飲み散らかしたジュースのカンやペットボトルを片付けながら豆電球のみのつく部屋のなか一人ぼやく零司。
「でも、大した奴だ」
アーシェの寝顔を見ながら、小さく笑いをこぼす零司。
「殺された相手に、こんなに仲良く出来るなんて……俺には無理だな」
今の時代、他人と仲良くするなんて普通でも難しいというのに……そう考えると、アーシェのとてつもなくデカイ器を思い知らされる零司だった。
「エリス、か」
紙にハナマルを付けられた名前。結局、新しいアステロペテスの名前はエリスに決定していた。
──しかし、本当の争いのなかに身を置いていた彼女にとって、この名前はどう感じたのだろうか?
「なによ……紙握り締めて真剣な顔しちゃって」
「え?」
声のした方向を振り向くと、アーシェが掛け布団からニヤけた目を覗かせていた。
「テメェ、起きてるんなら手伝えよ」
「起きてない、コレは寝言」
──起きてんじゃねぇか!
「なぁ、アーシェ…」
「なに?」
「オマエ、この町へ何しにきたんだ?」
「え?」
零司の質問に、ニヤけていた目を丸くするアーシェ。
「いきなり現れて、巻き込まれて……変な力まで手に入れて。――全部オマエから始まったんだぜ? なのに、俺はオマエが何をしたいのかすら知らない……今日、美紗が言ってたよな? オマエが二人の魔術師を殺したって」
「それは……」
「それに初めてオマエとあった日に、オマエは異端審問官なんか眼中に無い、みたいな事を言っていた……本当の敵は、誰なんだ?」
「――わかったわよ」
観念したかのように、それまで顔の半分しか見せていなかったアーシェが布団をはぐって上半身を起こす。
「知らないなら……知らない方が幸せだったんだけど」
「焦らさないで早く言えよ」
ちょうど窓からの風でカーテンがなびき、アーシェの顔が月明かりに照らされた。
「敵は、この町そのものよ」
──なんだって?
「良く出来すぎて…あまりにも大きすぎて、逆に気が付かなかったでしょうけど。この町も、この家も……全て魔術師が作り出した結界の中の仮想の物。最上級複合結界“イマジンシティ”」
「ちょ、ちょっと待てよ」
――冗談にしては質が悪すぎる。だって、彼女の言っていることは……。
「私は、この町を創りだした……私を――いや“私達”を裏切った魔術師三人を、殺しにきたの」
「なに……言ってるんだよ?」
──結界? この町が? 小さい頃から住んでいたこの町が……
「それじゃあ」
……全部。
……全部が。
「この町全部が、魔術師の作り物だって言うのかよ?」
無常にも…アーシェの首は……縦に振られた。
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