17話 決意


「いくら友達が心配でも…」

「反省文…」

「…してるのかね!?」

「こっちを見なさい!」


 大人の声が反響する。

 声がぐわんぐわんと私の頭を揺らすけど、私の意識は上の空。

 結局、チカに会うことは出来なかった。

 病院から呼ばれた先生に確保されて、反省室と称された小さな部屋で、説教と同時に反省文を書かされていた。


「………………チカ」


 心臓がうるさい。

 警鐘がなりやまない。

 早くチカに会いたい、話がしたい…今はそれだけでいっぱいだ。


 全身火傷って言っていた。

 どうしてそんなことになったのか、なんで火傷することになったのか全く分からない。

 けど、その分からないを教えるべく…見覚えのある輪っかが壁からすり抜けて来た。


「どうもユウ、天使です」

「ルシエル…」

「随分と疲れてますね」

「…うん」


 全身をすり抜け終えると、真っ白な天使が現れる。

 ルシエル…どうして彼女がここにいるのかなんてただ一つしかない。


「貴女の眷属が襲われたみたいですね」


 淡々と告げて、渦巻き状に回る不思議な瞳で私を見る。


「彼女が気になりますか?」

「うん、お願い…教えて」

「彼女、黒瀬チカは全身火傷を負っていました、その時近くにいた人間曰く「突然燃えた」と語っています。勿論人間が突然燃えるなんて有り得ないので警察は信じていませんが…」

「燃えたって…そんなことあり得るの?」


 そんな事聞いたことない。

 けどルシエルは静かに首を横に振ると、小さく溜息を吐く。


「私達が何を追っているか、覚えてます?」

「…きゅ、吸血鬼」

「そうです、彼等は獲物の血を吸った時…稀にですが獲物が息を吹き返すことがあるんです」


 それを転化といいます。

 吸血鬼の唾液は生物そのものの細胞を変化させる性質を持っています、そのスピードは異常で人間ならすぐに同族に変えることが出来るんですよ。


「いや…そんな」

「だから仲間を増やされるのを危惧して私達は吸血鬼を追っている…最初から言ってましたよね?」


 じゃあ、つまりチカは吸血鬼に襲われて。

 嫌な予感がする、胸が張り裂けそうなくらい痛みが襲い、滲む汗を拭うことなく…私はルシエルを見た。


「…それじゃ、チカは」

「吸血鬼に転化しましたね、太陽の呪いによって全身を焼かれたのが確かな証拠です」

「……う、嘘でしょ?」


 天使の冗談みたいな、そんな軽いノリの間違いじゃない?

 いや、だってチカが襲われるなんてそんなの。


「身内だけは絶対襲われないなんて、それ何の保証ですか?」

「そんなのありませんよ、それに貴女はなんで探すことなくこんな部屋にいるんですか?」

「え…あ」


 指摘されて、思わずどもる。

 その通りだったからだ、もし私がすぐにでもと探しに行けば、もしかしたらこんなことには。


「私の…せい?」

「いえ、吸血鬼のせいです。ですが、貴女が行動しないから貴女の眷属は襲われたんです。しかし不思議ですね、眷属なら普通襲われないハズなのですが…それだけ空腹状態にあるということか……」


 ぶつぶつと何か考えるルシエル。

 彼女に否定されたおかげか、私に巣食っていた後悔が少し晴れた気がする…。

 そうだ、今はこんなところで反省文なんて書いてる暇はない…。


「あの、ルシエル」

「はいなんでしょう?」


 吸血鬼を倒す。

 大切な人を襲われて、ただ悲しむだけなんて…そんなの絶対にイヤだ。


「今から探しに行こう…!」


 固く決まった決意を胸に、私は立ち上がるとルシエルは少し微笑んだ。


「ええ」



 吸血鬼は普段夜に動く。

 彼等は太陽に焼かれるの呪いを掛けられており、昼間の場合は薄暗い洞窟…地下、廃墟などに身を潜んでいるらしい。


「吸血鬼が太陽に焼かれるなんて有名な話だけど、呪いだったんだ」

「そうですよ、彼等の強靭な肉体と再生能力…繁殖力を脅威と感じ、呪いを掛けられたんです」


 どうやら、吸血鬼も私達サキュバス同じく酷な呪いを掛けられているらしい…。

 そんな会話をしながら、私達はもう一度学校を抜け出して吸血鬼が潜む場所を点々と回っていた。


「すごいジメジメする…」


 今はルシエルが怪しいと睨む、街から外れた鬱蒼とした森の中から見つかった薄暗い洞窟にて私達は進んでいた。


「湿気がすごいですね、足元気を付けてください…滑りやすいですからっつ!!?」


 すてーーんっ!どっしん!!


「「………………」」

「あの、今のは誰にも言わないでください…」


 尻餅を付いたまま、ギギギと音を鳴らして私を睨むルシエル。

 私は笑うのをなんとか堪えながら、首を縦に振った。


「ねぇ、敵は吸血鬼だけなの?」

「いえ…相手もユウと同じく眷属を持っている可能性があります」

「…眷属」

「ええ、と言っても人間ではなく犬やカラスと言った動物ですけどね」


 なんだか弱そう。

 思いのほか可愛い系の動物達の名前が上がって拍子抜けをするが、ルシエルは更に続ける。


「言いましたよね?吸血鬼の唾液は細胞を変化させる…人間や動物は無垢ですから、肉体が変質してしまうんですよ」

「つまり…化け物が出てくるってこと?」

「そうです、なので戦う覚悟はしておいてください」


 た、戦う覚悟!?

 いやいやいや、私戦闘できるタイプの人間じゃないんだけど!?


「え、私…戦うとか無理なんだけど」

「じゃあさっきの覚悟はなんなんですか…」

「あ、あはは…」

「魔法の扱い方が分かるなら、段々と分かりますよ…攻撃魔法はばーんとやってずーんで良いんです」

「すごい適当…」

「え、適当じゃなくて真剣に説明したんですが……」


 え、今の説明真剣だったの!?

 

 洞窟探索は進むが、これといったものは無く私達二人の足はピタリと止まった。

 行き止まり、この洞窟は長い一本道だったのですぐにたどり着いてしまった。


「行き止まりだね…」

「…そうですね」


 ううん…と当てが外れてやや不機嫌なルシエル。結局、眷属のような敵は出てくる事はなく…私達は洞窟を脱出した。


「何もなかったね…」

「ええ…いると思ったんですが」

「ねぇ、他にどこか怪しいところはあるの?」


 そう言ってルシエルが見ていた地図を覗き込む。

 そこにはいくつもペンでマークされた怪しい所で埋められた地図だった…ざっと数えるだけでも100はあるかもしれない。


「ねぇ、もしかしてこれ全部…」

「はい、当たるまで回りますよ」

「嘘でしょ!?」

「嘘じゃないです」


 私達の吸血鬼退治はまだまだ始まったばかりのようです。

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