24話 実る気持ち


 ぐぅぅ…っとその場に似つかわしくない音が鳴り響く。

 しまったと顔を歪めて、音の元凶をすぐさま塞ぐけれど、もう遅い。

 はぁ…と小さなため息と共に先頭に立っていたシエルが振り返った。


「お腹…空いてるんですか?」

「あはは…ハナだけじゃあ、足りなかったみたい」


 苦笑混じりに答えると、シエルはもう一度小さくため息を吐いて、渦巻き状の瞳が私を見つめる。そして、少しの間が空いて…ふいっとそっぽを向いた。


「………その、どれくらい減ってるんですか?」

「えと、走れるくらいにはあるけど…それ以上の事したらしんじゃうくらい?」 


 嘘です、ホントは走るのがやっとなくらいキツイです。だって昨日と今日で魔法撃ってるせいかすっっっっごく気怠いです!


 なーーんて、言って心配させる訳にもいかないから、元気あるフリをしてみせる私なのだけど……。


 じーーーーーーーーーーっ…。


 嘘ついてるのがばればれ…。

 やけに視線が痛くて、思わず私もそっぽを向くと、シエルは分かってたみたいに「ほら」と不機嫌そうに口を尖らせて言った。


「やっぱり無理してたじゃないですか」

「バレてましたか…」

「さっきまでフラフラだったんですから、バレるに決まってるでしょうに……」

「あっははは…」

「笑い事じゃないですよ…」


 お次は大きなため息を吐いて、心底落胆してるご様子。けど、次の瞬間…悲しそうな表情を浮かべて一歩前に歩み出る。


「友達なんですから…困ってたら言ってください」

 

 空いてた右手にシエルの白い手が包み込む…すらりとしてて柔らかな感触にドキリとして思わず身体が跳ねる。


「……キス、しますか?」

「へっ……」


 目と目が合って、包み込んでた両手がぎゅっと強くなる…。

 柔らかいけど、確かな力と熱が私の右手を包み込んで、思わず変な声が溢れかえった。


「えと…そのっ」

「一度しましたし…それにこれは食事なので、私は特に気にしませんが」


 私は気にしてるのっ!!

 心の内で叫んで、近付くシエルを咄嗟に片手で止めて、数秒考え込む…。

 た、確かにシエルとキスをするのは初めてじゃない…じゃないんだけど!!


 ダメでしょ……私。


 シエルとのキスを思い出す。

 視線は薄いピンク色の唇に釘付けになって、全身が燃えるように熱くなる。

 心臓は爆発しそうなくらい跳躍して、足は浮いてるみたいに地面との感覚がなくなった。


 シエルは…友達同士のキスって言ってるけど、シエル自身はどう思ってるんだろう?

 あの感触とあの熱…思い出すだけでも唇が熱を浮かび上がらせて、初めてのキスを思い出させてくるのに……。


 到底、友達に向ける感情じゃない。


 ハッと思い出して、咄嗟に視線を逸らすと明後日の方向を見る。

 多分、今の私はすごく変な顔になってると思う。

 特に頬から耳は火傷しそうなくらい熱くて、ゆでだこみたいに真っ赤になってると思うから…。


 このまま、誤魔化して吸血鬼の元に行けないだろうか…なんて思うけど、そうはさせないと飢えが叫んだ。


 ぐううううううううううううううっ!


「……〜〜っ!」


 私の腹は空気を読まなすぎ!

 どれだけ飢えてんだ私のお腹は!!


「ユウ?しないんですか?」

「えっ…あの、その」


 優しいシエルの声が耳を包む。

 思わず一歩後ずさるけれど、逃しはしないとシエルは歩調を合わせて一歩進む。

 ずいいっと身体を前に出して、視界いっぱいにシエルが映る…。

 今にもキスが出来そうな距離に、心臓の音がこれでもかと鳴り響く。


「ユウ」


 や、やめてほしい。

 私の名前を…呟かないでほしいっ!!


「あ、うっ…ああっ…」

 

 ふるふると精一杯首を横に振る。

 私にはキスは必要ないって主張するのに、それでも私のお腹は急かすように鳴り響き…。


「我慢しちゃ、ダメですよ」


 薄いピンクの唇が、柔らかな感触と共に私の口を塞いだ。

 唇と唇が当たってる…途端に精気が私の身体の中に入ってくのを感じて、ほんの少しだけど体力が回復する…。

 けど、たったほんの少し…私の疲れ切った身体がそれっぽっちじゃ癒される訳もなく…。


「し、シエルっ!」


 されるがままだった私はシエルの身体を抱き寄せる。

 もうどうだっていい、こうなりゃとことんやってやる!

