39話 命令
ふわふわふわりとカカシが宙を舞う。
まるで蝶のように、綿毛のようにゆったりと空を泳いでいる。
そんな宙を漂うカカシの背後から、物陰に身を潜めてジロリとカカシを睨む者が一人。
そう、悪魔な私。
破壊光線じみた熱線から逃げ延びた私は、なんとか物陰に身を潜めて隠れることに成功した。
どうやらあのカカシ、一度敵を見失うとそのままふわふわと漂い続けるらしく、背後を取った私はあの破壊力抜群のぶっ壊れカカシを倒すために作戦を立てていた。
「とはいえ…作戦といってもなぁ」
現状、私にあのカカシを倒す術ははっきり言ってないに等しい。
だって考えもみなよ、ものすっごい勢いで熱線を撃ってくるカカシを相手に前に出たら、即殺されるに決まってるじゃんか!
それに、私には前に出る勇気なんて一欠片も持ってるわけないのに……!
え?吸血鬼の時は前に出てたって?
あの時は頭に血が昇ってたし、シエルの為ってのもあったから…。
というより今にして考えたら私凄いな!?あんな化け物相手に戦えてたって事実でベタ褒めしたくなっちゃうよ!
「っていやいや…今は自分を褒めてる場合じゃないよね…!?どうやったらカカシを倒せるか……ってうわぁっ!?」
くるりと、私の声が大きかったせいでカカシが反転する。
的が私を捉えると、中心に熱球が発生して…そして放射される。
ビシュン!シュンシュン!!
SF映画でよく聞くビーム音と共に熱線がこちらに放たれると、私は身を放り投げるように物陰から飛んだ。
「た、たた退避ーーーッ!!」
熱線の熱が背中に伝う。
半ば涙目になりながら、私は逃げ惑う。
依然カカシは容赦なく熱線を撃ちまくり、私は高みの見物をしていたメアリーに助けを求めた。
「お"、おねがいじまず〜!!だずげてぇ〜!!」
ひぃぃ〜!!と情けない悲鳴と大粒の雫を垂れ流しながらメアリーを見る。
けれど私なんかよりよっぽど悪魔な彼女は…羽虫でも見るみたいな嫌悪剥き出しの表情で踵を返した。
「さっきまでの威勢はどこにいったのよ」
見損なったと言わんばかりのその表情に、さらに涙が溢れ出る。
調子乗ってすみませんでしたぁ〜!!
「……あなた、悪魔ならもう少し意地を見せなさいよ、そもそもソイツは火力が高いだけで大したことはないのだから」
「そ、ぞんなこと言われでも〜!!」
怖いものは怖いんです。
声を枯らしながら訴えるけど、悪魔には人の心が分からないらしく、メアリーは特大の溜息を吐いて腰に手を当てる。
そして、やれやれと言わんばかりの態度で、面倒臭そうに口を開いた。
『正面を向きなさい』
「え?」
彼女の言葉が…私の耳に入る。
脳の奥まで届き、透き通るようなその声に…私は言われた通りに足を止めて、カカシがいる正面へと向く。
あれ?どうして私…怖いのに前を向いてるんだろ?
さっきまでの行動とは真逆なはずなのに、全く疑問に思えない。
『右に身体を傾けて』
「右…」
言われた通り、身体を右に傾ける。
瞬間、熱線がすり抜け床を焦がす。
ああ、危なかった…言われた通りに避けてなかったら死んでたかもしれない。
ホッと安堵するのも束の間、カカシは第二射を放とうとする。そこを。
『カカシの浮いてる場所まで、このまま突き進め』
え?避けなくてもいいのかな?
でも、言われた通りに動いていれば…委ねていればなんとかなると思った私は、そのままカカシの方へと駆ける。
足に魔力を乗せて、床を蹴った!
ごうっと風が吹いて、風が私を運ぶ。
その時第二射が放たれたが、私に当たるわけもなくそのまま外れる。
このまま走っていれば、どうなるんだろ?
疑問に思いつつも、私は言われた通りに突き進む。
風に乗って、風に押されて、カカシの浮いてる方へと駆けて…辿り着く。
『よし、じゃあ撃ちなさい』
そして、最後の命令が頭に響いた。
頭上にはふわふわと浮かぶカカシがひとつ。私は命令に従って右手に魔力を込める。
銃の形を指で型取り、そして人差し指の指先から…。
「撃ち抜けっ!!」
渦巻く風の弾丸が、螺旋を描きながら発射された。
◇
空中にて、カカシがバラバラになる。
笹木ユウが放った一発は、カカシに着弾すると同時に、身体を引き裂くようにして破壊した。
なんてえげつない攻撃なの…。
あれを催眠状態でやってのけるのだから、彼女の魔法の技術は思ってた以上に高いと私は悟る。
今の戦闘、笹木ユウは情けなく無様な醜態を晒しただけだと思われるが、実はそんな事はない。
彼女が魔法を使う時に渦巻く魔力の力に、一撃に込められた威力…。
彼女の魔力量はまさにプールと言った所で、私よりも膨大で質の良い魔力を持っている事が分かった。
とはいえ、戦闘センスに難アリ。
あんな無様な醜態を晒す前は、自信満々にしていたのがとてもムカつく。
結局私に頼ってたし、何より涙をぼろぼろと流していた姿はとても悪魔とは思えなかった。
「…面倒な悪魔を召喚したわ」
これなら、するんじゃなかったと後悔しかける。
だけど、成果は確かにあったのだ。
戦闘センスがなく、ちょっとしたことでボロ泣きする悪魔だけど、あの膨大の魔力と魔法のセンスがあれば、どんな敵にだって勝てる!!あの、お姉様にだって!
「その為に、まずはどうするか…よね」
笹木ユウの方へと視線を向ける。
ちょうど今、命令が解けたのか…はっとした表情になってバラバラになったカカシに驚きの表情を浮かべていた。
その様子が子供っぽくてバカっぽくて、フッと嘲笑うように笑みを浮かべる。
「いや、どうするも何も簡単なことね」
考えてみれば、笹木ユウに戦闘センスさえ補えればそれで良いのだ。
なら、先程の戦闘のように私が裏で命令すれば私の思うままに動く最強のしもべとなる訳ね。
あら、案外簡単に解決したわね。
「笹木ユウ…あなたは私が使い潰してあげる」
私の人形として、復讐を成す道具として。
クツクツと怪しい笑みを浮かべ、高みの見物をしていた私だったが…この後、酷く後悔するとは思いもしなかった。
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