閑話 デート チカ①
世界に暗闇が訪れると、私は支度をして外へと出る。
薄ら寒い夜風に身を縮こませながら、私は目的の場所へと小走りで急ぐ。はぁはぁ…と息を切らしながら、痛くなった横腹を抱えると、そびえ立つ集合団地を見つめる。
そして、呼吸を整えて階段を登った。
4階にある左端の部屋の前に立つと、私はチャイムを押した。
ピンポーン!と高い音が鳴る。
私は反応を待ってじっとしていると、すぐに部屋の奥からガタゴトと物音が耳に入った。
けれど、どうやら慌ただしい様子で物音が鳴り止む気配がしない…。
もしかして、早く来すぎてしまったかな?
もしそうなら悪いことをしたなぁ…と頬を掻いて部屋にいる人物に謝罪の念を送ると、それに呼応するようにガチャリと勢いよく扉が開いた。
「ご、ごめん!寝てた!!」
「あはは、こっちこそごめんね?早く来すぎちゃったかな?」
しゃらりと金系が舞う。
染められた金とは違う自然な黄金の髪、寝起きのせいで髪が渦巻いているけれど、それでも私を見惚れさせるには充分の美しさがそこにはあった。
私は、謝りながらその髪に触れる。
ふと、血のように赤い瞳と目が合う。
私達の視線が交差し合うと、真っ赤な血はルビーのようにキラキラと煌めいた。
そして、私達はお互いに顔を近づけ合って…音が弾ける。
「最近…大丈夫?チカ」
「まぁ、一人暮らしなんてしたことなかったから…結構苦戦してるけど、それでもなんとかやってる」
「そっか」
苦笑して頬をポリポリと掻くチカの姿を見て、ひとまず安心して微笑んだ。
吸血鬼になったチカは、あれからこの団地に住んでいる。
本来、吸血鬼は危険な悪魔として地獄に隔離されるのだけど、チカは特別で…私の血さえあれば人に危害を与えずに生きていける。
だから地獄に送られる事はなく。この団地に隔離されながら、チカは一人暮らしていた。
私は、そんなチカの食事もとい彼女の身で…。毎晩こうしてチカの元に赴いているのが日常だった。
「じゃあユウ、少し散らかってるけど…入って」
「うん、お邪魔します」
家主に招かれて、私はチカの家にお邪魔する。
家の中はあんまり無い。
最初に真っ黒で重いカーテンが目に入ると、その横には棺桶が置かれていた。
「相変わらず…異質感がすごい」
「そう?吸血鬼と言ったら棺桶じゃん?」
「いやまぁ、そうなんですけど…」
チカがまるまるスッポリと入るその棺桶は、正直に言うとミスマッチすぎる。
確かに吸血鬼のイメージには当てはまるんだけど……それって古臭い古城にこそあるべき代物なワケで……。
つまり…部屋の中で一番浮いていた。
「でもこれさ、すごい眠れるんだよ」
「そ、そうなの?…眠れるんだ、これ」
「うん。中がふっかふかでさ、真っ暗闇だからぐっすり眠れるんだよ」
「へ、へぇ…」
そう言われるとなんだか興味が湧いてくるじゃありませんか!
ちょっと私も中に入ってみたい!と欲求がお邪魔してくると、チカは「そんな事より!」と言って腕を引っ張る。
「お腹空いたなぁ…?」
上目遣いで、切なそうな声を上げて…チカはお腹をこれ見よがしにさする。
空腹になると…チカって急に可愛くなるから…ずるい。
私は苦笑を浮かべると、チカを抱きしめながらその場に座る。
そして対面する形で二人して見つめ合うと、チカは妖しく微笑んだ。
「やっぱり、この時間が一番好きだなぁ〜♡」
「そんなに私の血って美味しいの?」
「そう、めちゃくちゃおいしい!やっぱり好きな人の血なのか私好みの味なんだよ!」
「それは…すごい気になるかも」
私の血ってそんなに美味しいんだ…。
血の味を思い出して、恍惚の表情を浮かべるチカに私は興味を示す。
私も、チカの精気の味が好き。だからこそ私の血の味がすごく気になってたりする。
「えへへ…まぁこの味は私だけにしか味わえないから教えてあげないけどね」
「ええ、ずるい!教えてくれたっていいじゃん!」
悪戯っ子みたいに舌をぺろりと出して、私はそれに突っかかる。
そうして、二人してクスクスと笑い合うと痺れを切らしたチカが…切なそうに服の裾を強く掴んだ。
「じゃあ、そろそろ…服、脱いで?」
「う、うん…」
求められる視線に、思わず身体がきゅっと縮まる。
今から血を吸われるんだって思うと、吸血された時の感覚を思い出して身体が疼いた。
