22話


「ぶっっっっつ!!」


 なけなしの魔力を総動員させる。

 全身の血液が沸騰し逆流するような奇妙で不快な感覚に襲われながらも、私は唇を強く噛んで我慢する…!

 そして、力一杯に右手を大きく広げて私は叫んだ。


「っっっ飛べぇッ!!」


 強風が舞う。

 昨日の台風を思わせる力は無いけれど、それは目の前を立ち塞ぐ扉を破壊するのに十分な一撃だった。

 右手から発射される風を模した魔力の塊が、扉に弾着すると…とてつもない音と共にそれはバリケードと一緒に吹き飛ばす!


 扉は部屋の奥へと吹き飛ぶと、壁に強く当たって倒れた。

 魔力が少なかったおかげで、壁ごと破壊しなくて良かった…。

 ホッと安堵して埃舞う病室へと私は咳き込みながらも足を踏み入れた。頭の中はチカの事だけで一杯だ。例え拒絶されたとしても私はチカに会わなきゃいけないから!!


「な、なんで…ユウ」


 埃が舞う中で、かぼそくて聞き慣れた声が響く。

 すぐに声の方へと足を進めて、私はなんでの答えを口にした。


「なんでって…会いたかったから!」

 

 力を振り絞って、視界を遮る埃を払う。

 視界に映るのは薄暗い闇の中でも輝くプラチナブロンドの髪の女の子。

 瞳はルビーのように赤くて、その爪は何度も壁や床を引っ掻いたせいか、やけにズタボロだ。


 他人とも見まごうその姿、だけど私は彼女を知っている。絶対に間違うはずがない!

 例え姿が変わってても、化け物になってても!!


「チカ…会いたかった」

「ユ、ユウ…」

 

 怖かった。

 学校に来て、先生から伝えられたあの日からチカの事が心配で心配で堪らなかった。

 どれだけ私は自分を責めたのか分からない。何度吸血鬼を呪って、あの日ああすれば良かっただとかこうすれば良かっただとか何度考えたことか。

 

 途端に、涙が溢れた。

 安堵と後悔と恐怖が混じり混ざって、涙になって頬を伝った。


「ずっと、心配してた…」


 ずっと、後悔してた…!


「あの時、チカが…死んじゃうんじゃないかって…すごく怖かったっ!!」

「ずっと、ずっとあの時!一緒に居たら良かったって…何度思ったか!」


 感情が滝のようにあふれて、こぼれる。

 拳を強く握って、薄れかけの意識を保ちながら私は感情のままに叫んで…。

 

 そして、薄暗闇に身体を隠すチカをそっと抱いた。


「ごめん、ごめんね…チカ」

「わ、わた…しも、いじめてごめん…ごめんなさい……」

 

 肩にぽつりと雫が落ちた。

 少し冷たい、けれど温かいそんな雫。


 私達は抱き合いながら、泣きじゃくりながら謝った。

 あの時の後悔を何度も言葉にして送り合う、何度も…何度も……。


 ぎゅうっと互いに強く抱き合う。

 体温は感じられなかった、氷を抱いてるようなそんな冷たさが私を包むけど…。

 それでも、温かいと…私は思った。


「こほんっ…!」


 薄れかけた意識の中、シエルの咳払いで私はハッと目覚める。

 すぐにシエルの方へと顔を向けると、ジト目で睨むシエルの姿があった…一体何に怒ってるんだろ。


「魔法使ったら危ないの、分かってましたよね?」

「あ、いやぁ…その」

「かなり魔力を消費してるみたいですが、まだ意識保てますか?」


 そう言われると少し危うい。

 今は気力と根性で立ってるイメージで、ふと意識が持っていかれそうで正直キツい。


「とりあえず今は耐えててください。それと…」


 シエルはチカを見る。

 互いに視線が合って、チカは「だ、誰?」と不思議そうな声が聞こえる。


「あなた、まだ意識を保てますか?」

「え、あの…」

「吸血衝動で血を吸いたい気分でしょうが、今はそれを何としても堪えてください」

「な、なんで知って…」


 声を上げるチカ、けれどシエルはそれを無視して私達を抱き上げる。

 それはまさに怪力…一体その細腕にどうやってそこまでの力があるのか分からないけど、多分魔法の力だと思う…。


 ツッコむ気力もなく、私は薄れかけの意識の中で私達はシエルに抱き抱えられて病院を後にした…。

 そして、気が付いたらそこは…。


「げ…なんで私の家に天使が来てるの!?」

「あ、お姉さん…」


 お姉さんの家だった。



「はぁ、なるほどねぇそんな事があったんだ」


 これまでの事情をシエルが全て話し合えると、お姉さんは納得して何度も首を上下に振る。

 私は薄れかけの意識の中、ハナが駆けつけてくれた事でなんとか喋れるくらいには魔力を回復できた…。


「あ、ありがと…ハナ」

「一体何があったの?ユウちゃん…」


 きゅっとシャツの裾を強く握る。

 その瞳は強く揺れていて、その下にはうっすらとだけど隈ができていた…。


「最近、昼も夜もどこか行ってて…いつも疲れてたから心配してたんだよ?」


 今にも泣き出しそうな表情で、身体を寄せる。

 

「…心配してくれてたのに、何も言わなかったのは本当にごめん…」

「ばか、ばかばかばかっ!ばかユウちゃん!!」


 ぽかぽかと何度も殴られる。


「ありがと、心配してくれて…」

「うるさい!ばか!ばかばかばか!!」


 軽い拳と一緒に、罵倒の言葉が私を襲う。

 けど、今の私に出来ることは謝って、ありがとうって言って…ハナの細い身体を抱くことしか出来なかった。


 泣きじゃくるハナに唇を添えて、私達は見つめあう。


「…私、チカをあんな目に遭わせた吸血鬼が許せない」

「うん…」

「だから一発でもぶん殴ってやりたいって思ってるの…それで、その…」

「許してほしいの?」

「まぁ、うん…」


 こくり、頷くとハナは諦めたように強く溜息を吐くと、人差し指をぴんと立ててジト目で睨みながら言った。


「じゃあ、終わったら私とデートして」

「そ、それだけでいいの?」

「うん、でも他の女を連れて来たら容赦しないからね?」

「そ、そんなことしないよ!?」


 あ、いやでも過去にそんな事があったような…。

 

 それは中学生の頃の記憶、たまたま友達が通り掛かってたのをキッカケにその子を連れてきた事があったような。


「ぜ、絶対にしないと誓います…うん」

「よろしい!じゃあ、怪我しないでね?ユウちゃん」


 額と額をこつんと合わせて、もう一度唇を重ね合わせる。


「うん、絶対に一発ぶん殴ってやるから…」


 約束を交わし合って、私は決意を胸に秘める。

 チカを泣かしたこと、絶対に許さないから…!

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