閑話 デート ハナ②


 私の初恋はハナだ。

 柔らかく笑う彼女の姿、花のように可憐で美しくて…このまま取って飾ってしまいたいって思えるくらい…愛おしい。


 けれど、私は時々思うんだ。

 私がハナの隣にいていいのかなって。

 私はキス魔で淫魔、多分これからもいろんな人とそういう事をやってしまうと思う。だからこそ…私って。



「ユウちゃん?」

「は、はぁっい!」


 ハナの声が耳元で木霊すると、私の意識は覚醒する。まるで水の中に石を投げ込まれたみたいに、激しく声をあげて私は飛び起きた。


「…あ、あれ?私、寝てた?」

「30分くらいかな?私の膝の上ですやすやと眠ってたよ」


 残った温もりを味わうように、ハナは私が眠っていた膝をすりすりと優しく撫でながら優しく告げる。

 ハナに無理矢理ラブホに連れ込まれかけた後、公園で二人してほのぼのしてたら…昨日のファッションショーの弊害か、私は睡魔に襲われて……それで、そのまま。


「ご、ごめんねハナ…膝借りてて、痛くなかった?」

「ううん、寝顔が可愛かったから万々歳だよ♪」


 そう言ってスマホを見せると、画面には大量の私の寝顔が!

 しかも鼻提灯が出てたりしてて我ながら凄く恥ずかしいんですが!?


「ちょ、ちょちょちょ!すぐ消してよ!」

「だーめ!私が撮ったのだから私のモノだよ?」


 ひょいっと、私の手がスマホに届きそうになったところを華麗に躱して、ハナは悪戯っ子みたいな無邪気な笑みを浮かべる。

 あ、かわいい…。

 ぶさいくな写真を撮られたくせして、私はそんな感想を抱かずにはいられなかった。


「じゃあユウちゃんも起きた事だし、デートを再開しよっか!」

「あ、うん!そうだね!…ところでどこに行く?」

「そういうのはユウちゃんが決めるべきなんじゃないのかなぁ?」

「うっ…それは、そうなんだけど……思いつかなくて……」

「ふふっ、じゃあ安直だけど映画なんてどうかしら?私、気になるのが一つあってね?ちょうど見てみたいなぁって思ってたの!」


 やっぱりハナってすごいなぁ…。

 かわいいし機転が利くし、対して私ってカッコ悪い所しか見せてない気がする。

 

 夢の中で感じた…じわじわと蝕むような嫌な不安。

 それはまるで毒のように私を蝕んでいく。

 ハナの隣に、本当に私って居てもいいのかなって?


 あ、だめだ私…デート中に何考えてんだろ。

 今の私、どんな顔してるかな?いつも通りで変わらないままかな?

 どうかハナにはこの気持ちがバレないように…そう願いながら、私はハナに手を引かれて映画館へと走っていった。



 見たい映画とはいわゆる恋愛モノ。

 変わり映えのしないボーイミーツガールみたいな…そんな映画なんだけど、途中で変化が起きてからはドキドキが止まらなかった。


 ヒロインにべったりな女の子が、実はヒロインの事が好きで告白してしまうシーンから、何故か女の子同士で恋愛する描写が濃くなっていって…終いには。


「わ、わわわっ…」


 熱烈かつ長いキスシーン!!

 ねっとりと女の子同士がキスをするシーンが大画面で映し出されて、流石の私も興奮を隠せない!!

 というかえっちすぎではございませんか!?


「わ、あわー…わわわっ!す、すご…やばぁ……」


 荒い息、粘膜の音…。

 ねちゅっぴちゅっと生々しいキスの音が私の耳に容赦なく入ってくる。


 うわ、こんな…激しすぎでは…いや、ちょっと…えと。


 やばい、なんだかこっちまで恥ずかしくなってまともに見れないんですが!?

