25話

 

 そこは町外れの小さな廃工場。

 周囲はフェンスで塞がれてるものの、不良達が出入りしていたのかフェンスは一部切り取られていた。

 私達は不良達が残した出入口をくぐって、工場の敷地内に入ると二人して周囲を散策する。


 長い間放置されてたせいで、壁やあちこちに赤錆びが表面に出てる。他にもボロボロで埃まみれの機械や、いつの時代か分からないスプレー缶もあって時代を感じる。


 そんな廃工場にて、私達はひたすら無言で探索を続けていた。それはなぜか?そう答えは簡単だ。単純に…。


((すごく気まずいからです!!))


 さっき、私達はキスをした。

 もちろん友達同士の軽いキス…ではなく恋人同士がする、ディープでねっとりとしたあま〜いキスを……。

 元々は空腹だった私が悪いんです。

 けれど、シエルが詰め寄ってきたせいで歯止めが効かなくなってヤケになった私は…。


 思わず唇に触れて、舌の感触を思い出す。

 生温かくてしっとりとしたシエルの口の中、最中に滲み溢れた甘い香りと蜜のような甘味。

 そして未だ感触の残る、唾液と共に絡め合った舌……。


 わ、私はなんてことをおおおおおお!!

 思い出してた途端に両頬に手を添えて、ムンクの叫びみたいなポーズをとると、静寂に包まれた廃工場に無音の絶叫が響く。

 あ、声は出してないよ?あくまで心の中で叫んでるだけなので。


 と、とはいえっ!!

 あんなキスをした後なんだから、あれから私達はとくに何も話す事なくここまで来たのだれど…。

 なんて話しかけたらいいのか分からなくて、私は今…すごく困ってる。


 昔は、大抵キスすればなんとかなる事が多かったから、こんな時どうすればいいのか分からなくて…あーーつまり。


 無言のままはすごく寂しい。

 それに…。


 とくとくと心が跳ねた。


 跳ねるたびに身体はむず痒くなって、跳ねる心臓は痛いのにどこか気持ちいい…なにより、シエルのことを思うと身体がぽかぽかとあたたかくなる…。


 私はこの感情がなにか、知ってる。

 ハナにも、チカにも抱いてる幸福な気持ち……なんだけど、私はシエルに…友達にそんな感情を向けてもいいのだろうかーー!?


 というか、キスをしたらそんな気持ちになっちゃうに決まってるじゃんかーー!!


