20話 友達なら


『昨夜未明、台風のような強風が発生し…』

『気象庁は……』


 朝のニュース番組は昨日の夜に起こった謎の強風騒ぎで持ちきりだった。

 台風を思わせるその風は世間を騒然とさせたけど、被害は出てないらしい。けど、その理由を探っているとニュースでは言っていた。


「まあ、その原因がユウなんですけどね」

「は、ははは…」


 隣で見ていたシエルが淡々とネタバラシ。

 まさか昨日怪物に放った魔法がここまで影響を出してるなんて思いもしなくて、これには苦笑いしか出なかった…。


 あの後、気絶した私はシエルに担がれて、シエル宅へと連れてこられたらしい。

 それで目が覚めたらニュースは私の魔法による騒ぎでいっぱいで、なんだか凄く申し訳ない気持ちで一杯だ。


「それにしても…」


 なんだか、悪い夢を見ていたみたいだ。

 勿論、あれが現実なのは覚えている。でも、あの時の恐怖、緊張、感情は非日常すぎて夢としか思えなかった。でも。


「私がやったんだよね…」


 間違いなく私はあの怪物を倒した。

 ただその事実が…あれだけ恐れていた恐怖を吹き飛ばしていた。


「ユウ、朝食は食べますか?」

「え、あ…私は」


 シエルの声に、ふと我に返る。

 彼女の手にはスーパーでよく見るバターロールが今か今かとオーブンに入れようとしている。

 そんなシエルを止めるように私は苦笑混じりに言った。


「食べても、意味ないから」

「あ、確かにそうでした」


 すみませんと頭を下げる、その姿に申し訳ないと思って思わず私も頭を下げる…。

 けど、そんな空気を読まずに…私のお腹は求めるように飢えが鳴いた。


 ぐううううううう!


「「………………」」

「お腹空いてるじゃないですか」

「いや、そ、そうなんだけどさ…」


 知ってるでしょ?と上目遣いでシエルを見つめる…。


「…その、私今から家に帰るから」


 シエルに頼む訳にはいかない、そう思って空腹の身体に力を入れて立ち上がる。

 けど、今回ばかりはやけにフラフラだった。

 足に力が入らなくて、まるで自分の中身が無くなってしまったみたいな、そんな錯覚を覚える…。


「あ、あれ?やば…」


 足元が覚束ない…そのまま、頭から床へと落ちそうになる所を、すんでの所でシエルに助けられる。


「あぶないですね…」

「あはは、ごめん」

「まぁ、あれだけの魔力を一気に向けたんですからそうもなりますよ…」


 このままじゃ、家に帰れないですね。

 そう言って、私を抱きかかえるとベッドに寝かされる…。


「シエル…」

「私達、友達ですよね?」

「う、うん」

「じゃあ、友達同士ならキスくらいするでしょう?」


 仰向けになったまま、視界がシエルでいっぱいになる。

 真っ白な肌と渦巻き状の瞳、ぷくりとふくれた薄いピンクの唇がやけに気になる。


「え、あ…ちょシエル」


 近付く唇、私は口で嫌がるけれど体はピクリとも動かない、まるで迫る唇を待ってるみたいで説得力がなかった。

 そして、鼻先がツンっと当たった所でシエルの動きは止まる。


「あの時、嫌がるあなたに無理矢理戦わせて…すみませんでした」

「…え?」

「別に、たかが新人の悪魔…死んでもどうだっていいなんて思ってたけど、ここまで仲良くなると罪悪感が芽生えちゃうじゃないですか…」


 ぽつりぽつりと呟く。

 それはまるで罪の告解のようで、私はひたすらにそれを聞いていた。


「試すような真似してごめんなさい、だからこれは謝罪…悪魔と天使がキスなんてあってはならないことだけど、友達同士なら…」


 神様も許してくれるハズ。


「んっ…」


 薄色の唇が私を塞ぐ。

 口元から味が染み出してきて、少しずつだけど身体に力が入って来てるのを感じた。


 友達同士の軽いキスなんて言うけど、果たしてこれは友達同士だなんて言えるのか?

 互いに指を絡めあって、優しくキスをする…。

 漏れる嬌声に耳を傾けながら、私の瞳はシエルだけを映す…。


 シエルは謝罪だなんて言ってるけど、もしあの時シエルがいなかったら私は何も知らないままでいた、何もせずに恐怖に呑まれて殺されていたのかもしれない…。だから。


「謝らなくても、いいよ…ありがとうシエル」


 白い頬に手を添えて、私は心を込めて「ありがとう」と言葉を送った。



 喉の渇きが襲った。

 朧げだった意識は渇きの叫びによって覚醒し、長い眠りから引き上げられるように目を覚ます…。


 ひゅうっ…と言葉にもならない悲鳴をあげて、私は瞼を勢いよく開けた。


「……は、ぁ」


 視界に映るは白い天井。

 私の部屋ではない異質な天井に疑問を持つが、それよりも先に全身に異常を感じて飛び起きる。


 喉が乾く。

 上半身を起こして喉元に触れる、それは異常なまでの渇き、今すぐにでも身体が求め欲するように急かしてくる。

 潤いを求め、眠っていたベッドから這うように脱するとブチブチと何かが切れる音がした…。


 視界の隅にチューブのようなものがある、けれど気にすることもなく棚に置いてあった水に手を伸ばした。


「は、ぁっ!あぁっ!!」


 はやく、はやく、はやく!!

 急かす急かす急かす、早くしろ一秒でも早く、今すぐ、さっさと開けろ!!

 力の入らない腕で何度も何度も開けようと繰り返して…かちゃりとロックが外れると、大きく口を開けた。


 びちゃびちゃびちゃ…。


 顔から浴びるように水を飲む、水は口に入ると喉へとなめらかに滑っていくと「ごくり」と音を立てた。

 これで渇きから抜け出せる…そう思ったのも束の間。


「おっ、えぇ…おぇぇぇっ」


 これじゃないと身体が拒絶するように、吐き気が襲った。


 ぴちゃぴちゃと飲んでいた水が吐き出される…。

 

「な、なにこれ…」


 荒い息のまま、朧げだった思考がようやく鮮明になってくる…。

 私は黒瀬チカ、高校生で…家に帰る最中変な人に襲われてそれから。


「それから、それから?」


 ぐわんぐわんと頭が痛む。

 首筋から異常なまでの痛みが襲い、ひたすらに痛みにもがく…。

 

 そして、もがきながら私は私を見つめる。

 それは床にこぼれた水、鏡のように反射して私を写していた。


「だれよ、あんた…」


 顔つきが日本人より西洋の人に近い。

 黒い瞳は血のように赤黒く不気味で…。

 特徴的だった八重歯は肉食動物のように長くなっている…。

 美容院に行って勇気を出して染めた髪は、より自然な金色になっていた…。


 私とはかけ離れた容姿が信じられなくて、確認するように頬に触れる…。


「私だ…」


 目が覚めると、異常な渇きに苛まれた。

 姿は私とはかけ離れたものになっていて、それはまるでおとぎ話に出てくる吸血鬼のようだった…。

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