閑話 デート ハナ①


 鏡の中の私はいつもより忙しない。

 何度も何度も髪を弄っては、納得がいかないのか深い溜息を吐く。

 そして、ぐるぐると渦巻くようにマイナスの考えが私の頭の中を支配していた。


 髪…どこも変じゃないよね?

 服装だって、本を参考にしてるだけだし、本当に似合ってるかな?

 メイクだって、今まであまりしたことなかったし不安…。


 こんな感じで、私は鏡の中の私と睨めっこをしながら長考する。

 そして、渦巻くマイナス思考を吐き出すように、もう一度深い溜息を吐いて…。


「よ、よしっ!!」


 私は決心した。



 吸血鬼を倒しに行く前に、私はハナとデートの約束をした。

 あの時は「デートするの楽しみだなあ!」なんて呑気な事を考えてたけど、当日になって私は今めちゃくちゃに焦っている!!


「ほ、ホントに大丈夫かなぁ?」


 迅る心臓部に手を当てて、深呼吸をしながら息を整える。

 駅前にある謎のモニュメントの前で、私はいつもよりお洒落に決め込んだ姿で…ハナを待っていた。

 

 自分に自信が出ない。

 この時ばかりは吸血鬼を倒した時の、あのやばいテンションに戻りたい!!

 そう思えてしまうくらい…今の私は緊張でいっぱいで、自分があやふやな感じだった。


 夜な夜なファッションショーを展開したり、慣れないメイクにめちゃくちゃ時間掛けたり…。

 ハナに喜んでほしいし、キレイって言われたりしたい!!だから自分磨きを頑張ったんだけど…。


「うぅっ、自分に自信が出ないぃ…」


 もじもじもじと身体を震わせながら、私は待ち人を待つ。

 ああ…もしも似合ってないとか言われたらどうしよう!?そのままデート終わりだとか言われて解散するとか!?あまりにダサくて呆れられたりしたらどうしよう!!


 まじでやばい…マイナスの思考しか出来ないぃ〜!!


 今の私はまるでムンクの叫び。

 というか叫びをあげたいくらいには緊張で死にかけている。

 そんな、精神不安定な私の横で…。


「なにしてるの?ユウちゃん」


 好きな人の声が聞こえた。

 咄嗟に声の方へと向くと、いつの間にか隣に立っていたハナの姿があって、私は声を震わせながら後方へと飛び退いた。


「はぁっ!?は、ハナ!どうしてここに?」

「む、どうしても何もデートだから来てるんだよ?もしかして…」


 忘れてた?

 と、ハナの瞳がより一層深い黒へと変わっていく。

 そんなハナに恐怖を覚えて、すぐに頭をぶんぶんと振るって否定すると…ハナはクスクスと微笑んだ。


「なぁんてね?ここにいるんだから忘れてる訳ないもの」

「よ、よかった…」

「じゃあ、どうしてさっきから忙しないのかな?」


 なにかやましいことがあるの?

 そう言いたげな真っ黒な瞳。

 その瞳を見て、もう一度恐怖が襲い掛かり身体を震わせるとハナは「ぷっ」と頬を膨らませて吹き出した。


「ユウちゃんってばぁ、そんなに怖がらなくてもいいのに」

「え、あ…冗談?」

「そうだよ〜!それに、ユウちゃんが忙しない理由も分かってるしね」

「へ?」


 ハナはそう言って、私のつま先から頭の頂上までぐるりと視線を動かして、うんと小さく頷くと。頬を赤く染めてうっとりとした瞳で言った。


「私の為におしゃれにしてくれたんだぁ…うれしいなぁ…」

「あ…」


 うれしい。

 そう言ってくれて、私の頭の中に巣食っていたネガティブが一瞬にして消え去った。

 夜な夜なファッションショーしててよかった!メイクの練習しててよかった!!


「へんじゃ…ないよね?」

「ううん…すごく可愛いよユウちゃん♡」

「か、かわっ……えへ、えへへへ」


 やばい、超うれしい。

 頬が溶けてしまいそう…!


「じゃあユウちゃん、デートしよ?」


 ふにゃけた頬が元に戻らないまま、ハナに手を差し伸べられ…私はその手を取る。

 どうしよう、ホントは私が引っ張ろうと思ってたのに…ああ、でも。


「うんっ!」


 こういうのも悪くないかも。



 デートって言われても、特にどこに行こうかなんて決めてはなくて…。

 私達は手を繋いでふらふらと、クラゲのようにゆったりと街を散策する。


 人気が少ない商店街にある、小さなお肉屋さんでコロッケを買って…満たされないけど私はそれを頬張りながら歩いていると、ソースが口元に付いていたのかハナに笑われた。


「もう、ソースが付いてるよ」

「え?どこについてるの?」

「んーー…ここ」


 口元に伝う湿っぽくて柔らかい感触。

 感触はすぐに去って、仄かに口元だけが濡れていて…私はすぐにハナの方を見た。

 ぺろりと悪戯っぽく笑いながら舌先をぺろりと出す。


「い、いまのって…」

「ソースが付いてたから、とってあげただけだよ?」


 とってあげたって…舐めとったって言った方が正解だよね!?

 いやまぁ別に悪くないんだけどね!?もっとしてほしいけどさぁ!


「そ、そういうのは予告してよ!」

「しない方がドッキリみたいで良くない?」

「……た、たしかに」


 ドッキリみたいでいいかも。

 じゃ、じゃあ!


「ハナ!」

「なぁに?ユウちゃん」


 ぺろりっと私の舌がハナの口元を舐める。

 ふにっとやわらかい口元の感触、私は挑発的な表情を浮かべながらハナを見つめて、ふざけた感じで言ってみる。


「ど、どっきり〜!」

 

 な、なんちゃって?

 お…怒ったりしてないよね?


 前髪が下がっていて、表情がよく見えない。

 数秒の沈黙が場を支配して、ゆらりとハナの腕が揺らいだ。そして、顔が上がって表情が露わになると…我慢の限界みたいな、言葉で表せないすごい表情だった。


「ユウちゃんさぁ…そ、そういうのしたら我慢が出来ないって知ってるよね?」

「え、あ…えと」


 い、いつもより息が荒くないですか!?

 というかジリジリ近寄ってきて怖いんだけど!!


「私の為にオシャレしてくれてたり…かわいいって言われて喜んでたり、これもう誘ってるよね?ユウちゃん」

「さ、誘ってはないよ!?」

「いいや、誘ってるよ絶対」


 や、やばい…なんか理性ないっぽいんだけど!?これじゃあデートどころじゃって…。


 がしりと肩を強く掴まれる。

 咄嗟に逃げ出そうと身体を揺らすけど、びくりともせず…今の状況が絶体絶命なのだということを私は理解した。

 あ、あの…ハナさん!?


「ねぇ、もうホテルいこ」

「ちょっ!ハナ!?」

「ホントに、こんなに誘ってくるなんてユウちゃんってほんとサキュバスだよね?悪魔だよ悪魔…それもとびっきりの淫魔だよ」


 ずるずるずると身体が引き摺られてく!


「あ、あのさハナ!一旦落ち着いて、ね?あのっちょっと!私達未成年だから!!ホテルとか入れないからぁ!!待ってってぇええー!!」


 けど、私の声はハナには届かない。

 人の少ない商店街で私の叫びは虚しく飛び交い、そしてホテルに無理矢理連れてかれたけど、未成年だったので入れはしなかった。


 ホッ…。

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