間話 ちゅーがくせい
初めてのキスはハナちゃんだった。
お姉さんに言われるがままに、唇を塞ぐとさっきまでカンカンに怒っていたハナちゃんがしんと静かになって、赤くなってたのを今でも覚えてる。
それから、数年の月日が経って中学生になりました。
着慣れない制服に袖を通して、速る心臓を深呼吸でなんとか抑えながら、私は玄関のドアを開ける。
緊張するなぁ…大丈夫かなぁ…。
頭の中は心配事だらけ、未来の自分が何かやらかさないか心配で心配で仕方なかった。
どうしてそんなに心配するのか?それには理由がありまして…。
なにせ私はとんでもないキス魔…らしいのです。
自分自身キス魔という自覚はないけれど、最近になってみんながそういう噂を流している事が発覚した事が始まりだった。
『ねぇ、笹木さんって女子にキスするキス魔らしいよ?』
『えぇ?へんたいじゃん!』
『なんかぁ、喧嘩になった途端にキスをしはじめるらしいよー』
『なにそれ、気持ち悪〜い』
「………う、うそでしょ?」
キスって…仲直りでするものじゃなかったの!?
今まで信じてた常識が揺らぐ、でもどれだけ嫌われてもキスをしてしまえばまた仲直り出来るのは確かだった…だから中学生になった今日からは…!
「そーゆーこと、おさえないと!」
決意を胸に、私は一歩足を踏み出す。
すると、家の前から聞き慣れた声が私の耳に入った。
「おはようっ!ユウちゃん!」
元気に満ちた、可愛い声に私も元気に挨拶を返す。
「おはよう!ハナちゃん!」
ふたりして笑顔をいっぱいに咲かせて、私達は顔を近付けてチュッとキスをする。
ふんわりとした唇が合わさって、すぐに弾けた音が響いた…。
「えへへ…」
なんだかすごく照れ臭い。
頬が熱くなって赤みを帯びる、けれど隠す事なく私達は手を繋いでクスクスと微笑みを浮かべる。
「今日から中学生だね!」
「そうだねユウちゃん、制服すごく似合ってる!」
「えへへ…そーかな?」
くるり、と制服姿の私を魅せるようにひらりと舞う。
ハナちゃんは「すごくいい!」って興奮気味に言いながら、ふわりと浮かんだスカートの中を覗き見てる。
「ちょっと、見ないでよ〜!」
「結構可愛いの履いてたねぇ」
ふむふむと顎に手を当てて、どこかお偉い人みたいな感じでハナちゃんは小さく頷く。
何を言ってるんだろ…。
ハナちゃんの行動はたまによく分かんなかったりする、なんというか私を舐めるような目で見てくるような…。
「それよりさ、ハナちゃん」
「ん?どうしたの?」
「私、中学生になって目標があるんだよ!」
「目標?テストで一位取るとか?」
「そ、それは絶対無理だから……」
そもそも100点すら取れない私にそんな事が出来るわけないし!
「私、キスをするのはやめようと思うの!」
「…へ?」
「だって、キスをするのって恋人同士でやるんでしょ?恋人でもないのにキスするなんて絶対にダメだと思うの!」
だから今日からキスをするのはやめようと心に誓ったんだ!
胸を張って、自慢げにそう言うとハナちゃんは少しだけ驚いた顔になって…そして風船みたいに頬を膨らませた。
「……じゃあ私とキスはしないの?」
「え、だって…キスはしないって決めたもん」
「さっきしたのに?」
「え…あっ!」
たしかに…。
さっき私達ふつーにキスしてた!
「さ、さっきのはなしで!ノーカウントってやつ!!」
両手でぺけマークを作って、さっきのキスを無かったことにする。
けど、なぜかハナちゃんは更に頬を膨らませて…。
「私のこと…嫌いになったの?」
「え、え?」
「キスしないってことは…私のことはもういらないってことなの!?」
「な、なんのこと?」
「私のこと好きじゃなかったの!?」
突然怒るハナちゃん。
私はわたわたと狼狽えながら、なんとか宥めようとハナちゃんに触れようとするけど…。
「もういい、私一人で行くから!」
触れる前に、ハナちゃんはそう言ってすたすたと去っていった…。
突然すぎて、訳が分からない。
けど、これだけは言える…ハナちゃんがいないってことはつまり…。
「私一人だ…」
ぼっちを意味する。
◇
入学式も終わって、私達生徒は教室へと集められる。
私は1組で、運が良いことにハナちゃんも1組だった。けど、そのことに喜ぶことはなくハナちゃんは私を見ないようにそっぽを向いていた…。
「な、なんで…?」
なんで怒ってるの?
