37話 命令


 一瞬の閃光が瞬き、瞼の裏から光が消えると…恐る恐る私は瞼を開いた。

 光が強すぎて、世界がいつもより明るく眩しいけど…それでもなんとか我慢して、周囲を見渡した。


 なにも、変化はないのかな?


 周囲の変化は特になく、相変わらず大きな魔法陣が描かれた部屋だけがそこにあるだけ。

 でも、変化があると言うなら…それは目の前で勝ち気に佇む、メアリーの方だった。


「ふ、ふふふっ…やったわ!やったわ!!」

「えっと…お、おめでとう?」


 と、とりあえず喜ぶ彼女におめでとうと一言送ってみる私…。

 すると、クツクツと怪しい笑い声と共に。


「ええありがとう笹木ユウ!あなたが馬鹿のおかげで私は契約を果たす事が出来たわ!」

「え、へ?」


 態度が急変したみたいに、メアリーは悪役令嬢みたいに「あっはっはっは!!」と高笑いする。

 そんな彼女の姿と言動に…私は置いてけぼりになって、間の抜けた声のままメアリーを呆然と見つめていた…その時だった。


 身体に刻まれていた、タトゥーのようなものに気付いたのは。


「え、なにこれ…!」


 視線を移すと、はだけた制服の胸元からは明るい紫色で描かれた、怪しい紋章が刻まれていた。

 それは、首輪を彷彿とさせるデザインで…見た目だけでも何かよくないものだと理解できた。


「淫紋に似てるけど…全く別のやつだよね、これ」


 というかなんで私の胸にこんなのが刻まれんの……って、さっきの光が原因か!?

 

 ハッと思い出して、先程の光景を思い出す。

 違和感を感じたのはその時だったけれど、じゃあ誰がやったの?という話になると…間違いなくメアリーがしたに決まっている。

 何より、さっきの言動が…何よりの証拠だからだ。


「ね、ねぇこれさ…もしかしてメアリーがやったの?」

「ん?…ええそうよ?気付くのに随分と時間が掛かったのねぇ?あなたが正直に名前を告げたおかげでスムーズに契約に移行できたわ、ありがとう」


 クスクスと、嘲笑い馬鹿にするような微笑みで答えるとメアリーは近くにあった椅子に腰を掛けた。

 そして、私より細く…小さなその脚を目の前に突き出すと、上から目線でメアリーは言った。


「足の甲に口付けをしなさい笹木ユウ」

「へ、へぁっ!?」


 と、唐突のお嬢様プレイッ!?

 い、いやいや違う違う…!

 

 素っ頓狂な声を溢れ返させ、私はひとまず冷静になるために跳ねた心臓を落ち着かせる。

 すぅーはーすぅーはーと深呼吸を数回繰り返してから、もう一度聞き直すように耳をメアリーの方へと傾けた。


「足の甲に口付けをしなさいって、私は言ったのだけど?」

「……空耳でもなくまさかの事実!!」


 まさかメアリーさんにこんなご趣味が!?と驚愕してる私を他所に、メアリーは深い溜息を吐いて…ジロリと睨んだ。


『ぐだぐだしてないで、さっさと命令に従いなさい』

「え?なに言って……あ、あれ?」


 一瞬、意識が揺れる。

 苛立ちの含んだ彼女の声は、なぜか心の奥底を揺らすように響くと、メアリーの命令通りにしなきゃって身体が動く…。


 ぎぎぎっと関節の動かないロボットみたいに、ぎこちない足取りでメアリーの元へと近付くと、その小さな足に…顔を近付ける。


「ふふふっ!どうやら魔力を乗せることで命令を聞くみたいね!」


 メアリー…メアリー様が、何か言っているけれど。頭があやふやな私は命令通りに足の甲に口付けを交わす。

 ちゅっと、可愛らしい音が弾けると満足気なメアリー様の声が頭上から聞こえた。


「ふっふっふっふ、従順従順!」


 ああ、すごく喜んでる。

 喜ぶメアリー様の声を聞いて、私自身も嬉しくなる。

 そうなると、もっと喜ばせたいって思うのが普通であり。私は数秒考えた後に、口付けていた唇を離すと…その白く綺麗な足を。


 舐めた。


「ひゃっ!?」


 ぺろりぺろり。

 最初は足の甲を舐めると、次に指の間に舌を入れて舐める…。すこししょっぱい。


「な、なななななななナナナナ!!」


 なんか頭上から変な声がするけど、多分とっても喜んでるんだろう。

 舐めて正解だったなぁ〜と、自分の行動を誇らしく思い、更に舐めていく。


 ぺろぺろぺろり…。

 

 ピンクの舌先で、雪のように白い足先を舐めていく。

 私の唾液が、足に付着してるけど多分怒られないだろう…。


 そう思って、ぺろぺろと舐める私だったけど…。


「je ne peux pas le croire!!」


 聞いたこともない英語と共に、突然顎から衝撃が走った!!

 ずどんっと真っ白な足が私の顎を見事に蹴り上げると、半泣きの瞳がジロリと私を睨みつけていた。


「信じられないわ!!なんてことすんのよ!!」

「い、いったぁ〜〜いっ!!なにすんのさぁっ!!」


 顎が割れるように痛い…!

 けれど、割れてはいないから痛みを堪えながら、突如蹴り上げたメアリーを睨みつける。

 

「なにをするってこっちの台詞よ!!私は足の甲にキスをしてって言ったの!舐めろなんて一言も言ってないでしょ!?」

「舐めた方が喜ぶかもしれないじゃんか!」

「喜ばないわよっ!?」


 えぇーっ!?ハナ達には結構好評だったのに!!


 って、それよりも私はある事に気が付いた。そもそも、エミリーとはそういう仲でもないわけで…私が進んであんな事をしたなんておかしいと。

 じゃあ、どうしてこんなことをしたのか?と考えたらさっきの違和感を思い出す。


「なにか、したの!?」


 胸元の紋章といい、さっきの違和感といい…!

 私がメアリーに何かされてるのは明確で、戦闘体勢に入りながら問いただす。けれど…。


「うぇっ…足に唾液付いてるじゃない!もぉ〜!なんてことすんのよ!!」


 私の声は届いておらず、指の間にべっちょりと付着している唾液を見て、泣き出しそうな表情でそれを見ていた。

 な、なんか…悪いことしちゃったかも。


 ちょっぴり罪悪感…。

 と、とりあえず…泣かれて話が出来なくなったらイヤだし、唾液ぐらい拭いておこう。

 

 ポッケからハンカチを取り出して、私は泣き出しそうなメアリーの元へと近付くのだった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る