38話 しもべ


 主従契約。

 それが、私の知らない間に結ばれた私達二人の契約だった。

 その証拠は胸に刻まれた紋章であり、言葉に魔力を乗せる事で、メアリーの意のままに私を操る事が出来るらしい…。


「え、じゃあ…さっき足を舐めたのってメアリーの命令のせいってワケ!?」

「違うわよ!あなたが突然舐め始めたの!」


 べしんっ!と頭上に衝撃が走る。

 いたい…叩かれた。


「多分、私とあなたの魔力の差が大きかったのだわ…だから上手く命令が聞かなかったって訳ね…」

「な、なるほどう…ってそれよりも何で私にそんな契約したの!?」


 先程の問題は解消できたとして、一番の問題は私が知らない間に契約されていたことについてだ!!

 身体を前に突き出して、尋問するようにメアリーに問うと…彼女は反省の色もないような態度で、口を尖らせて言った。


「どうしても、悪魔の力が必要なのよ」

「悪魔の力?」

「言ったでしょう?私は追放された身、再び戻るためにも強力な力が必要なのよ…その為ならこの身体だって犠牲にできるくらい…強力な力をね」


 ぐっと、両手に力を込めて…怖い顔で言い切ると、次の瞬間へらっと調子良さそうに笑った。


「まぁ、あなたがバカで助かったわ。本来なら代償の一つや二つ支払うつもりでいたけど…なんの代償もなく契約出来たのはありがたい限りね」

「ば、バカってなにおう!?そっちなんて現代文のテストぼろぼろだったじゃんか!」

「はぁ!?分かるわけないでしょう!?つい最近までイギリスにいたんだから!」


 ぎゃーぎゃーぎゃいぎゃい。

 契約のことなんか無視して、私達は前のテストの点数で喧嘩しあう。

 エミリーは特に現代文が酷くて、先生に怒られているのを見ていたから知っていた。


 あ、私はもちろん全教科ぼろぼろだけどね。


「はぁはぁ…というよりあなた…勝手に契約した事に驚いても、怒りはしないのね」

「だ、だってこうやって勝手にされるの初めてじゃないし……」


 お姉さんに無理矢理サキュバスにされた時も、まぁこんな感じだったしね…。

 あの時は無知の私を騙してって訳じゃなく、強行突破って感じだったけど。


 別に、怒っても何か変わる訳じゃないし、それに…。


「メアリーとやっと話せたし、勝手に契約されて良かったって思ってるよ」


 私の目的は、メアリーと仲良くなりたいっていう理由だったから、接点が出来た今になってはこれもアリかなって私は思っている。

 その事をはっきりと伝えると、何故かメアリーはドン引きするように身を引き始めた。


「あなた…Mなのかしら?」

「ちがうよっ!?」


 どっちかと言うとSだよ!?

 ああ、いや…今のは失言だった!


「ま、まぁ!今まではろくに話が出来なかったから、私としては話せて嬉しいってこと!」

「なるほど?じゃあ、あなたはこの契約において何の不満もないってことね?」

「んー…そうなるよね?別に、契約されて何かされる訳じゃないなら私としては全然だいじょーぶだよ!」


 ばっちぐー!と親指を前に突き出して快活に笑う私。

 そんな私を見て、エミリーは安心したように微笑むと、次の瞬間悪魔みたいな猟奇的スマイルを浮かべた。


「そう、ならあなたのツノや翼、尻尾から血…皮や髪!ありとあらゆるものを好き勝手にしていいってワケね?」

「……へ?」

「ウフフフフッ!悪魔の素材を使えば、より高品質なアイテムが出来上がるでしょうねぇ…楽しみだわ、クックククッ!」

「え、あの…グ、グロテスクは…え、NGで〜す…」


 へっぴり腰で断固拒否をすると、エミリーはクツクツと笑いながらこっちを見る。

 ギラリと輝く瞳に思わず身体を震わせる。


「嘘よ、貴重な悪魔だもの…もっと慎重にするわよ」

「慎重にって…する前提なの!?」

「少し血や髪を貰うくらいなんてことないでしょ?それに…私と『お話し』が出来るんだから快く差し出してくれるわよねぇ?」


 ニヤリと悪魔的に笑うメアリー…。

 それはまるで悪巧みをする悪代官みたいな悪者っぷりで…私の心に後悔が滲み始める。

 あ、あんなこと…言うんじゃなかった〜!!


 後悔先に立たず…。


 学校に現れた謎の転入生は、悪魔より悪魔している猟奇的な魔女でした…。

 果たして私はこれから先どうなってしまうんだろう?

 先の見えない未来にふるふると恐怖しながら、私は…魔女の下僕になってしまったのだった…。



「まず、あなたの力量を見てみたいわ」


 あの後、エミリーの住む家…もとい工房を案内された私は、地下にある広場へとやって来ていた。

 そして、エミリーはそんなことを言い出すと…声と同じくして広場から煙が舞った。


「わ、なに!?」

「あれは訓練用のかかし、魔法の練習台として使うのよ」


 舞う煙が晴れると、そこにはへんてこなカカシが一本生えていた。

 箒をそのまま逆さにしたような手抜きさで、顔の方には『◎』マークの的が付いている。


「いい?今から魔法を撃ってみて、あなたの魔力量を知りたいからね」

「う、うん…なんだかすごくファンタジーっぽい!」


 こういうのには密かな憧れがあった。

 最近流行りの異世界小説を読み漁っていた私は、自分の力量を発揮することでみんなから驚かれる!というシチュエーションが大好きだった!

 そう、つまりこれは…!!


 私、またなにかやっちゃいました?をするチャンスじゃん!!


「ふっふっふ、見てなさいなエミリー…私の実力をね!」

「……なんか腹立つわね、いいからさっさとやりなさい…やらないと」


 エミリーが何か言いかけていたけど、私は言葉を遮って広場の方へと駆ける。

 そして、右手に魔力を込めて…!!


「ふっ…!」


 とべぇ!と言いかけたその時、かかしはくるりと翻る。

 的が私の方をじっと見てから、そして…。


 熱線が私の頬をかすめた。


「んへ?」


 じゅわっと熱が頬に伝う。

 めっちゃあつい…くそあつい!ていうかそれよりも、今あのかかし…!


「は、はかいこうせん撃ってきたァッ!?」

「撃ってくるに決まってるでしょ?これは戦闘用の練習台として作られたのを」


 られたのを?


「私が魔改造したやつだから」

「なんてことしてんの!?」


 バカなのかな!?バカなのかなぁ!?

 さらりと言ってのけるエミリーにツッコむのも束の間、もう一度熱線が私の方へと放射され…私は間一髪なんとか避ける!


「うわあっ!」

「言ったでしょ?力量を見せてって」

「いや、むりだよ!あんなの倒せないってぇ!!」

「悪魔ならあんなの瞬殺でしょう?がんばりなさい」

「悪魔をなんだと思ってんだぁ〜!!」


 クツクツと笑う悪魔…。

 このまま何を言っても止める気はないらしく、エミリーは高みの見物と言った様子で私を見ている。

 そう、つまりこれは…。


 あのかかしを倒さないと、私死ぬかも…!

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