間話


 吸血鬼捜索二日目、埋まりつつある地図に達成感を感じつつも未だにこれといった出来事が起きずに私達は今日も薄暗い場所へと赴いていた。


 じめじめとした空気が身を覆う。

 鼻を突く異臭に顔を歪ませながらも、なんとか足を進める。

 先頭を立つルシエルは飄々としたまま、かつかつと足音を鳴らして平然と歩く。


(毅然としてて美しいってルシエルの事を指すんだろうナァ…)


 背筋をピンと伸ばして、こんな最悪な場所でも凛としている…そんな彼女をカッコいいと思った私は憧れの視線を送る。

 それに気付いたのか短い白髪を揺らして、渦巻き状のぐるぐるとした瞳と目が合った。


「なんですか?」

「あ、いや…綺麗だなって」


 気付かれて、思わず声がどもる。

 咄嗟に感想をこぼすとルシエルは「そうですか」と一言だけ告げるとすっと振り返る。


「今はそんな事言ってる場合じゃないですよ、さぁ行きましょう」

「あっ!ちょっと待って!」


 かつかつかつと音を立てて歩は進む。

 薄暗く異臭を放つ下水道にて、私は先に進むルシエルに置いてかれないよう走った…。



「今日も成果なし」

「はぁぁ〜!臭かったぁ!!」


 探索を終えて下水道から脱出、地獄みたいな環境にいたせいか外に出た途端に空気のありがたみがどんと感じる。

 何度も何度も感謝するように息を吐いては吸ってを繰り返して…ふと気付いた。


 スンスンスン…。


 服に鼻を近付けて犬のように嗅いでみる。


「んがっ…」


 臭い。

 下水道の臭いが染み付いたのか異常な臭さが服に付いていた。

 そのあまりの臭さに口を大きく開いて、目を大きく開けて放心状態…。


「フレーメン反応ですか?」

「いや、すごく臭い…めっちゃ臭い!!」


 吐きそうになるのをなんとか堪える。

 正直、今にでも服を脱いでしまいたいくらいの嫌悪感で一杯だった…そして何より。


「シャワー浴びたい!!」


 ぐっしょりと溢れる汗、臭いと疲れ…はやく心地よいシャワーを浴びて寝てしまいたいくらい今はそれだけで頭が一杯だった。

 だから、地図を確認するルシエルの手を取って懇願するように言った。


「一旦家に行こ!!」

「いや、まだ時間があるから探索を…」

「臭いままは嫌なの!!」

「いや、今はそれどころじゃ…ってユウ!?」


 ルシエルの手を取って無理矢理にでも引き連れる。最終的に私の勢いに折れたルシエルが近くにある家へと招待してくれる事になった…。


「え、いいの?」

「まぁユウの言う通り、臭いですしね。それに私の家の方が近いのでそこでシャワーを浴びてください」


 あと服は処分した方が良いですね…と言ってルシエルはすんっと自分の服を嗅ぐと、臭かったのか少しだけ顔を歪める。

 そんなこんなで私達はルシエルの家へとやって来た。

 場所は街から少し外れた集合団地の4階にある部屋だった。


「なんというか…」

「天使らしくない、でしょ?」

「うん…」


 天使も家に住んでるんだ。 

 なんか天国とかに住んでそうなイメージあるけど…。


「私達天使は死んだ魂の回収や悪魔の退治を主にしてるんです、だから地上にいた方が都合がいいんですよ」

「へぇ〜」

「そしてなにより…」

「なにより?」


 そう言いながら、ドアノブが回る。

 がちゃんと音を立てて扉が開くと、廊下の向こうから天井にも届きそうなくらいの何かが積まれているのが見えた。


「プライベートが確保されているのはとても素晴らしい」

「………なにあれ?」


 思わず凝視する。

 積まれているのはなんなんだろう、そう思いながら目を凝らすと、見えたのはこれでもかと積まれたゲームソフトの山。

 有名な神ゲーからクソゲーと名高いゲーム、そして私でも知らないゲームが大量…。


 思わず横にいたルシエルを凝視すると満足気に鼻を鳴らして胸を張った。


「どうです?集めるの大変だったんですよ」

「大変とかどうのの問題じゃなくない!?」


 天使の部屋はなんというか、すごかった。


「さて、とりあえず服はあげるのでそれを着ていてください…今着てる服は臭いので捨てますから返さなくてもいいですよ」

「あ、ありがと」


 シャワーを浴び終えて、先にあがっていたルシエルからTシャツとジャージ上下を貰う。


「……なかなか個性的なシャツだね」


 Tシャツには隕石に乗っかった猫がプリントされてて、そのシュールさに思わず笑みが吹き出しそう。


「でしょう?可愛いので買ったんです」


 かわ…いい。


「なるほど」


 かわいいかもしれない。

 そう見ると確かにかわいい、猫と隕石…実はすごく相性が良いのかもしれない。


「それで、今日はどうしますユウ」

「え?あーどうしよ」


 じーっと見つめていた所をルシエルに呼ばれて意識を取り戻す、ルシエルは無地のTシャツだけというラフな格好のまま私を見ていた。


「正直、今日は疲れちゃった…」


 あれだけ動いたのと、シャワーを浴びてスッキリしたせいか、もう動く気力が微塵も残っていない…。

 あははと苦笑しながら、私はそう言うとルシエルはくすっと小さく笑った。


「私もです、今日の探索はここでおしまいにしましょう、なので…」

「なので?」

「その、せっかくウチに来たので少しゲームしませんか?」


 ルシエルの両手にはコントローラーが二つ、机の上には有名なレースゲームがあってルシエルは表情を変えないまま私に近付く。

 

 まったく表情が動かないのに今すぐ遊びたい、そんな感情がひしひしと伝わってくる。

 な、なんというか…。


(かわいい…)


 溢れそうになる言葉をなんとか抑えて、私はルシエルからコントローラーを取るとニッと笑みを浮かべた。


「うんっ!やろうやろう!!」

「!ありがとうございます、では早速やりましょう!私それなりにやり込んでるので負けませんよ!」

「私も友達と沢山やってきたから自信あるからね!負けないよ〜!」


 二人してテレビの前へと身体を寄せる。

 その日は、夜まで遊んだ。

 ルシエルはゲームの山を作るだけあってかめちゃくちゃ上手くて手も足も出なかった。

 けれど、手を変え品を変え…いろんなゲームをしたり漫画を読んだり、一緒にお菓子を食べたり…。

 私達はその日、これでもかというくらい遊びに時間を費やした。


「たのしいですねユウ」

「うん、そうだね!」


 いつもは冷静で毅然としていたルシエルとは真逆の姿、まるで年相応の少女みたいに笑う彼女に私は惹かれていった。

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