第3話 「うおぁぁぁぁぁあっ!? なんっじゃこりゃぁあっ!」
北区『特殊研究施設』。
白塗りのコンクリート壁に囲まれた中にある特殊研究施設は、まだ昼間だというのにどこか暗く、面妖な雰囲気を醸し出している。
頻繁に白衣の人間が出入りする施設。
零司はカフェテラスからその建物をジッと見つめていた。
〝新薬研究施設″
表向きにはそうなっているが、実際のところ関係者以外入ることができない。そのため、内装や研究内容を知る者は誰もいない。故にこの施設の謎を解き明かせば家族の死に近づける、そんな気がした。
──少し歩いて見てみるか。
零司は立ち上がり、周りを伺いながら施設へと歩き出した。
「ん?」
テラスから数メートル歩いたところで、零司はその姿に気が付いた。
服屋のショーウィンドウにもたれかかり、零司と同じように施設を見つめる少女。背丈は、一七○センチある零司より少し小さい一六五センチ前後。端正な顔つきで、モデルか何かなのだろうか、とてもスタイルがいい。
少女の翡翠色の瞳は、ただただ施設だけを見つめている。
少しして、見惚れていたこちらの視線に気が付いたのか、少女は不意にこちらに目を向け歩いてきた。
──やばい、こっちに来る!
悲しいかな、零司に英語のスキルはなく、出来るのはただ少女に背を向け声をかけられないよう祈るだけだった。
だが、無常にも零司の肩は叩かれた。
「ねえアナタ、わたしのこと見てたでしょ」
以外にも聞こえてきたのは流暢な日本語。振り向くと、そこに立っていたのはやはり先ほどの少女だった。
「え? あ、まあ、少しだけ、です」
零司は狼狽しながらもなんとか答える。
ふわっ、と何かの花の香りがした。シャンプーの匂いだろうか。
少女の顔は、近くで見るとよりいっそう可愛いかった。零司は思わず口ごもってしまう。
「君もあの施設に興味があるのかな、って思って」
聞くものを虜にしてしまいそうな、美しいソプラノが耳朶を擽る。少女は後ろで手を組み、前屈みになって上目遣いに零司を見つめている。
「施設?」
少女は施設を一瞥してすぐに向き直り、白い歯を見せてにっこりと微笑む。
「まあ、そんなところかしら」
「外国の人、だよね? 観光?」
一瞬困ったような顔をして、少女は「ん~」と言いながら首を傾げた。
──しまった。ナンパみたいに聞こえたか?
暫し数一○秒の沈黙の後、少女は口を開いた。
「観光、とは違うけど……観光みたいなもの? あれ、でも観光じゃない?」
どうやら違うことで首を傾げたらしい。
とりあえず、零司は早く施設の調査に戻りたかった。
「まあ、何もない町ですけど、ごゆっくり」
そう言ってその場から離れようとしたとき、後ろからガッチリと左腕をつかまれた。
「な、ななな、なんですか!?」
突然のことに動揺する零司。なにやら弾力のある物体が左腕に当たっている。全身の体温が一気に上昇するのが分かった。すぐさま離れようとするが、万力のように締めつけられており簡単には外れなかった。
──って、なんつー力だよ。でも微妙に嬉しかったり。
零司は妄想を吹き飛ばすかのように、激しく顔を横に振る。
「わたし、アナタについてく」
真顔で一言。
少女の息が耳元を撫でる。
「はいぃ?」
零司は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。それもそうだろう。いきなり今日知り合った美少女に「アナタについてく」なんて言われたら、誰でもそのような声を出すというものだ。
──これは俗に言う、逆ナン?
ちょっぴり嬉しい零司。少女の体温が直に伝わってくる。
「どうせ施設の方へ行くところだったんでしょ? わたしも行く」
そんなことを言われても、零司には「どうぞご自由に」としか言えなかった。施設に行くなら別に俺に断る必要はないのでは? と思ったからだ。
二人はそのまま施設へと歩き出した。
しかし、先ほどからのこの弾力。
人の気配が全くない施設周辺。
零司は理性との熾烈な戦闘を強いられることとなった。
──かれこれ十数分。
少女はいまだに付いてきていた(さすがに説得して離れてもらった)。いや、すでに〝憑いてきていた″の方が正しいかも知れない。
あれから、少女はずっと零司のすぐ後ろを歩き続けている。しかも心做しか、零司には少女が施設ではなく自分を凝視しているような気がしていた。
「あのぉ?」
歩を進めるのを止め、零司は少女へと振り返る。
「何?」
少女はキョトンとした瞳で見つめてきた。
「さっきから俺の方ばっかり見てません?」
「うん」
零司の問いに少女は二つ返事で肯定した。とびっきりの笑顔で。
「俺の背中になんか〝憑いて″ますか?」
「別に」
「じゃあ、なん──」
零司の言葉は、少女の人差し指に遮られた。それと同時に、少女は「静かに」と自分の口にも反対の手の人差し指を当てる。
きょろきょろと辺りを見回す少女。
「来てます来てます」
──? 電波ですか?
