27話 バトルとケンカ


 作戦は以下の通り。

 シエルが吸血鬼と戦って、隙を突いた所を拘束する。そして、身動きの取れなくなった吸血鬼に私が吸血鬼もろとも魔法で天井を破壊…そして、太陽の光を浴びさせて倒す。


 シエル曰く、私の魔法でしか出来ない離れ業…だからこそ吸血鬼相手に私を指名したと言っていて、ちょっと嬉しくて思わず照れる。

 しかし、私がそんな大役をやって上手く作戦を成功させる事が出来るのか?そんな緊張と不安が私を支配する中…シエルは一人吸血鬼と戦っていた。


「すごい…」


 視界に広がるのは、つい最近では有り得なかった人外の境地。

 とてつもない速さで二人がぶつかり合い、火花が舞い散ると、私は驚いてすぐさま逃げ出して、その身を隠す。

 最早バトル漫画の世界に入り込んだようなそんな錯覚を覚えて、思わず頬を一つねり。

 この現状が夢じゃないか確認するけど、すごく痛い…。


「ひ、ひぇ…」


 ていうか私、あの吸血鬼ぶん殴るとか言ってたけど…なんてこと口走ってんだ私!

 あんな速さで動く人とか殴れる訳ないじゃんか!!

 早速後悔しまくる私、しかして私は殴ると決めた身であり…身を隠しながらそのチャンスをひたすらに伺う。


 だけど。

 

「シエル…」


 素人目の私ですら、シエルの方が劣勢だった。

 段々と攻撃のチャンスを失い、防御に回るシエル…しかしそれが相手のチャンスになりどんどん攻撃されていく。

 鈍い音が鳴り響き、私の身体中から嫌な汗が溢れ出た…そして、嫌な想像が頭を支配する。


 もしも、もしシエルが死んでしまったら?

 

 そう思うと恐怖で吐き気が込み上げた。

 チカのようになったらどうしよう?と最悪をとにかく想像して想像して想像して…そして。


 後悔後先に立たず。

 その言葉が思い浮かんだけど、知った事じゃない。


 震える足を奮い立たせて、私は駆けた。

 そして、願うままに全身の力を振り絞る。


「シエルに…手ぇだすなぁ!!」

「! ユウなんで!」


 作戦なんて知ったことかと無我夢中に走って二人の間に割って入る。

 何も考えず、驚きの声を上げるシエルを無視して、青筋を浮かび上がらせた怒り顔で吸血鬼を睨みつけた。


 コイツのせいだ。

 コイツのせいでチカがあんなに酷い目に遭って、あんなに泣いて…あんなに苦しんだ。

 そんな悪行をしたコイツを…ただシエルに任せて見てるだけで果たして良いのか?いや、良いはずがない!


 例え無策でも、無謀でも、弱くても。


「お前をぶん殴らないと!気が済まないんだぁあああああ!!!」


 右拳に全力を注ぐ。

 生まれてから今日まで、ろくに人を殴ったことの無い拳が、果たしてこんな怪物に通じるのか?っていう疑問はあるけど…それでもと、私は拳を振りかざす。


 拳は空を切って、直線状に軌跡を描く…そして喉が焼き切れんばかりに叫びを上げて。

 吸血鬼の頬に当たり、そのまま力任せにぶん殴った。


「ぶっ飛べこんにゃろおおおおおお!!」

「ンなぁ!?」


 アニメでしか鳴らないような、酷く鈍い音が悲鳴と共に響き渡る。

 自分がやったとは到底思えないその一撃は、まるでホームランを打ったプロの野球選手のように、吸血鬼を球扱いしながら大きく吹き飛ばした。


「え、えぇ……??」


 我ながらびっくりなんですが…。

 というかあんな芸当をやってのけた事が一番の驚きと言うか…それよりよくあんな激闘の最中に割って入れた自分に肝を冷やすというか…。


 結論から言うと私…。


「なんかやっちゃいました?」


 いまいち実感も感覚も掴めないまま、私を見て座り込むシエルを見て、首を傾げながらバカっぽく言う私。

 一度このセリフ言って見たかったんだよね、と密かな達成感を覚える私だけど、すぐにシエルの罵倒でハッと我に返った。


「ば、バカじゃないですか!せっかく作戦立てたのに滅茶苦茶にして…!というか危ないのはあなたなんですよ!?こんな…!飛び出して無茶するなんて、ホントにバカなんですか!?」