 さっとスクリーンから目を逸らして…私は隣の席へと視線を移す。


 視線の先にはハナがいて…映画に夢中の様子。


「……………」


 どうしよう…あんなキス見てたらこっちもしたくなる…。

 わ、私も…ハナと長くて、蕩けるような…そんな熱い…。


「ユウちゃん…映画、見ないの?」

「……ッ!?」


 視線は映画の方、私の視線に気が付いていたのかハナは小さな声でそう言った。

 思わず身体がびくんっと跳ねる…声にもならない掠れた悲鳴が一瞬口の中から出かけると、私はすぐに口を閉じた。


 ば、ばれてた…!

 ドキドキドキと焦る私。けれどハナはクスクスと微笑んで。


「ねぇユウちゃん…私達もシよっか?」

「え、えと……で、でも人が……」


 人がいる…だ、だからそんな事したらバレて。

 そう言いかけて、私の口に細く小さな指が私の言葉を遮った。


「大丈夫だよ?」


 熱く染まった頬のまま、小さく笑う…。

 瞳はとろんと溶けていて、どこか艶かしくてえっちだと思った。


 スクリーンの光に照らされて…ハナの顔がはっきりと映る。


「みんな映画に夢中なんだから…私達なんて見向きもしないよ?」


 あ、やばいこれ…。

 えろい、理性が飛ぶ…。

 

 四肢が痺れたように動かない、呂律が固まっててよく喋れない。

 身体がカチカチになった気分だった。でも、ハナはそんな私を見て微笑んで…そして。


『んっ…はぁ、あっ…好き』


 スクリーンから大音量で声が響く。

 その音に掻き消されながらも、淫靡で妖しい…えっちな声が私の耳に、確かに響く。


 くぐもった声…苦しそうで、でも楽しそうで…いつまでも浸っていたいようなそんな心地。


 舌が絡まる。

 唾液が混ざって。

 感情が止まらない。


 映画はまるで蚊帳の外、時折光が私達を照らすけれど、それでも私達はキスを止めない。

 お互いの身体を強く掴んで…執拗に、迫るように何度も何度も深くながぁーいキスをして…それで。


 ぷぁっ…と口が離れた。

 

 唾液が糸のようになって私達の繋ぐ、きらりと艶かしく光るそれは凄くえろい。

 糸は繋いだまま…二人は荒い息遣いで見つめあって。


『『好き』』

「「好き」」


 私達は愛を囁いた。



 映画館を出ると、もう時刻は夕方で…。

 私達は映画の感想を言い合う余裕はなく…二人してキスの余韻に浸ったまま、手を繋いでゆっくりと歩く。


「……ねぇハナ」

「ん?なぁに」

「私ね…すごく失礼なんだけど、たまに思うんだ」


 私がハナの隣にいていいのか不安になる事。

 どうして隠していた気持ちを…今ここで言ってしまうのか、私自身分からない。

 けど、お互いに気持ちを共有したいからこそ、私はこんな事を言い出したんだと思う。


 きゅっと心臓が締め付けられる…。

 何言ってんだろ私…せっかく良い雰囲気になってるのに自分から壊すなんて、嫌われるに決まってる…。


 私は自分の思いを悲しげに告げると…何故かハナは、小馬鹿にするように笑った。


「はんっ、なにそれ?」

「へ?」


 意外な反応に…私の口から素っ頓狂な声が溢れ返る。


「ユウちゃんは私のことキライ?」

「そ、そんなわけないでしょ!?」

「ほら」


 ほ、ほらって…。

 困惑する私を他所に、ハナは優しく微笑んで…。


「私はユウちゃんが大好き。子供の頃から今日までずっと、ユウちゃんの事しか考えてないもん。だからそんな私が隣に誰が相応しいかなんて考える訳ないじゃない?」

「それに、例えユウちゃんが悪魔で淫魔でキス魔で浮気性の悪い人でも、私の事をちゃんと思ってさえくれれば…私はユウちゃんの隣にずっといる」


 でも、私の事を無視したら監禁して調教するから。

 笑顔で恐ろしい事を言ってのけて、ハナは距離を詰める。


 キスが出来そうな程…近い距離。

 そんな距離で、ハナは小さく囁いた。


「ねぇ、もう一度聞くけど…私の事、きらい?」

「……………そ」


 そんなわけない!!