 私の頭の中はそれだけで一杯で、私は口の中に舌を突き出す。


「んっ、んむ!」


 シエルの驚く声が聞こえる。

 けど、仕方ないよね…?

 こんなにもお腹空いてるんだから、そっちからキスして来たんだから…。


 だから、このまま。


 舌と舌が絡まり合う。

 私たち二人の唾液が絡まり合って、口の中に蜜のように甘い味が広がる。

 れろっれろ、ねぷりと何度も何度も舌を絡ませ合いながら私は蜜を飲むように蹂躙する。


「んっ、んぅ…」

「は、はぁっ…あっ」


 お互いの舌先がつんっと当たって、くっつけ合うように舌と舌を合わせる。


 シエルの瞳はとろんと溶けていて、いつもみたいな毅然とした雰囲気はどこにも感じられない。

 ふるふると小刻みに身体を震わせて、唾液まみれの口を見せつけるように「ぷあっ…」と声をあげて口を離した。


(え、えっちだ…)

「は、はぁっ…は、はぁ……」


 荒い息遣いのまま、私達は目線すら合わせずに顔を逸らすと、私は後悔の念に襲われていた。


 や、やっちゃったあ〜〜っ!!

 心の中で私は叫ぶ、友達に対してとんでもないキスをしてしまった…!!

 これはもう、流石に怒られるどころか絶交案件じゃぁ……。


「……その、体は…どうですか?」

「え、あ…えと、怒ってないの?」

「べ、別に…これは食事なのですから…起こる必要なんてないでしょう」


 よかった、怒ってないみたい…。

 ホッと安堵するのも束の間、チラリと盗み見るようにシエルを見ると、仄かに熱を帯びてる顔を見てドキリと跳ねた。


「……っ!」


 だめだ、だめだめだめだめだめだめ!

 何度も首を横に振って自分を否定する、けれど気付い初めている時点で止められはしない…。

 私は、私は…。


「………その、先に行こっか」

「そ、そうですね…」


 急かすように、私は足を進める。

 今は、考えない…考えないようにしないと。

 ドキドキとうるさい心臓を抑えながら、私は吸血鬼が眠る場所へと足を早めた…。



 キスをするのは初めてでした。

 そして、キスをしようなんて思うのも初めてで…正直、私自身の気持ちがよく分からないでいます。


 初めて出来た友達。

 最初は仕事上の関係、悪魔と天使…それ以上も以下もないのに距離を詰めてくる彼女に私は次第に惹かれていった。

 今まで、そんな人がいなかったから初めての友達という関係に胸が踊った。


 例えそれが水と油の性質である悪魔であっても、私は友達が出来たことが嬉しかった。

 元々、上級天使の役職を持つ私は、下級の天使や悪魔からは憧れや嫌悪の目で見られていて、彼女みたいに接してくれる子がいなかった…。


 だから、寂しさを紛らわすためにゲームに手を付けた…。

 でも、心の中はぽっかりと空いていて…。


「…ユウ」


 初めて出来た友達の名前を口にする。

 すると、じわりと暖かい温もりに包まれて私はホッとする…。


 友達、友達…友達。

 だから、キスをするのも悪いことじゃないと思う、それが例え天使と悪魔だとしても。

 だって、友達が苦しんでるのならキスの一つや二つくらい……だから。


 先程したキスを思い出す。


 舌と舌を絡めた、まるで恋人同士がするねっとりとした甘いキス……。


「……………あぁ、もう」


 どきどきとやけにうるさい。

 全身が燃やされてるみたいに熱い。

 身体中にとくとくと快楽の波が波打ってて…。


 これじゃあまるで、あなたの事が……。


「好きみたいじゃないですか…」


 ぽそりと聞こえないくらいの声量で私は呟いた。



 月、火はキライなアイツとキスをした。

 水、木は私、サキュバスになんてなりませんから!

 金はヘンタイ飼ってます


 こんな感じで曜日分けで投稿しようと思います。土日は気分が上がらないので投稿しません。では。

 

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