閑話 デート シエル①


 獣のような荒い息遣いで、うずくまる。

 身体は熟れた果実のように赤くなって。

 瞳はチカチカと瞬いて、朦朧とする。

 そして、脳は考える事を放棄していた。


 メトロノームのように小刻みに、快感の波が全身を襲ってくる。

 じんわりと、ちくちくと、どきどきと。

 その度にビクリと身体を大きく震わせて、声にもならない悲鳴にも似た嬌声が…薄暗い部屋に響き渡った。

 

 はしたない。

 ベッドの上でのたまう私、いつもの冷静さはそこには無く…まるで欲望のままに身体を震わせる、獣のような少女の姿がそこにはあった。

 ぎゅっとベッドのシーツを強く握った。

 今にも引き裂かんとばかりに握っていて、そしてビリッと裂いた音が部屋に響く。


 けれど、私にその音は届かない。

 脳裏に浮かぶのはあの日の光景。

 悪魔にその身をあけ渡し、そして印を刻まれ、キスを交わした熱烈な一夜。


 思い出し、手が下腹部へと伸びる。

 その度に残り少ない理性がせめぎ合い、そして息を荒げながらその手を止めた。


 切ない。

 切ない。

 切ない。

 せつない…!


 唾液がこれでもかと溢れた。

 下半身の感覚がなくなるくらい、快感にその身が焼き切れそうだった。

 淫らに、淫靡に悶えながら…私の脳裏にはただ一人の少女を思い浮かべる。


 私の友達で、私にこの印を刻んで、そして私の恋人である少女。


「ュゥ……」


 小さく、か細い声で彼女の名前を呟く。

 小刻みに揺れる私の身体は、その名前を聴くとびくんっと大きく跳ねた。



『デートをしましょう』


 昨夜、そんなメールが届いた。

 相手はなんとシエルからで、私は驚きつつも二つ返事で「いいよ!!」と元気よく返事を返した。

 そうして、デートの約束を交わした私達は待ち合わせ場所である駅前にやってきたのだけれど…。


「シエル、いないなぁ」


 肝心のシエルの姿が、見つからないでいた。

 吸血鬼を探していた頃から思っていたのだけど、シエルって時間厳守な癖がある。

 何をするにも十分前には着いていたし…何よりあんなにクールで誠実そうだと、その時間厳守な癖も納得できる。


 なんだけど、こんなに遅いと何かあったのかな?って心配になる。

 いや、もしかしたら初のデートで緊張してるのかもしれない!そう思うとすごく可愛いって思えてしまって…私は妄想上のシエルに対してふふっと小さく笑った。


 そんな、私の小さな笑みを咎めるように、背後から小さくも凛とした声が私の意識を叩いた。


「なに笑ってるんですか?」

「ふぇあっ!?」


 びくりと身体が揺れる。

 素っ頓狂な声を溢れ返しながら、咄嗟に背後の方へと振り返る。

 そこには相変わらずの真っ白なシエルの姿があった。けれど、仄かに熱を帯びていて…どこか朧げな雰囲気を漂わせている。


「お、遅れてたから心配してたんだよ?それよりシエル、なんか顔赤くない?」

「……気のせいです」

「うーん…そうかなぁ?とりあえず、おでこ触ってもいい?」


 そう言いながらも、私の手はシエルの額へと伸びると、真っ白な前髪のカーテンを掻き分ける。

 そして、やはり赤くなっている額に指先が触れかけたその時…。


「ひゃぁっん!」


 あの凛としているシエルからは想像出来ない、えっちな声が辺り周辺に響いた。

 

「…へ?」


 なに、今の声。

 聞いたことのない、高い声だった。

 なんというか、すごく…そう、すごくエッチな声……。


 目を白黒させていると、シエルは頬を紅色に染める。すごく恥ずかしそうで黙ったまま、勢いよく私の手を握った。


「いっ、いきますよ!!」


 ぐいっ!!と強く身体を引っ張られる。

 危うく態勢を崩して転びそうになったけど、なんとか足をバタつかせて安定する。

 そうして、焦るシエルの背中を見つめるのだけれど…何故だか小刻みに震えていた。


「…ねぇ、なにかあったの?」


 様子が変だ。

 いつもの毅然で凛としている、クールなシエルからは想像出来ない焦り様に、私は心配に満ちた声を掛ける。

 けれど、声を掛けても無視をされて…人気のない所へと連れられる。


 ピタリ、と足が止まった。

 息を切らすシエル…はぁはぁと荒い息遣いで、体も妙に赤い。

 いや、赤いというより…桃色って感じかな、そんな肌の色が妙に色っぽくて不意にドキリと心臓が跳ねた。


「…ねぇ、シエル?」

「あなたが、悪いんですよ…」


 え…ど、どうしたの?


 依然として、私に顔を向けないシエル。

 息が荒いまま、シエルは喋り続ける。


「あ、あの日から…んっ、私の身体が…おかしくなってるんです……っ!」


 ピクリピクリと揺れる。

 その度に辛そうな声が耳に入って、私は居ても立っても居られなかった。

 

 何かの病気かもしれない!!

 チカの一件もあって、私は不安に敏感になっていた。

 もう、誰も不幸な目には遭ってほしくなかった…!!


 焦りの表情を浮かべて、私は彼女の肩を掴む。そして、隠されていたその表情を私は見た。


「シ、シエル?」


 一瞬、言葉が詰まる。

 その表情は、今にも泣き出しそうなのにも関わらず、喜んでいて…とても切なそうな表情だった。

 真っ白な肌は、林檎のように赤く染まっていた。

 いつもクールな表情を浮かべる顔はぐしゃぐしゃで、とても切なそうだった。


 獣のような荒い息遣い。

 瞳はとろんと溶けていて。

 熟れた果実のように赤く。

 切なそうな声で鳴く。


「も、もう…我慢できないっ…!」

 

 細く、綺麗な腕が私を包み込む。

 そして、真っ赤に染まったシエルの顔が…私の唇に迫った。


「ちょ、シエル!?」


 ふわりと香る…優しい匂い。

 ふにっと触れる、柔らかい感触。

 

 互いの唇が触れ合って、抱き合って…重さに耐えきれなくなって、そのまま私は倒れる。

 幸い、頭はぶつけなかったけれど…シエルの行動は未だ謎のままだった。


「…ど、どうしたの?シエル?」


 何かおかしい。

 こんなのいつものシエルじゃない。

 でも、さっき言っていた「あなたのせい」って何なの?もしかしてそれは…。


 答えに行き着く前に、倒れたままシエルともう一度キスをする。

 何度も、何度も…口を離して、足りないって言わんばかりに執拗に。


 そうして、チュッチュって音が弾けると、シエルは私の耳元へと顔を近づけた。そして。


「抱いてください…」


 ちいさな声で…確かにそう言った。

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