30話 決着
一方的だった。
どちらが勝ってるかなんて明確で、圧倒的な火力を前に、吸血鬼ご自慢の再生能力は対した意味もなく満身創痍の状態で、完全に決着が付いていた。
けれど、それでもプライド故なのなのか。
吸血鬼は依然強い殺意を振り撒いて、攻撃を続けていた。
「くそっ、くそ!くそおおおお!!」
焦燥の表情が見て取れる。
雄叫びにも近い叫び声を上げながら、ブレード状に変化した右腕で何度も斬って掛かる。
しかし、斬撃を風のようにひらりと避けると挑発するように薄ら笑いを浮かべながらクスクスと微笑んだ。
蜘蛛に捕まった蝶々を思い出す。
もう、足掻いてたって意味もないのに、それでも足掻こうと必死な姿を。
幼い頃は、そんなグロテスクで容赦のない光景を毛嫌いしていたけれど…今はどうだろう?
今の私は蜘蛛、圧倒的な絶望を振り撒いていた吸血鬼が今では手も足も出せない敗者と化している…。
あれだけの人を殺したのに。
あれだけの不幸を蒔いたのに。
あれだけチカを泣かせたのに。
今では私が上、吸血鬼が下。
ははっすごく可笑しい…!可笑しすぎて笑みが零れそう!!
私、こんなのに恐れてたの?こんなの相手に苛々して怒って殺意を向けて!!
…まるでバカみたい。
あれだけの怒りは既に無い。
こんな無様な姿を見ていたら、そんな気も失せてしまう。
というより、全てがどうでもいいと思っている。あれだけ燃え盛っていた感情が嘘のように冷えていて…今は何も感じない。思わない。
まぁ、でも。
「そろそろ、いい加減飽きたし…」
「!?」
空虚な瞳で吸血鬼を見つめる。
大きく溜息を吐きながら、私はゆっくりと近付いていく。
最後の抵抗なのか、何度も攻撃が飛び交うが魔法で全てを弾き返す…。
そして、尻餅を付いた怯え腰の吸血鬼の前に立って魔法を…放とうとした。
「ま、まて!!」
「…?」
「き、貴様の強さは…よ、よく分かった」
「へぇ?もしかして命乞い?プライドも何も無いんだね?」
「ッ!ま、まぁいい…貴様は、アレだろう?眷属を襲われてここまで来たのだろう?ならば…!」
「ならば…なに?」
問い返す。
すると、吸血鬼は待ってましたと言わんばかりに口角を歪めて。
「人間に戻す方法がある」
と、下卑た口から一筋の光明が差した。
流石の私も溜めていた魔力を霧散させて、右腕を下ろした。
ここに来ての人間に戻る情報、それを聞かない訳には行かずに私は食い入るように吸血鬼の口車に乗る。
「ククッ…そう、それでいい。貴様にとっては眷属が余程大事なように見えるからなぁ」
「用件と方法だけ言え、それ以外は興味ない」
態度が気に食わないけれど、吸血鬼は水を得た魚のように元気に喋り始める。
その姿に失ったはずの怒気が溢れ返りそうになる私だが、グッと堪える。
「まずはそうだナァ?貴様の血を飲んでみたい」
「……ふぅん」
「今までの礼として貴様には眷属になってもらう…その代わりにお前の眷属を人間に戻す方法を教えよう、どうだ?」
「つまり、人間に戻る方法を握っているから教えて欲しければ仲間になれ…ってこと?」
「仲間ァ?違うなァッ!貴様は俺の奴隷に堕ちるんだよ!!」
「そう、そっか…」
深い絶望が私を押し寄せる。
この提案…というより一方的な命令に乗ってもチカは元に戻る事はないと思う。
とは言え、絶望しているのはチカのことではない…だって、人間に戻れなくても私はチカの事を愛してるから。
じゃあ、何に絶望しているの?と聞かれると。
「お前がこうも馬鹿だと絶望もするしかない」
「なぁ!?」
「一瞬だけ躊躇ったけど、そのまま殺しておけば良かった…まさかここまでの下衆だとは思わなかった!!」
「な、なな…貴様!何して!!」
身体中から魔力が迸る。
それは奔流となって立ち昇る…!
私の感情を示すように、高く強く!激しく!!
地を踏み締める。
両腕に全身全霊を込めてッ!!
私は高らかに声を上げた。
「スリーカウントッ!!」
「な、なんだ!?」
三秒。
「3!!!」
「おい!何をしている!やめろ!!」
「2!!」
「き、聞こえてないのか!?いいのか?俺しか知らない情報なんだぞ!?殺してしまえば戻れなくなるんだぞ!!良いのか!?」
うるさい、知ったことか。
「1ッ!」
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
絶叫が響く。
けれどもう遅い、溜め込まれた魔力を秘めて両腕が無慈悲に振り翳される。
殺す事に躊躇いはない。
そうして、私は生まれて初めて殺意を込めて…!!
◇
「……ん?」
「ああ、起きました?」
シエルの心地のいい優しい声が耳に入る。
微睡んだ瞳のまま、ぼーっと何も考えずにシエルだけを見る。
何があったんだっけ?
どうして寝てたのか、どうやって寝たのか覚えてない…。
朧げな意識のまま、シエルの背中にしがみついて私は少しだけ脳を回転させる。
けれど、寝起きの私には難しい事で…すぐに諦めてシエルの肩に顎を乗せる。
「もう、起きたんだから歩いてくださいよ」
面倒臭げなシエルの声。
でもごめんね、なんか凄く疲れてて何も出来ないし声すら出すのが難しい。
ぼーっとする意識のまま、私は重たい瞼を半開きにしてシエルの背中を独り占めする。
すると、ふと…シエルが口を開いた。
「あの後、最後の一撃を加えようとしていたユウは電池が切れたみたいに倒れたんです」
「吸血鬼も恐怖のあまりに、そのまま気絶してしまいました…」
「でもまぁ、あれで良かったと思います。捕獲は出来たので当初の目標は達成です」
「ちなみに、今は全身を拘束されていて身動きが取れない状態なので安心してください。少ししたら天使が回収してくるので」
そっか、そうなんだ。
私、殺してなかったんだ。
トドメを刺すことが出来なかった事に…何故か安心感が湧いた。
あれだけ憎かったのに、殺したかったのはずなのに。
その理由が分からないまま、私は揺られるとシエルは何かを悟ったのか安堵した声色で言った。
「殺す事はダメですよ」
「どんなに憎くても殺したくても、殺してしまえば誰しもが殺人者なんです。だから優しいユウが殺人者にならなくてよかった」
「ユウは…変わらないでほしいんです。強くてすごい魔法を使うユウよりも、私は優しくて怖がりなユウが好きなんです…だから」
いつもの貴女に戻ってくれて嬉しい。
シエルは仄かに笑いながら歩く。
私は…そんなシエルの真っ直ぐな気持ちが嬉しくて。
口には出せなくても「ありがと」と心の中でそう言った…。
「さてと、戻りましょうか。皆さんが待ってますよユウ」
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