31話 目標
吸血鬼を倒した。
けれど、自分自身何をしていたのか曖昧でぼんやりとしていて、なんだか夢の一端を見ていたかのような…あやふやな感覚。
ただ、満たされた満足感と…力を使い果たした消耗を見るに、夢ではないんだと自覚させられる。
現実味のない非日常…。
どっと疲れが溢れる私の身体。
ぽっかりと空いた空虚な飢え。
未だ状況整理が出来てないけど、とりあえず二度と吸血鬼が騒動を起こす事はないというのは理解できる。
あれだけニュースで騒がれていた事件も、眷属による事件も…時間が過ぎると無くなっていくんだろう……。
私がやるべき事はやった。
後は他の人にやらせて…私はぐっすり眠ろう、今は疲れを癒していたい…。
このまま闇の奥底で浸っていたい……。
そう、曖昧な夢見心地に浸って私はもう一度瞼を閉じようとする…けれど。
意識が闇へと堕ちていきかけた所で、ハッと思い出した。
「チカ…」
吸血鬼にされてしまった、大切な人。
うわ言のように呟いて、じたばたと身体を動かすと重い瞼が無理矢理に開かれる。
「チカッ!!」
「わわっ!?ユウ突然暴れないでください!」
「へ?あ…ここ、外?」
現実に引き戻された私は、シエルの背中の上で周囲を見渡す。
もうすっかりふけた夜、点々と家の明かりが付いていて…夜の薄寒い風が私の横を通り去る。
「…そろそろ家に着きますけど、歩けそうなら降りてください」
「あ、うん…」
ふらふらとした足取りで、シエルの横に立つとシエルは心配した表情で私の顔を覗き込む。
「何か怖い夢でも見たんですか?」
「いや、夢っていうか…その、チカの事が心配で…」
「そうですね、何もなければいいんですが」
「うん…」
吸血鬼は…果たして人間に戻れる方法を知ってたのかな。
あの時は、怒りのあまりに殺そうとしていたけど…もしあるのなら、あの時。
「…ユウ」
「えっ、あ…なに?シエル」
「方法を聞かなかった事、後悔してるんでしょう?」
「し、シエルってばエスパー?」
「顔に書いてたんで言い当てただけです」
そう言って、私の頬を指で小さくつつくとクスクスと微笑むシエル。
微笑みながら、シエルは私の瞳を見つめる。
「これは私の推察ですが、もしかしたら吸血鬼から人間に戻れる方法があるかもしれません」
「…え?ほ、ほんと!?」
「ちょっと、興奮しないで……まぁ、あくまで『もしかしたら』なので絶対ではないです」
シエルは申し訳なさそうに訂正するけど、今の私にとってまるで一筋の光明だった。
咄嗟に身体が動いて、必死に肩をゆするとシエルは「やめて」とバッサリ切り捨てる。
ごめんなさい。
「そ、それで…どうしたらいいの?」
「吸血鬼の戦いを見て思ったんですけど、やはりユウの魔力量と出力、センスは群を超えているレベルなんです」
それも、私なんかじゃ追いつけないほどのと付け足してシエルは続ける。
「魔力とは空想を現実に変える力、指から炎や風なんて出せる訳ないのに魔力を使えば出す事が出来る」
「なら、ユウの力を使えば人を吸血鬼に戻す事だって出来ると思うんです!」
「そ、それじゃあ…」
「…と言いたいんですけど」
声のトーンが落ちる。
そう簡単に上手くいかないのか、シエルはしゅんと表情を暗くしてかぶりを振るう。
「そんな魔法を成した人なんて、この世には居ませんから…」
「…でもさ、もしかしたら出来るって事だよね?シエル」
「ええ、まぁもしかしたらですけど…ってユウ?」
やけに明るい私の声色を聞いて、シエルは下げていた頭を上げると少しだけ驚いた顔をして……次に微笑んだ。
「もしもの話なのに、すごい喜んでる」
「だって、喜ばずにはいられないよ…!」
「ユウならきっと出来ますよ、まぁかなりの時間を掛けることになりそうですけど」
「そうかな?でも、そうとなると色んな事を勉強しないとね!魔法の事とか魔力の事とか!」
「私も知る限りの事なら教えますよ」
「うんっ!頼りにしてるからね!!」
ないと思っていた僅かな希望。
私はそんな僅かな希望でも胸を高鳴らせずにはいられない。
ぐっと両手に力を入れて、右腕を夜の闇へと突き出した。
「ようし、やってやるぞぉ!」
もう一度得た新たな目標。
私は決意を胸に月を見る。
魔法が出来上がるまでチカは吸血鬼のまま。
完成にどれだけ時間が掛かるか分からないけど、私は絶対やってみせるから!
けれどその前に、チカに会いにいかないと!
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