「やばいやばい、結構ヤバイかも!」
──? アナタの頭が?
「ほら来た。君の後ろに汎用人型決戦兵器」
──? エヴァ?
「へぇ」
零司の反応の薄さに少女が「意外」といった顔をする。
「あれ? 結構落ち着いているわね」
すっ、と少女の指が離れる。零司にしてみれば、この少女が何をしたかったのかよく分からなかった。
「まあ、自分で言うのもなんですけど、結構クールなんで」
「ふ~ん。クールねぇ」
含みのある少女の言い方。
少女の瞳は零司ではなく、その後ろへと向けられていた。
「何かあるんですか?」
ゆっくりと後ろを振り向く。その光景に零司は硬直した。
──前言撤回。俺、クールじゃないです。
「うおぁぁぁぁぁあっ!? なんっじゃこりゃぁあっ!」
いつの間にか零司の後ろには、フライドチキンを売っているお店でよく見かける白髪白髭の老人の置物(通称カーネル)が立っていた。建物の隙間から差し込む光がカーネルに不気味な影を付け、普段の温厚な顔が凄惨なほど邪悪に見える。
「て、手の込んだドッキリを、ってこれをやりたかったんかい!」
「違うわよ。今さっき自分で歩いてきたの」
「はぁ?」
──何言ってんだ? 置物が勝手に動く? なんだそりゃ、超魔術か!
零司は先ほどからこの少女の言動には首を傾げる他なかった。これ以上関わるのは止そうと思い、零司はサッサとこの場から離れようとした。
「あっ、零司! 気をつけて!」
「は? なんで俺の名前を──」
「危ないっ!」
少女の声が聞こえたのとほぼ同時に、零司は少女のハイキックにより地面へと薙ぎ倒された。腹部と背中にダブルの衝撃と痛みを伴いながら、零司は砂煙を纏い地面を転がり回る。全身をゴツゴツとした砂利が痛めつける。
「うぇ、げほッ。ってぇな! 危ないのはお前のあ……たま?」
回転が止まり、顔を上げた零司は想像を絶する光景に驚愕した。
〝置物″のカーネル。
動くはずのないその〝物体″は手に刀を握り締め、目の前に存在していたのだ。
「なんと、フライドチキン店のオジサンは〝式″でした」
おどけて言ってみせた少女の右手には銀色に煌めく白刃が握られており、ツゥっと血が滴り落ちる。少女が握り締めていた白刃を離すと、式は即座に刀を鞘へと納める。するとそれは元あった〝ステッキ″の形へと戻った。
どうやら少女は零司を蹴り倒したすぐ後、カーネルもとい式の斬撃を右手で受け止めていたらしい。
「おいっ、なんだよコイツ。これもドッキリか?」
「ドッキリで真剣なんか使うわけないでしょ。ほら、わかったらそこら辺に隠れててよ」
少女は傷付いた右手で、まるで邪魔と言わんばかりに払ってみせる。
「ふざけんな、言われなくても、ってお前は? お前、右手怪我してんじゃねぇのか?」
真剣を素手で受け止めて平気でいられるわけがない。切り落とさなかっただけ僥倖だが、大怪我はしているはずだ。
しかし、零司の心配を鼻で笑う少女。
「バカにしないで。皮一枚、怪我の内に入らないわよ」
そう言って零司に背を向けた右手には血が付いているだけで、傷は完全に消えているようだった。
──冗談だろ? あの斬り傷が一瞬で塞がったのか!?
「ほら、早く。今のアナタを見て確信したわ。〝彼″の術式は完成していなかった、ってね」
「おい、お前さっきから何を」
急に重力が軽くなったように感じ、零司を妙な浮遊感が襲う。否、少女が零司の襟首を掴んで持ち上げたのだ。
「テメ、お、おろせっ!」
男性をそれも片手で持ち上げたことに驚愕しながらも、零司は反論した。
「邪魔」
が、反論も空しく、力任せに投げ捨てられる零司。
「うぉおっつ!」
まぐれか、それとも計算されていたのか零司は植込みに落ちた。ゆっくりと顔を上げ、零司は対峙する二人を視認した。
その5秒後、零司の視界は暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます