閑話 デート チカ②


『私と!デートをしようよ!』


 チカの寂しさを埋めたい。

 そう思いついて提案をした私は、チカとデートをすることになった。

 と言っても、今は夜の時間…。

 こんな夜更けに、悪魔…といっても女子高生が外に出たら流石に怒られてしまう。なので、こっそりデートをしようって事になったんだけど…。


「は、はねえ!?」

「えへへっ!どう?驚いたでしょお?」


 自慢げなチカと驚愕する私。

 チカの背中には蝙蝠のような大きな羽が生えていて、思わず大きな声を上げてしまう。

 そんな様子を見て、チカはケラケラと愉しげに笑うと説明をしてくれた。


「あれからさ、吸血鬼のことについてシエルから聞いたんだけどさ。吸血鬼ってイメージすれば体の形を変えることが出来るんだって」


 ほら、こんな感じで!と言うと、頭にぴょこんっとネコミミが生える。

 それに脚がチーターみたいに細く変化したりして、私は声にもならない驚愕の表情でその姿を見ていてると、ハッとする。


 確かにあの吸血鬼と戦った時に、筋肉を膨張させたりして襲ってきたけど…まさかそんなことが出来たんだ。


「すご……って、チカは吸血鬼の能力をもう使いこなしてるんだ!」

「へへ〜!どう?吸血鬼っぽくない?」

「ぽいっていうか吸血鬼なんだけどね?」


 ネコミミも脚も元に戻して、蝙蝠の羽を見せつけるようにくるりと回るチカ。


「他にも、壁を通り抜けたり…霧になったり、動物に変身したり出来るんだよね〜」

「もうなんでもアリじゃん…」


 吸血鬼の能力を熟知しているチカに、凄いと感心してしまう。

 というよりそこまで能力を行使出来るって、実はチカって吸血鬼の才能があったんじゃ……。


「それよりさ、デートしようよユウ」

「あ、うん…そうだね!」


 声を掛けられてハッと思い出す。

 いけないいけない!!とかぶりを振って、意識をチカに向けると、白く美しいその手を握る。

 すると、ぐいっと身体を引っ張られて…私はお姫様抱っこされる形になった。


「え、は、ええ!?」

「じゃあまずは見せたいものがあるからさ、つかまっててね?」


 え、は?どういうこと!!?


 驚き困惑するのも束の間。

 私を抱えてベランダに出ると、大きく跳躍して外へと飛び出した!


「ちょっ!!?お、おちっ…!!」

「だいじょーぶだって!」

「だいじょーぶな要素ないんだけど!!?」


 クスクスと愉快に笑うチカ。

 私は地面に叩きつけられるんだと恐怖して、目をぎゅっと瞑った。

 けど、いつになっても衝撃が来ないから…恐る恐る瞼を開けた。


「……わぁ」


 感嘆の息が漏れる。

 ばっさばっさと羽音が耳に入ると、それがチカの背中に生えている蝙蝠の羽からだと、すぐに気付いた。


「どう?空に飛んでる感想は」

「すごい…ちょーすごい」

「あははっ!めっちゃ子供みたいな感想!」


 稚拙な感想で悪かったですね!


 ぶうっと頬を膨らませて怒ってみるけど、それでもこの浮遊感は私を怒りを霧散させる。

 だって、私は今…空に浮かんでるから。


 ドキドキと心臓が高鳴って、興奮が止まらない。

 飛行機とかそんなんじゃなくて、子供の頃に夢見た幻想だからこそ…私は子供みたいにはしゃいでいた。


「すごい、すごいよチカ!」

「ふふっ、これには吸血鬼に感謝かなぁ」


 二人一緒に空に浮かんで…子供みたいにはしゃいでいると。

 チカは私を見ると不敵に微笑んだ。


「今からすっごい飛ぶけど、舌噛まないでね?」

「へ?」


 ニヤリと笑うと、羽が大きく羽ばたいた。

 そして、ぐんっと大きな力と共に上へ上昇していくと、重荷を背負わされているような重さが私に降り掛かる!


「え、わっ…わあああああ!!!」

「少しの辛抱だからね!!」


 ぎゅーーんっ!!とチカに抱かれて私達は、空を突き抜ける。

 そして、雲があと少し手を伸ばせば届くくらいの距離まで辿り着くと…私達はそこで停止した。


 ごーごーびゅうびゅうと風が吹いていた。


 ばたばたばたと服と髪が強風に攫われて、私はそれに逆らうように手で抑える。

 冷たい夜風がこれでもかと襲い、身を縮こませながらチカに強く抱き付く。


 けれど、そんな寒さを一瞬…忘れさせるような景色が、私の視界には広がっていた。


 夜の世界の中で、キラキラと輝く金色の光に瞳が吸い込まれる。

 とても幻想的な世界だった…。

 暗闇の天井を見上げると、穴が空いたようにぽつぽつと星の光があって…その下には人の営みの光が輝いている。


「キレイ…」


 ほうっと…息を呑みながら呟くと「でしょ?」と自慢げに話すチカの声が耳元に囁かれる。

 私はチカの方に振り返って、その姿を見た。


 蝙蝠のような、漆黒に濡れた大きな羽を羽ばたかせる姿は…まさに吸血鬼。

 流れる金糸の髪と、真っ赤に染まった血の瞳に、夜闇の中でも一際目立つ真っ白な肌。


 吸血鬼のイメージに相応しい、夜の君主は瞳に私を映すと子供みたいにあどけなく笑った。

 私も、釣られて笑い返すと…照れているのかバタバタと羽が大きく羽ばたいた。



 空の景色を堪能して、私達はデートを続ける。

 空を飛んで、高層ビルの間を通り抜けたり…少し危険を冒すように人気のない道路の真ん中で飛んだらもする。

 二人して夜風を浴びて、笑い合いながら私達だけの空中散歩を楽しんでいると…ふと、チカは公園への降りた。


「あれ?もう終わりなの?」


 もう少し空の幻想に浸っていたかった私は、寂しげな声でチカに尋ねる。

 すると、チカは「ごめんごめん」と言って降り立った理由であるその場所へと、歩を進める。


「公園…ここになにかあるの?」

「ん〜…とくに何もないんだけどさ。ほら…ここって大きな広場があるじゃん?昔はヒーロショーとかやってて楽しかったけど」


 そう言いながら着いたのは、円形の広場だった。

 確かに、チカの言う通り昔はヒーロショーとかやってて大いに賑わっていたけど…。

 かつての活気はそこにはなかった。


 じゃあどうしてここに?と問う前に、チカは答えてくれた。


「私さ、ぶっちゃけるとヒーロショー好きなんだよね…いやえと、ヒーローが好きなのかな」

「へぇ、そうなんだ!私もニチアサの番組たまに見るけど面白いよね!」


 特に今やってるのは話が面白くて好きだったりするけど…どうして急にヒーローの話へ?


「ユウも好きなんだ、私達趣味が合うね♪」

「えへへ…そうかな?」

「それで、話を戻すんだけど…ヒーローで思い出したんだぁ、ユウが私を助けに来てくれたことを」


 病院の時と、吸血鬼を倒してくれた時の事…指を折って思い出に耽って、嬉しそうに微笑むと血の瞳が真っ直ぐ私を見つめる。


「だからさ、ユウって私のヒーローだったんだなって思ったんだ」


 まるで愛の告白みたいに、広場の中央に立って言われて…私の身体はむず痒くなって、照れる。


「ヒーローってそんな………って、そこは魔法少女とかでは!!?」

「ユウはそんな風には見えないかな〜魔法少女っていうより男らしいし」

「お、男…らしい……」


 がーーんっ!とショックを受ける。

 そ、そう…私って男らしいんだ……そ、そっか。


「ああいや!その、ちゃんと女子だけどね!?別に男って訳じゃないから!!」

「う、うん…分かってるよ。大丈夫…それで?」

「それで、そのさ…たくさん助けられて、なにも返せてない私だけど…その」


 頬を掻いて、どぎまぎと頬を染めて言葉を紡ぐことに照れるチカ。

 何度か勇気を出して、顔を赤くして…口を尖らせてから、一言…桜色の唇から言葉が漏れた。


「好き」


 思わず、息を呑む。

 だって…とても綺麗だと思ったから…。


 夜の闇に、一際美しい黄金の輝きを放つチカは月を彷彿とさせた。

 今夜は月が隠れていて見えないのに…とても綺麗な月を見たと錯覚するくらい…美しいその姿に、私の身体は停止する。


 私も、好きだよ…と言いたいのに…照れて言葉が出ない。

 喉がつっかえてて喋れない…!


「わ、わた…わた、しも!」

「ふふっ、なに照れてんの?」

「だ、だって…!すごく…」


 綺麗だったから…。

 言葉に出なくても、意味は伝わったみたいでチカは妖しく笑って「ありがと」と言うと、大きく両手を広げて私を抱き締めた。


「すき!だいすき!!」


 満面の笑顔を咲かせて、私の身体は振り回される。

 真夜中の広場で、ぐるぐるぐると大きく回って…。


 粗雑だけど、華麗とも思えるその舞踏会は長い時間続いた。

 お互いに笑って、愛を送り合って…何度も何度も、回り回って愉しげに踊る。


 言えなかったけど、私も…。


「大好きだよ、チカ」


 あの時のいじめを笑って許しちゃうくらい…あなたが好き。

 もうメロメロで仕方ないくらい大好きだ。

 でも、チカが可愛すぎて言えないまま…私は言う機会を失ったのだった。



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