26話 


「ひぃぃいいいい!!」


 下水道にて、私の悲鳴が至る所で反響する。ドタドタと足音を響かせて必死に逃げる私達は大量の怪物に襲われていた。


『GYAAAAA!!!』

「まじでこわいってぇぇえ!!」


 ガチガチと歯を震わせて、今にでも首元を食いちぎって殺しにかかりそうな怪物に全身がブルブルと震える。これが捕食者に対する恐怖心というやつなのか?私は本能に従ってひたすらに逃げ惑う。

 対して、頼みの綱のシエルは私に抱えられていて、その上で持参していたドーナツを食べていた。


「あむ、はむ…この新作ドーナツ、食感が良くて美味しいですね…」

「食レポしてないで助けてーーーっ!!」

「まぁ待ってください、はむ…ごくんっ!よし、魔力が回復したので降ろして良いですよ」

「ほ、ほんと!?」


 急ブレーキで勢い良く止まって、シエルが私の腕から飛び降りると右手を怪物達の方へと向ける。そして怪物が大きく口を広げた瞬間…。


「凍れ」


 凍てつく魔力の波が怪物達を攫い、その身諸共氷漬けにする。

 氷は全てを飲み込んで、目の前には氷の支柱が出来上がり…氷だけが覆う別世界と化していた…。


「す、すご…」


 稚拙な感想がぽつりとこぼれる。

 さっきも見たけど、これがシエルの放つ魔法…これまで凄いと、本当に私のいる意味が分かんなくなる。

 だけど、魔法を使い終えたシエルは「ふぅ…」と小さく息を吐いてその場でぺたんと座り込んだ。


「大丈夫?」

「やはり、大技を使うと…キツイですね」


 シエルは私と同じく、魔法を使うと大量に魔力を消費する。だけど、魔力を回復させる方法が自然回復と食べ物を食べるだけ…らしいので。


「すみません、私の鞄からおやつ取り出してください」

「はいはい…」


 シエルの鞄を開けて、がさごそと中身を漁る。手の感触だけで分かるけど…お菓子のゴミだらけ。

 その奥に、しっかりとした感触があって私はそれを取り出すと、手にはスーパーで売ってる、お得な四つ入りのあんぱんがあった。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 パンを手渡そうとすると、シュバっとすぐに手元からパンが消える。

 !? と驚いたのも束の間、シエルの手元にはパンがあって既に封を切られていた。

 そして、美味しそうに口に運ぶ。


「しかし、いいなぁ〜シエルは」

「もが、なんえすか?」

「食べながら返事しないでよ…いや、シエルは食べるだけで回復できるから羨ましいなあって」


 私はエッチしないと生きていけない体だから正直シエルが羨ましい。


「そんな事言ってる割には…ユウもまんざらではなさそうですが…」

「ん?何か言った?」

「いえ、何にも」

「?」


 パンを食べ終えて、私達は更に先へ潜る。

 そして、次第に周辺の空気が色濃く変わっていった…。

 下水のドブ臭い匂いから腐った鉄のような異臭が鼻を突いて…嫌な気配が纏わりついてくるような…嫌な感覚。

 ぞわぞわと鳥肌が立って、すぐにでも引き返したい気持ちをなんとか抑えて兎に角進む。進んで進んで…そして、少し開けた空間に出た。


「………いますね」


 静かに、シエルが呟いた。

 その一言で、緊張していた身体が更に強張る。四方八方をぐるりと見渡して…天井に何か異物があるのを私は見た。


 ぶらんと宙吊りにされた…細長い、何か。

 薄暗くてよく見えないけど、なんとか目を凝らしてそれを凝視する。

 黒い…マントのようなもので身を隠してるのだろうか?しかし、あれは一体…と不思議に思ったのも束の間。


「天使と…それに与する悪魔が…俺になんの用だ…」


 身体の奥底から震え上がるような…深く低い声が暗闇に響いた。


「まさか、俺の食事を邪魔するつもりじゃあないだろうな…」


 ハァ…と吐息を吐く音がする。


「だが、丁度良い…俺は渇いていたところだ…天使と淫魔の血を吸ってみるのも…それまた一興というものかな……」

「…隠れてないで出てきなさい、吸血鬼」


 シエルの声が、吸血鬼の声を遮る。

 すると、しん…と辺りが静けさに包まれて…宙吊りにされていた何かが姿を現した。


「ひっ…」


 悲鳴が溢れた。

 宙吊りにされていたそれは吸血鬼、深く白い吐息を吐いて血よりも赤い瞳が私達を睨んでいた。そして。

 

 次の瞬間、その姿が消えた。


「ユウ!このまま魔法を使ってください!!」

「え、あっ…わかっ!」


 わかった!と言い切る前に…私の目の前に吸血鬼が現れる。

 ギラリと鈍く光る牙を剥き出しに、血眼の瞳が私を狙う。


 あ、やば…これは。


「死ぬ…」

「ユウッッ!!」

「チッ!」


 シエルの必死の叫び声が耳を貫き、吸血鬼と私にあった間を遮るように氷が走る。

 パキパキと割れる音が走り、そこから氷の壁が出来上がった。


「あ、あぶ…なかった…」


 間一髪、本当に死ぬところだった。

 嫌な汗が全身に溢れ出して、死んでいないか首筋を何度も確認する。

 ぺたぺたぺたと何度も触れて、じっとりとした汗が手に残る。


「は、はぁっ…」


 息を整えて立ち上がる。

 丁度シエルが私の方へと駆けて、合流すると強く肩を掴まれた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「う、うん…シエルのおかげでなんとか」

「よかった、よかった……!」

「わわ、も…もしかして泣いてる?」

「本当に危なかったんですから…泣きそうにもなりますよ」


 シエルに一筋の雫が頬を伝う。

 こんな危機的状況にも関わらず、私の心臓はドキリと跳ねて頬が少し熱くなった。

 いやいやいや!!何変なこと考えてるんだ私は!今はそんな事してる場合じゃないじゃんか!!


「そ、それで…アイツを倒す方法とかあったりする?」

「一番手っ取り早いのが太陽にその身を晒させる事ですが、ここは地下なので無理ですね」

「そ、そっか…他には?」

「再生を上回る火力で殺すしかないです」


 結構無理ゲーじゃない!?


「ええ、結構無理ゲーですね」

「ええ!?じゃあもう無理じゃん!?」


 絶望しかない、だってそれって倒す方法が無いわけで…。

 それにあれだけ速いとぶん殴れるか分かんないし…。


「ですが、良い方法がありますよ」

「え?まじ!?」


 ニヤリと笑みを浮かべて、シエルは私を見つめると、私に指を指す。


「ユウの魔法で天井を破壊してください、そうすれば太陽の光で消し炭に出来ます」

「え?」


 はぁーーーーーーーーー!?



 最近、ラブコメよりファンタジーに寄りつつありますが、もう少ししたら元のラブコメに何とか戻します。ごめんなさい。

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