なんでそっぽ向くの?
鼻がツンッて刺激されて、じわりと涙があふれそうになる…。
「私…なにか悪いことしたのかなぁ」
ただ、目標を口にしただけなのに…。
だけなのに……だけなんだけど、もしかして。
「私がなにか悪いこと言ったのかな?」
じゃなきゃハナちゃんがあれだけ怒るわけがないし…でも、私に悪いところなんてあったかなぁ。
顎に手を添えて、私は考える。
ハナちゃんはどうして怒ってたのか?どこで怒り始めたのか?
先生がなにか言ってるけど、私はそれを無視して思考の海へとダイブする…。
そういえば、ハナちゃん…キスをしないって言った途端に怒り始めたなぁ。
「…………」
みんなは気持ち悪いって言ってたけど。
ハナちゃんは気持ち良いって…。
「思ってるのかな…」
唇にそっと触れて、小さくぽそりと呟いた。
キスをしてると気持ちが良くて、すごく心地がいい。
お姉さんはキスを仲直りのおまじないとして教えてくれた。けど、みんなの言ってるキスは仲直りじゃなくて好きな人同士でするものだって言ってた。
私、仲直り以外のキスはハナちゃんしか、したことない。
会うと挨拶みたいにキスをするし、とりあえずでキスをする。
もしかしてだけど、ハナちゃんって…。
「…………なるほど」
先生の説明が終わって、小休憩が挟まれると席に座ってたクラスメイトは席を立つ。
ざわざわと、あれだけ静かだったのに一気に騒がしくなると…私はひっそりと隠れてハナちゃんの背後に回っていた。
そして。
「きゃっ…!」
「来て!」
ハナちゃんの手首を引っ張って、私はハナちゃんを連れて人影の少ない場所へと移動した。
「…な、なに」
「そ、そのさハナちゃん…」
じろりと睨まれて、思わず一歩後ずさる。
怒ってるハナちゃんを見るのは久しぶりだったからず緊張に肩に力が入った、私はそれでもと喉を張って、声を出した。
「ハナちゃんって…キスするのが好きだったんだよね?」
「……へ?」
そう、私がたどり着いた答えはハナちゃんはキスが好きなんだ!
だからいつもキスをしてる私がやめるって言い出したから、ハナちゃんはあれだけ怒ってたんだ!
「そうでしょ?ハナちゃん!」
自慢げに自分の推理を口にして、ハナちゃんの答えを待つ…けど。
「はぁぁ〜………」
答えはなぜか…肯定でもなくて、とてもながい溜息だった。
「え、あれ?」
「ほんっと…ユウちゃんってバカ…」
「な、バカってひどいじゃん!」
「バカはバカじゃん!バカユウ!ばーか!」
そんなバカバカ言わなくてもいいじゃんか!!
「……はぁ、でもその通りだよユウちゃん」
「私、ユウちゃんとキスするのが好きなの。ユウちゃんのことが好きだから…だからキスをしないって言った時、すごくイヤだった」
「ハナちゃん…」
「ねぇ、ユウちゃんは私のこときらい?」
嫌いなわけない。
ハナちゃんは私にとって、大切な…大切な親友だから!だから絶対に嫌いになることなんかない!
「そんなわけないよ!私、好きだよハナちゃんのことが!」
「…えっ?」
「ハナちゃんがいないと私、勉強も出来ないし…遊ぶことだってできない!だから嫌いになるはずないよ!」
ハナちゃんに駆け寄って、肩を強く掴むと思いのままに私は言った。
だから、嫌いなんてそんなこと言わないで。
「え、あ…私がいないとユウちゃんは困る?」
「うん、すごくこまる…」
「あ、えへ…そっか、えへへへ」
「む、ぼっちの私がそんなにおかしい…?」
「えへへ…そうじゃないよ、すごく嬉しかったから…えへへ」
ふにゃりと笑うハナちゃん。
一体どうしてそんなに笑ってるのか不思議だけど、ふにゃふにゃと笑うハナちゃんに思わず私も笑みがこぼれる。
「ふふ、なにその顔…へんなの」
「えへへ…ねぇ、ユウちゃんちゅーして」
「…しょーがないなぁ」
過去の私よ、キスはしない…なんて言ったけど、どうやら守れなさそうです。
でも、大好きなハナちゃんとキスなら…私も許してくれるよね?
ハナちゃんの柔らかい唇にそっと添えるように塞ぐ。
じわりと淡く滲む熱に溺れそうになる感覚を覚えながら…私達はキスをした。
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