33話 騒動の後


 吸血鬼が起こした騒動は人々の記憶から薄れていった。

 というより、シエルとは別の天使達によって吸血鬼に関する記憶や証拠は全て消去され、壊れた建物は気が付けば元に戻っていた。


 まるで、吸血鬼の存在も起きた事件も最初から無かったかのように、私の日常は元の輪郭を取り戻していく。

 けど、吸血鬼に関する事が全て消え去ったのなら、吸血鬼に変えられたチカはどうなったのかと聞かれると。


「…………チカ」


 不自然に空いた学校の机。

 中身は何もなく、誰かが使っていた痕跡は何一つとない。

 最初からここには誰もいませんでした。

 そう告げているかのように、クラスの人たちは誰もこの不自然さに興味を持たない。


 私は誰も覚えていない、存在しない名前をぽつりと呟くと、くるりと翻って自分の席へと戻っていく。


 吸血鬼となったチカはシエルの住んでいる団地の一室を借りて、そこで暮らしている。

 昼は眠って夜は私の血を吸う。

 そんなサイクルを繰り返しながら日々を過ごしていて、順調に害のない吸血鬼として生活している。


 吸血鬼は人として生活は出来ない。

 陽の光を浴びれば焼け爛れ、その衝動は親しき人であっても無作為に襲う。

 人としての生活が出来ない以上、誰からも忘れられて一人孤独の生活を強いられたチカ。


 私も最初は反対したのだけど…。

 同じ悪魔の身で、その衝動を知っているが故に、最後まで庇えきれなかった。

 でも、私の目的は変わらない。

 いつか吸血鬼から元の人へと戻れる魔法を編み出して…全て元通りにしてみせる!!


 だから今は。


「べ、勉強を頑張らないとぉ……」


 返ってきたテストの用紙を見て、涙がぼろぼろほろり。

 無慈悲に描かれる赤ペンの軌跡は、見事にペケマークでいっぱいで…最高得点は保健体育の98点だけ。

 他は見るも無残な一桁台のみで、私は悲しさと悔しさで涙を零す。


「…け、結構頑張ったんだけどなぁ」


 た、たしかに吸血鬼騒動で忙しかったけれど。あの後私は魔法に関する事とか、もっと色んな事に詳しくなろうと勉強したんですよ!?

 で、でもこれは流石に……。


「ひどいよねぇ……」

「ええ、ひどいですね」


 周囲が暗くなってしまう程の重いため息を吐いて、私の隣から呆れ果てた声が耳に届いた。

 ぴくんっと耳が反応する。

 凛々しくてつんっとしていて、けれど奥底にある優しさに満ちたその声の主に。

 私は許しを乞うように、抱きついた。


「すっごい頑張ったのにこの点数はないよねぇ!?」

「そう言ってる割にはテスト中寝てましたよね?」


 心底呆れた様子で、抱き付く私を面倒臭そうに押し退けると彼女の白い髪が揺れる。

 特徴的すぎる渦巻いた瞳。

 未だ見慣れない制服姿の白い天使。

 あの騒動の中一緒に行動した、私の友達。


 いや、恋人だ。


 消えたチカの代わりとしてやってきた、転校生ルシエルは苦笑を浮かべながら、ぴんっと私のでこをつつ突いた。


「まさか、ここまでバカだとは思いませんでした」

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃんか…」

「事実ですし?」

「事実だけどさぁ!!」


 もっとこう……!次があるとか慰めてくれたっていいじゃんかぁ!!


「慰めて変わるとでも?」

「うぐ……ぐぐ」


 それを言われると反論出来ない。

 シエルはニヤリと小馬鹿にするような笑みを浮かべて、とんっと小さく肩を叩いた。そして。


「もっと頑張ってくださいね」


 囁くように煽られた。

 ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅ!!!

 事実だけど、事実だけどさぁっ!


 これには流石の私も有頂天。ぎりりと拳を握って、ふと悪知恵が電球を膨らませる。

 そして、私はシエルにしか聞こえない小さな声で呟いた。


「……いつも私にめられてる癖に」


 慰められてる…意味はまぁお察しの通り。

 私の呟きがシエルの耳に入ると、背中がびくんっと強く跳ねた。

 足先から頭まで熱が帯びていって、自慢の白が真っ赤な赤色へと変色していく…。


 そして、聞いた事もない叫び声にも似た怒声が私の耳をつんざいた。


「は、はァッ!?ちょっ、ちょちょちょちょっと!!それ言っちゃダメでしょう!?」

「シエルが煽るからでしょうが!!」

「煽られる方が悪いんですよ!!」

「な ん だ とぉ〜!?」


 ジリジリバチバチ。

 互いの視線がぶつかり合い、それが火種となって火花が舞い散る。

 クラスメイト達がなんだなんだと私達を見つめてくるけど、そんな事はどうだっていい。


 睨み合い、喧嘩腰になったところで…。


「あなた達、邪魔ですわ」


 お嬢様のような、高貴さを連想させるような刺々しい声が私達の耳に突き刺さった。

 私は咄嗟に声の方へと顔を向けて、すぐに謝る。


「あ、ごめん邪魔だったかな…エミ」

「人間如きが気安く名前を呼ばないで欲しいのだけれど?」

「ううっ…ごめん」


 刺々しい彼女の名前はエミリー。

 イギリスからやって来た転入生で、常に人を見下す態度と刺々しさ、そしてその美しさでクラスで一番目立っている人。

 流れるようなブロンドの髪と、翡翠のような瞳。そばかすがチャームポイントで…なんだか人形みたいで私的には可愛いなぁって思ってたりして。


「なによジロジロ見て」

「あ、いや…」

「ふんっ」


 とはいえ、見た目が麗しくても彼女は悪い意味でよく目立つ。

 なんて言ったって最初の自己紹介が…。


『名前はエミリー…イギリスからやってきた魔女よ、馴れ馴れしくするつもりはないから』


 ていう感じで、ちょっとおか…いや、だいぶおかしい子なんだけど。


「いや、悪魔のユウもだいぶおかしいですよ」

「心読まないでっ!!」

「悪魔?」


 やばい、話聞かれてた?

 ぴたりと足を止めて翻るエミリー、そしてコツコツと足音を響かせてジロリと私を睨み付ける。そして。


「貴女が悪魔って…笑わせるわ」


 鼻で笑われた…。


「いい?悪魔というのは高位の存在なの、見る事も叶わないのに…貴女みたいな人間が語らないで」


 そしてめちゃくちゃ怒られた!!

 

「え、あと…よく分からないけど、そのごめん」

「フンっ…!」


 とりあえず…謝っておこ。

 私は平謝りで謝ると、エミリーは酷くご立腹な様子で立ち去っていった。

 エミリーって、もしかして厨二病っていつやつなのかな?


「あまり刺激しない方がいいかも…」

「そうですね…さて、とりあえずユウ」

「ん?なにシエル」

「次のテストの予習…始めましょう」

「げぇっ!?」


 どこから取り出したのか、シエルの両手には数冊のワークが…。

 流石に、勉強することを決心した私でもこの量はちょっと…!!


「…わ、わたっ、ハナに用があるから後で〜」

「ダメです、逃がしませんよユウ!!」

「ちょ、やめ…やめてぇ〜〜!!!」

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