16話 罰


 気が付けば、私は走っていた。


 ホームルームにて、先生は重い空気を背負ってやって来くるとチカが病院へ搬送された事を淡々と告げた。


 瞬間、嫌な予感が全身に走った。

 私はいてもたっても居られなくて、学校を抜け出して病院へと向かっていた。


「は、はぁっ…!チカッ!!」


 身体が今にも爆発しそうなくらいキツい。

 脚の筋肉が、肺が、これでもかというくらいの激痛に苛まれながらも、それでもと地を蹴って走る。

 そして、ようやく病院にたどり着いた私は、息を切らしながら、呼吸を整える暇も与えずに私は受付に勢いよく飛び付いた。


「チカは…!!?」

「え、は?」


 困惑の声が飛び交う、突然脈絡もなく女子高生が血相を変えてやって来たのだからこうなるのは無理もない。

 けれど、冷静になれないくらい私は焦っていた。


「その制服…黒瀬さんの」

「どこですか!!」


 待ってる暇はない、今すぐ会いたい。

 チカがどうなってるのか今すぐ知りたい!

 一気に身を乗り出して、顔を一気に近付ける。

 受付の人は気圧されて一方後ずさると、なだめるような優しい声で言った。


「と、とりあえず一旦落ち着いて?ね?」

「お願いします…チカに、会わせて」


 今にも消えそうなか細い声で何度も懇願する。けど、首を横に振って事態の深刻を告げるように、重々しい声で告げた。


「その、かなり酷い状態なの」


 そんな…。

 身体が一気に冷めていく。

 急に足場が無くなったみたいに…足元が崩れ去る…。


「その、チカはどうなってたんですか…」

「全身火傷を負ってたの、たまたま通行人が見つけてここに搬送されたのよ」


 なにが、あったの?

 火傷?なんで…?意味がわからない。

 でも、これだけは理解出来る。


「あの時、私が呼び止めていれば…チカは」


 これは、私のせいだ。

 私があの時行かせてなければ…こんな事にならなかったのに…。

 

 後悔が津波になって私を襲う。

 張り詰めていた力がぷつんと切れて、私はその場に崩れ去るように倒れた。

 その後は、病院が連絡したのか先生が駆け付けて来て…私は学校へと戻された。

 抜け出した事で、先生からこっぴどく怒られた気がするけど…今はそれどころじゃなかった。

 


 これは天罰だ。

 焼けるような痛みの中、私は思う。


 私には好きな人がいる、中学生の頃から追いかけている、初恋の人。


 でも、その人の隣には彼女がいた。だから私の初恋もすぐに敗れた。でも、だからといって一度好きになった気持ちは忘れられない。消えるとはない。


 それはいつしか愛情から憎しみへと変わっていった、ぐじゅぐじゅとした嫌な感触に身を包まれているようだった。

 けど、それに身を任せていくうちに私は彼女を虐めていた。

 

 まず噂をばら撒いた、周囲にこの人はこんな事をしていると吹聴して、沢山の嫌がらせをした。

  

 罪悪感よりも、自分が負った痛みを好きな人に与えたかった。

 私はこんなに痛かったんだよ、辛かったんだよ!気付いてよ!そう叫ぶように私は彼女をいじめる、いじめる…いじめる。


 なのに、そんな最低な私に転機が訪れた。


 好きな人の秘密を知った、エッチな事をしなきゃ生きていけない身体になって、空腹を抑えながら私を求めてきた。

 嬉しかった、飛び跳ねてしまうくらい嬉しかった!


 こんな幸せな事ってあるのかな?

 疑念が私を襲うけれど、求める彼女の思うがままに私はキスをする。


 柔らかい、甘い、嬉しい、気持ちいい。

 

 求めていたものが、ようやく私の元にやって来た。長年巣食っていた感情が消えていくのが分かる…それから、キスをしてエッチな事をして…私の心は満たされていく。

 でも、余計なものが混じっていたのはイヤだったけど…。

 

 だから、こんな幸運な事が起きるってことはそれと同時に悪いことも起きるんじゃないかって私は不安に駆られていた。


 好きな人に送られて、私は浮き立つ心を体現するようにスキップをして家に帰る。

 今日も私を求めてくれるかな?って私の頭の中はそれでいっぱい。

 いつしか訪れるハッピーエンドを胸に、私は近道に薄暗い道を通った。


「血」


 浮き立つ足が止まる。

 瞬間ぞっとした空気が身を包んだ、嫌な気配がぞわぞわとにじり寄ってくる…。


 薄暗い道の向こうに、なにか黒いシルエットが佇んでいた。


「血」

「な、なに?」


 黒いローブで頭まで隠しているから気味が悪い。それに、くぐもった男の声は更に恐怖を増長させる。


「血」

「血」

「血」

「血」

「血」


 機械みたいに何度も何度も「血」と言う謎の男、そしてもぞもぞと身体を動かすと…包んでいたローブから何かが飛び出した。


 ぺちゃっ…。


 小気味良い音と同時に、赤い液体が舞う。

 私は、それの正体を見た途端に…恐怖が溢れた。


「ヒッ…!」


 それがどこの部位かは分からない。

 ビッシリと長い毛が生えているが、その毛には見覚えがあった。

 髪の毛…。

 多分、頭の一部分じゃないかと思う…でも、なんで。


「血」


 男の声が迫る。

 咄嗟に男に背を向けて、全力で逃げ出そうとするけど、逃げ出すのが遅れた…。


「あ、いや…」


 首筋から痛みが走る。

 ぷつりと針に刺されたみたいな痛みと同時に、何かを吸われていく感触。


「……たすけて、だれか」


 薄れゆく意識の中、私は助けを求める。

 誰でもいいお願いだから助けて、そう何度も願うが、痛みがそれを許さない。


 焼けるような痛み、刺されるような痛み、凍るような痛み…ありとあらゆる苦痛が私を襲う。


 死ぬ。

 

 そう思った矢先。


「ア"?あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

 男はなぜか狂ったように声を荒げて、私を道路の方へと放り投げた。

 薄暗い路地裏とは違い、陽の光が私を出迎える…。


 男は声にもならない叫び声を上げながら、闇へと消えた…。

 たすかった、張り詰めていた緊張が解けると同時に、近くにいた通行人が私の元に駆けつける。


「君、大丈夫かい!?」

「あ…不審者に襲われて…」

「うわ、酷い怪我だ…今すぐ救急車と警察を………え」

「……え?」


 声が重なる。

 だって燃えてるから。


「……なにこれ」


 足が燃えてる。

 身体が…燃えてる。


「あ、熱い…熱いっ!!」

 

 思い出したように痛みが全身に走る、炎が全てを焼こうと私を襲う。


「うわ、なんだこれ…きゅ、救急車!!」

「いや、消えない…なんで?あ、あつい!!あついっ!!!」


 これは、天罰だ。

 あれだけ酷い事をしたのに、幸せを望もうとした私の罰。


 だから、焼かれるのと当然なのかもしれない。

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