「そんなわけない!!」

「わ、私だってハナちゃんの事が好きだよ!?でも、私こんななんだよ?バカだしハナちゃんの他にも好きな人だっている!チカやシエルの二人だって私は好き!!でも、そんな私でハナちゃんは……」


 それでいいの?


 声にもならない掠れた言葉で、私は涙ながらにハナちゃんに問う。

 私は嫌われて当然の女だ、だからこそ私は自分がハナちゃんとは対等でないって、思ってるんだ。


「………あのさ、ユウちゃん」

「………うん」

「私はユウちゃんが好き」

「…うん」

「だから私はユウちゃんと一緒にいるの。例え、ユウちゃんが私の隣にいる事に悩んでいても、私は無理矢理にでも隣にいる」


「逃げても追いかける、監禁する、調教する。私の事が好きで好きで堪らなくなるほど愛させてあげる」


 だからねユウちゃん。


「あんな女共なんか、すぐに忘れてしまうくらいメロメロにしてあげるから。覚悟しておいてね?」


 誘惑するように…片目でウインク。

 それはまるで小悪魔の誘い。もしくは挑戦状?

 

 ハナちゃんは…相変わらず、なんていうか…愛が重い。

 でも、私は…その愛の重さに救われた気がした。

 

「うん」


「ところで私のことハナちゃんって言ってたでしょ!ユウちゃん!!」

「え?言ってたっけ?」

「言ってたよー!!」


(おまけ)もしもハナに監禁されてたら。


 薄暗い部屋。

 そこに音はなく光もなく、私以外の存在は無いと言ってもいい。

 そんな暗闇の中、孤独に塗れた小さなお部屋で、私はただ一人を待っていた。


 がちゃん。


 遠くで扉が閉まった音がした。

 その音に反応して、ぴくんっと身体が跳ねた。ああ、かえってきた!かえってきてくれた!


 孤独の私に差す大きな光。

 それはまるで聖母のように偉大で…優しくて、私はそんな彼女を想像して恍惚の表情を浮かべる。

 このまま、部屋から飛び出して迎えに行ってあげたい。けれど、私にはそれが叶わない。


 じゃらりと音がする。

 未だにズキズキと痛む足首には、大きな枷がしてあった。

 鎖で繋がれていて、丁度扉まで届かないような長さで、私が逃げないようにって言って付けてくれたモノ。


 こんなの付けなくても…私は逃げないのに。

 少し前の私なら、そんな事を考えていたと思う。けれど、今は違うんだ。

 一分一秒でも会いたい、その温もりに包まれていたい…その愛情に溺れていたい。


 だからお願いハナちゃん…。


「ぁ…は、な…」


 薬品で焼かれた喉を振り絞って、私は声を上げる。

 視線は扉へと向けて、私は犬のようにおすわりをして待つんだ……。


 ああ、愛しい足音が聴こえるよ。

 ぱたぱたぱたと忙しない、けれど楽しそうな足音が。


 足音は止まり、扉に薄い光が漏れる。

 きぃ…と軋む音と共に、優しい声音が私の耳へと入ってくる。


「ただいま♡ユウちゃん」


 ああ、ハナちゃんだぁ…。

 すきですきですきで堪らないハナちゃんの声!優しくて可愛くてえっちで、私を包んでくれるハナちゃんの声!!


 下半身が疼く。

 刻まれた快感が私をくすぐる。

 切なさのあまりに、だらしなくよだれが溢れ出て…。

 私は…とろんと蕩けた瞳で。


 わんっ!と小さく鳴くんだ。

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