吸血は…なんだかえっちな気分になる。
最初は痛かったはずなのに、段々回数をこなしてくうちに、エッチをしてるのとおんなじくらいの快感が私の身体に走っていく。
その快感を思い出して…私は思わず生唾を呑み込んだ。
しゅるりと、布の擦れる音が部屋に響く。
うずうずと待ちきれないチカの瞳に恥ずかしさを感じて、私は視線を背けて服を脱ぐ事に徹する。
ぷちぷちとボタンが外れて…部屋の空気が私の肌を撫でた。
そして、その空気に混じって…湿った空気が私を舐めた。
「…じゃあ、来ていいよ?チカ」
背けていた目を元に戻す。
チカからの返事はそこにはなくて、私はチカを見つめる。
「はぁ、はぁ…ふうっ…はぁ!!」
白い吐息が私の肌を舐める。
血の瞳がギラギラと輝いて。
真っ白なその手は私の身体を抱き締める。
「じゃあ、ユウ…いただきまぁす」
「うん、おいで…♡」
露わになった肌を見せつけるように、チカを誘惑する。
チカは口を開いて、徐々に徐々にと首筋に顔を近付ける…まるで楽しみにしていたデザートを食べるみたいに慎重に、丁寧に。
そして、鋭く尖った牙が…私の肌を突き破った。
「…ッ!!」
「んっ…むぅ…」
首筋が…痛い。
なのに、きもちいい…。
びくびくと体が跳ねて、揺れて…私の口から吐息と共に艶のある声が溢れる。
血を吸われていく感覚がする…チカに食べられているんだって自覚する。
ちゅるちゅるちゅるとかわいらしい音が私の耳に入ると、それと同時にくぐもった声が耳元に囁かれる。
「ほんと、美味しそうに飲むなぁ…」
夢中に血を吸うチカの頭に触れて、優しく撫でる。
傷付けないように、指先をふわりと当てて…丁寧に髪の感触だけを感じて、それに耽る。
「かわいい…」
ほんと、かわいい。
びりびりと感じる快感の中で、私はひたすらに想いを吐き出す。
変わってしまったその身体が、愛おしくて堪らない…。あの男のせいで変えられて、憎いはずなのに、この関係も悪くはないって思ってる。
正直に言うと…吸血されていると繋がりを深く感じる。
私の血が…チカの中に入っているんだって思うと、なんだか心の底から安心するような感覚になる。
だから愛おしくて…仕方がない。
好きで好きで、たまらない。
爆発しそうになる感情を、胸に手を当てて抑える。
ちうちうと吸い続けるチカに、この想いがバレませんように…と私は髪を撫でながら願った。
◇
「ぷはーーーっ!ごちそうさま!」
「おそまつさま…なのかな?満腹になったみたいで良かったよチカ」
吸血を終えると、快活の笑みを浮かべて両手を合わせるチカ。
別に料理を振舞ったわけではないけど、私は嬉しくなって満腹でご機嫌なチカに微笑み返した。
「うふふっ♪ねぇ、食後のデザートにキスしてもいい?」
「ん、うん…いいよ」
チカに寄られて、唇を重ね合わせる。
唇に付着していた私の血が、じわりと口の中に広がる。
鉄の味だった…。チカが言ってた美味しさは私には感じられなくて…共有出来ない事に疎外感を感じた。
疎外感…といえば。
「チカって、お昼の時は何してるの?」
ふと、私は思う。
チカのいない日常のことを、どんな生活をしてるんだろうって考える。
突然として奪われた高校生活…チカという存在が消えて、この一室に閉じ込められて…チカは何を思うのだろう?
疑問のままに問うと、チカは頬を掻いて苦笑を浮かべた。
「ん〜…基本寝てばっかりかなぁ。ユウが来てくれるまで暇だし、たまに映画とか観てるけど…せっかく恋人同士になれたのに、何も出来ないことに歯痒さは感じてるかなぁ…」
「……そっか」
いつもの元気はそこにはなくて、少し寂しげなチカの姿が私に瞳に映る。
確かに、恋人らしいことあまり出来てないよね…と納得して、私はすくりと立ち上がった。
「ならさ、チカ」
「どうしたの?ユウ」
「なら、私がチカの寂しさを埋めてみせるよ!」
短い夜の時間だけど、それでも寂しそうなチカを…私は放ってはおけない。
このまま血を吸ってはいさよならなんて、したくはない!だから!だから!!
「私と!デートしようよ!!」
チカの寂しさを、私は埋めたい。
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