15話 チカ


「ねぇ、ユウちゃん」

「は、はぁっい!」


 ゴゴゴゴゴゴと重々しく空気が揺れる。

 緊張と焦りのあまり、声が裏返って返事するけど、重々しい空気が抜ける気配はない。

 昨日、私はお姉さんにされるがまま魔法の練習と称して淫紋の魔法を習得したのだけど…。

 その練習台としてハナと黒瀬に刻んでしまい…今まで放っておいたのだけど。


「うわっ、なにこの紋章!?」


 黒瀬の素っ頓狂な声が部屋に響く。

 驚いた目線の先にはハナの下腹部、どことは言わないけどそこにハート型の紋章が妖しく光っている。


「そういうあなたにもほら」

「へ、うわっほんとだ!」


 ハナに指摘されてようやく気付く黒瀬、ハナ同じく下腹部に少し形が違うが紋章が妖しく光る。

 二人は同じくして私を睨むと、状況を教えろと言わんばかりの目線が私を刺した。


「え、えと…」


 どうやら覚えてないみたい。

 言われるがままに淫紋を刻んで、意識すら朦朧となってしまうほど濃密なあの時の事を…。

 もしかして、その時の事を説明しなきゃいけないのかな…いや、それは口で言うには流石に!


「ねぇユウちゃん?説明」

「は、はいっ!」


 なんて説明したら…と、とりあえず。


「その、ゲーミングタトゥー…的な?」

「「……………」」


 沈黙。

 ふざけるんじゃなかったと後悔の念が一気に押し寄せて来て、とめどないほど嫌な汗があふれ出る。


「で?」

「…その、お姉さんに言われるがままい、淫紋を刻んだの…」

「正確にはユウちゃんが自分から刻みに行ったんだけどねー!」


 ちょっとお姉さん!?


「へぇ?」

「ふぅん?」

 

 じろじろじろりー。

 二人の目線が私を突き刺す、ぐさぐさくさっと至る所に刺しまくり。

 そして私は二人には敵わないと知って両手を大きく挙げて降参のポーズ。


「はい、すみません…本当はお姉さんの誘惑に負けて二人に淫紋を刻みました…」

「やっと白状した、まぁ私達は別に怒ってないんだけど…その、身体に消えない印を付けられるのは少し」


 頬を赤らめて、ハナは淫紋をさする。

 その横で楽しそうに一部始終を見ていたお姉さんがケラケラと笑いながら割り込んでくる。


「ちなみにねー?それ、他の人には見えないようになってるの、あと刻まれてる人はその人の眷属って事になるからね」

「へ、はあ?」


 なにそれ聞かされてないんだけど!?


「だって言ってないし」

「言ってよ!!」

「眷属になったらどうなるんですか?」

「あまり変わらないけど…まぁマーキングみたいなものだから他の悪魔からちょっかいは掛けられなくなるね」

「「へぇ〜」」


 マーキングって…犬じゃないんだから。

 でも、なんていうかこういのを聞いていると本当に自分がサキュバスなんだと実感する。

 淫紋とか魔法とか地獄とか…吸血鬼とか。

 目まぐるしく変わる私の人生、一体どうなってしまうのかは分からないけれど、とりあえず。


「その、二人とも…本当にごめん」


 ぐぅぅぅっとか細いながらも飢えが鳴き声をあげる。

 私は恥ずかしげに頬を染めて…。


「お腹…すきました」



 ん、はぁっ…。

 くぐもった妖しい声が部屋に響く。

 その声の主が誰のものかなんて判別できないくらい、混じり合った嬌声はぴちゃぴちゃと水音と共に闇に消えていく。


 人の温もり、溢れ出る愛液、抑制できない感情、妖しく光る印。


 二人の精気が私の胃の中に入り込む。

 身体の奥底から溢れる美味にゾクゾクって歓喜のあまり震える。

 けど、もう少しだけ…もう少しだけ足りない。


「ねぇ、二人ともっ…あっ、使ってもいいかな?」


 空いた右手を見せて、ハナの下腹部に触れる。

 そして、お姉さんに教えてもらった方法を思い出して…私の魔力を流し込んだ。


「えっ、あぁ?え?」


 とろんって瞳がとろける、だらんってだらしなく身体が崩れて、輪郭が曖昧になる。

 ああ…可愛い、すごく…かわいい。

 とろけた愛しいハナを抱きしめて、そのぷくりと膨れた桜色の唇に私の唇を重ねる…。


 弾ける音、それだけでチカチカと瞳に火花が散る。

 ハナの無防備な口の中に舌をねじ込んで、互いの舌を絡めて合わせる…。

 呼吸が出来なくなるくらい、長い時間絡めると思い出したように浮上する。


「「ぷぁっ…」」


 蕩けた視線を交わしながら、息をする。

 口元には橋が架かっていて、きらりと唾液が光ってる。


「えへ…ハナかわいい」

「んぁ?ゆうちゃ…」


 ハナは私が魔力を流したせいで、どこか曖昧になっている。

 それはまるでお酒のようで、ハナは全身が煮えたぎるように火照っていて、そして蕩けている。

 

 だいたい、魔法の扱い方が分かってきた気がする…。


 その後も、朧げな意識のまま二人と愛を深め合う。

 何度も何度もキスをしあって、何度も身体を重ね合わせる…。その時に魔法を使ったりしてなんだかいつもよりふんわりとした気分だった…。


 けど、そんな夢のような時間も終わりを迎えて…。


「…ん、んぅ」


 腰が…痛い。

 というか、昨日からずっとエッチな事ばかりしてる気がする。というよりしてる。

 気怠い身体をなんとか起こして、私は窓に差し込む朝日を見つめる。


「ん〜〜………」


 朧げなまま、何か忘れてると頭を回転させる。


「あっ、学校」


 裸のままベッドから立ち上がって、急いで制服に着替え始める。

 その時、制服を掴もうとしたら指先同士がツンッとぶつかり合った。


「あ、起きてたんだ黒瀬」

「おはよユウ」


 お互い裸同士、恥ずかしさよりも先に黒瀬がクスッと微笑んだ。


「なんだか夢みたい」

「へ?」

「だって、いじめてた私がユウとこんな事出来るなんて思っても見なかったからさ…」


 まぁ邪魔者もいるけど…と呟いて恨めしげにハナを睨む。


「ねぇ、キスしていい?」


 視界に黒瀬がうつる。

 揺れる瞳とキスを待つように尖った唇に、思わずごくりと生唾を飲み込む。

 そして、数秒の沈黙のあとにこくりと黙って頷いた。


「よっしゃ♪」


 喜ぶ黒瀬、おもわず「かわいい!」って叫び出したくなるのを抑えて…口元に柔らかな感触が私の口を封じた。


 ん、はっ…んむぅ、はむっ…。


 下唇を優しく噛むようにキスをする。

 そして、息を切らして離れる。


「ねぇ…黒瀬」

「ん?」

「チカって…呼んでいい?」


 チカは黒瀬の下の名前、今までは下の名前なんて言ったことなかったけど…こうやって深め合った今なら…。


「下の名前で言いたい…」

「えへ、うれしい…ありがとユウ」


 互いに微笑みあって、もう一度軽いキスをしあうと、思い出したように制服を着た。

 そして、チカは別れを惜しむような表情でひらひらと手を振る。


「じゃあ、私一度家に帰らないと…また学校で」

「うん、学校で」


 私もひらひらと手を振って返す。

 その後、チカは病気に搬送される事も知らずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る