「……はぁ」


 胸の内で叫んで、叫びまくって。満足したのか小さく溜息を吐いた。

 廃工場に私の溜息が木霊すると、それを聞いてたシエルがくるりと振り返った。


「さっきから、なにコロコロ表情変えてるんですか?」

「え、あー…私、なにか変だった?」

「変も何も、驚いたり怒ったり優しい顔になったりと忙しないから何かあったのかと…」

「そ、そんな顔になってたんだ私…」


 次から気をつけないと…。


「気をつけてください、ここは吸血鬼の根城なんです。いつどこに敵が潜んでいるのか分かりません。常に警戒しておいてください」

「う、うん…」


 いつもの、冷静で毅然な態度のシエルだ。

 あんなことして、ここまで冷静を保ってるなんて流石天使と言うべきか…。

 でも、それはそれとしてあれだけの事して何も思ってないのは少しかなしい…。


「なにか?」

「いや、あの…その、さっきのこと」

「ユウはもう充分回復したのでしょう?ならもう大丈夫な筈です」

「いや、そうなんだけど…シエルはどう思ってるのかなぁって…」


 思っちゃったりしてぇーー……。

 あははと苦笑混じりに、冗談っぽく言ってみせてふざけてみる。

 けれど、シエルは一切の表情を崩す事なく。


「食事なのですから、特に感想はないですよ」

「あ、そっか、そうだよねーー」


 なんか、初めて会った時のシエルって感じだ。優しさが感じられない、冷静で機械みたいな冷徹とも捉えられる天使。

 もしかして私…あんなことしたから、嫌われちゃったのかな…。


 それは、いやだ。

 せっかく友達になれたのに、絶交なんてそんなの絶対いやだ。


 謝らなきゃ…。


 拳を強く握って、シエルの背中を見つめる私。けど、その時の私は耳を真っ赤に染めるシエルに気付かなかった…。



「一通り探したけど…」

「どこにもいないですね…」


 廃工場には吸血鬼はおろか、眷属すら姿を見ずにあらゆる場所を探索しきった私達は二人して首を傾げる。


「ほんとにここで合ってるの?」

「ええ、魔力の反応的にここなんですが…」


 うーーんと首を捻って考え込むシエル。

 もしかすると、まだ探してないところがあるとか?それとも。


「魔法とかで上か下で隠れてるとか?」

「上か下かってどういう意味ですか…」

「いやほら、上を見上げると隠しダンジョンがー!とか下を確認したら階段が発見ー!とか?」

「ドラゴクエストじゃないんですから……」


 はぁ…と溜息を吐いて否定するシエル、けれど何かが気になるのか立ち尽くしたまま何か考えている。


「確かに、こんなに探してるのに何もないのはおかしい…ユウが言った通り隠れてるとするなら、一番有り得るのは…」


 ぶつぶつと呟いて、シエルは動き出す。

 ふらふらと考え込みながら移動するシエルにコバンザメみたいに付いていくと、マンホールの所でピタリと止まる。


「もしかすると、この下に隠れてるのかも」

「え…!?」


 下って事は…下水ですよね!?

 またあんな臭いの地獄味わいたくないんだけど!?


「でも、潜らなきゃ吸血鬼を殴れないですよユウ」

「う、まぁ…うん、よし」

「じゃあ、行きましょう」



 氷が咲いた。

 辺り一面が氷に包まれて、私達に襲い掛かろうとしていた怪物すらも巻き込んで支配する。


「なぁっ……」


 私の目の前には依然変わりなく立ち尽くす、シエルの姿。

 私はそんな彼女が起こした芸当に驚くことしか出来ずに、素っ頓狂な声が溢れた。


 ここに来てすぐに、怪物が襲い掛かってきた。それも一体どころじゃなくて5体くらいが一気にやってきて、もうダメだー!って死を覚悟した…けれど途端に周囲が寒くなって…それで。


「シエル、めっちゃすげーー……」

「? これくらい普通でしょうユウ」


 はて?と首を傾げて振り返るシエル。

 いやいやいやいや!!!そんなに凄いの出来るなら私いらないじゃんっ!!


「いや、ユウの方が凄いですよ?あんな凄いのそう簡単に撃てるわけないでしょう?」

「いや、私のなんかよりシエルの方が全然凄いでしょ!?」

「そうでしょうか?」


 全く実感がなさそうな顔で頷くと、真剣な表情に早変わりする。


「さて、今のでここに吸血鬼がいるのは確定ですね」

「う、うん…」


 本当に、ここにいるのか吸血鬼が。

 そう思うと、途端に私の胸の内から恐怖が溢れてくる…。

 心臓がいつもより早く脈打って、自然と身体が震えた。けど…!


「怖がってる場合じゃないよね!」


 私は決めたんだ、一発ぶんなぐってやるって!!

 ぱしんと震える身体を叩いて、喝を入れる。それを見てたシエルが柔らかい表情を浮かべて微笑んだ。


「流石です、ユウ」

「そうかな?でも、まだ怖いや」

「大丈夫ですよ、ユウならなんでも出来るハズです」

「えへへ…そう言われるとなんだか恥ずかしい」

「じゃあ、行きましょうか」

「そ、そうだね!」


 シエルに手を引かれて、私達は暗闇の奥へと歩き出す。

 励まされた身だけれど、正直言って凄く怖い…吸血鬼って、つまりはあの怪物の親玉という訳だから…あれより恐ろしいって事だよね?


 ふるふると、身体が震える。

 

 けど。


(チカを泣かしたんだ…)


 私の女に手を出した事を、絶対に後悔させてやる…。


 

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