「あ、いやその……ホントにごめんなさい」


 そこまでバカって言われると傷付く…。

 しょんぼりと俯きかける頭…だけど、シエルの声には緊迫と焦りが伝わってきて、本当に心配してるのを感じた。

 申し訳ないことしたかな…っていう気持ちが滲み出るけど、流石にバカバカ言われるとカチンと来る。


 俯きかけた頭をぐっと上げて、一歩前に出る。

 感情を激しく燃やして、私は想いのままに叫んだ。


「うっさい!心配だったから飛び出したんだよ!!友達が殺されそうになって黙ってるヤツなんかいるか!この大バカシエル!!」

「は、ハァ!?お、大バカ!?」

「そうだこの大バカ!ちょっと強いし頭いいからって自分だけでやってさぁ!負けそうになってた癖にそうやって怒って!自分の実力が分かってないんじゃない!?」

「な、見ていたくせに言うじゃないですか!!」

「シエルが見てろって言ったんじゃん!」

「あなたじゃあ危ないと思って私が前に出たんですよ!?前に眷属と出会った時に震え上がってたから、だから私が!!」

「うるさい!!何勝手に私を下にみてんだこんにゃろ!私だってあんなのカンタンに勝ってみせるんだからなポガー!!」


 怒りに任せてシエルを責める。

 私が怒ってるのは一人で勝手に戦ってるからだ。あれだけ自分一人でやれるみたいな事言っておいて、こんな様を見せられたらどれだけ私が優しくてもキレるの間違いなしだ。

 

 頬には切り傷が付いてるし、服は至る所が破けてて、生足が見え隠れしてる。

 そこに少しだけ変な気分が溢れるけど、今はそれどころじゃないからグッと抑えて…私は頬から垂れる赤黒い血液をハンカチで拭い取る。


「……私が怒ってるの、分かるでしょ」

「ユ、ユウだって…私が怒ってるの分かってるくせに…」

「た、確かに…あんな所に一人突っ込んでぶん殴るとか私ってば馬鹿か!?って思ったけどさぁ!!」


 それでも。


「それでも、シエルが傷付くのを見て…いても立ってもいられなかったんだよ…」

「…………ユウ」


 頬を仄かに染めて、私は告白するみたいに恥ずかしさを内に秘めたまま、自分の気持ちを吐き出す。

 そして、数秒の静寂が辺りを包み込むとシエルはぽつりと私の名前を呟いて…。


「フフッ…」


 と、失笑した。


「んなっ!?」

「だって…フフ、ほんとにバカなものだからおかしくて…」

「でも、ありがとユウ…助けてくれて」


 クスリと小さく微笑んだその表情は、今まで見た表情よりも柔らかくて優しくて…。

 そんなシエルの表情に私は思わず。


「ン…うん」


 照れて、嬉しさのあまり変な声が出かけた。


「……そ、それで!アイツぶん殴って結構遠くの方まで飛んでいったけど…倒せてないよね?どうするの?」

「……正直、ユウの言う通り私が戦っても勝ち目はないです、ですが」

「……ですが?」

「さっき見た通り、ユウの一撃はかなり効いてる様子です…ですが、ユウもさっきの一撃で魔力を消耗してるみたいなので…」

 

 確かに、ぶん殴った途端にやけに身体が重いのには魔力がごっそり減ったからなのか。

 じゃあ、私ってば作戦通りに魔法を撃つことは出来ないんじゃ…。


「ええ、ユウが思ってる通りもう魔法を撃ってもどうにも出来ないでしょうね」

「え、じゃあ私達って…」

「まぁ、負けます…ですが、その…魔力を回復させる手段はあるわけで……」

「…? シエル?」


 ぐっと両拳に力を入れて、キッと睨む。

 けど、頬はやけに赤くなっていて…。


「キ、キスしましょう…」


 と、口を尖らせてシエルは言った。

 そして、それに続いて更に…。


「わ、私に…淫紋をき、刻んでください…!」


 服をたくしあげて、真っ白で綺麗なお腹が露わになる。

 まるで犬の服従のポーズみたいな姿で、渦巻く瞳の奥がグルグルと回る。

 そんな、全身を羞恥心で真っ赤に染めるシエルを見て…私は。


「へ、へぁっ!?」


 変な声しか出なかった。

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