13話 依頼
すごく居心地が悪い。
そわそわと心がきょどり、きょろきょろと目が泳ぐ。
小さな音一つで大きく跳ねそうになる心をなんとか落ち着かせながら、私はやけに高級感のある小さな部屋でお姉さんと待機していた。
「……あの、まだですかね?」
「うーん…あの人いつも遅いから、もう少し掛かるかもねぇ」
お姉さんは慣れてるご様子で、スマホをタプタプ…。
地獄でもスマホ使えるんだ…なんて、どうでもいいツッコミを心の中でしながら、私は今までの事を思い出す。
まず、魔法とサキュバスについて少しだけ教えてもらった私は突然お姉さんの思いつきから地獄にやって来た…。
会わせたい人がいるからと言われて、いかがわしいお店に来たのだけれど……!!
「すごく…きまずい!!」
「あははユウちゃんってばすごい緊張してる〜!」
だれのせいだと!!
「まぁ、いずれここに来なきゃいけなかったしね。ユウちゃんもまだ見習いとはいえサキュバスなんだからこの世界についても知ってもらわないと」
「な、なるほど…?で、でも私はサキュバスになんて…!」
ガチャリ…。
否定しかけたところでドアノブが音を立てて傾いた。
その音を聞いて私の身体はおもわず強張る、一体どんな人が来るんだろう?その恐ろしさのあまり膝はガクガクと震える。
そして、キィと甲高い音を発しながらドアが開くとその人は現れた。
「よぉ、久しぶりだなヨル」
一瞬、男かと思うくらい低い声が部屋に響く。
ヨル…は確かお姉さんの名前だ。そういえば久しぶりに聞いた気がする。
「マスターおひさー!ていうか私の名前久しぶりに聞いたよ〜」
マスター…お姉さんにそう呼ばれた人はギロリと肉食動物のような鋭い瞳で私を睨んだ。
「こいつがお前の言ってた期待の新人…ねぇ」
「名前は笹木ユウっていうんだよ、怖がらせないでね?マスター」
相変わらずのけらけら笑いでお姉さんは私の名前を言った。
「笹木ユウ……まだガキじゃねえか」
「でもすごい大物だよ?魔力量も私なんかよりケタ違いでさぁ〜」
「ほぅ?」
ピクリ…とマスターと呼ばれる人の耳が動いた。
さっきまで無表情だったその人は興味深そうに私を見つめる…それはまるで鑑定してるみたいで、品定めされてる気分だ。
「確かに、すごい量だな…ウチとタメ張れるぞこれは…」
そう言って、口角をニヤリと歪める。
「おいガキ、顔上げろ」
「は、はいっ!!」
言われるがままに顔を上げる。
この時、初めてその人を見た。
マスターと呼ばれるサキュバスは妖艶なお姉さんと違って大柄だ。
健康的な褐色肌と流れるように綺麗な銀の髪に、ギザギザとしたサメのような歯とギラギラと強烈に輝く銀色の瞳は肉食動物を彷彿とさせる。
サキュバスのような妖艶さはそこにはなくて、野性的だけどそこに美しさを秘めている、そんな人だった。
そんなマスターに私は圧倒される。
思わず後退りしてしまうほどの圧に、だらりと嫌な汗が溢れ出た。
一体、何を言われるんだろう?それだけが心の中を支配して、次第に恐怖が溢れて…。
「災難だったな」
「へっ?」
素っ頓狂な声が室内に反響する。
いや、だってそうでしょ?
マスターはポンっと優しく肩を叩くと、その顔からは想像出来ない優しげに満ちた表情で微笑んだ。
「おお"い"ヨルゥ!お前、無理矢理同族を増やそうとしてンだろ!?」
「ありゃりゃ?ばれちゃいましたー?でもユウちゃん才能すごいですよー?これなら精気大量ですよー」
「そういう問題はどうでもいいんだよ、こいつみてぇな被害者が何人いると思ってんだ!」
まるで、私の他にもいるような言い方だ。
お姉さんは「えへへ〜」と悪びれずに気持ちのわるい笑みをこぼすと、キレたマスターに蹴りを喰らった。いたそう。
「あ、あの…」
「ぁ?なんだよ」
「お姉さんから話があるって言われてたんですけど…」
正しくは会わせたい人がいるから来たんだけどね。
「ん?あぁ、話って言ってもあれだ…ってちょっと待ってくれ」
どこからともなくキセルを取り出すと、口に含んで数秒後…ぷわっと輪が広がる。
煙たい臭いが私の鼻を突いて、すこし顔を歪めかけたが我慢して、マスターが話すのを待つ。
「話はサキュバスとしての生き方だ、お前は呪いによって身体がサキュバスに近い身体になっているが、まぁ現状サキュバスと言われてもおかしくない」
「はい…」
「ほんと、ヨルの馬鹿が世話掛けたな…」
すごく、いい人なのかも。
それもすごく良識のある常識人だ!
「そんでだ、自分からサキュバスになった奴はここで働かせてやろうと思ったんだが、お前はそうじゃないだろ?だから、仕事をいくつかこなしてもらいたい」
「……へ?」
し、仕事ですか?
いや、何を言ってるだろ…私まだ16歳でそれも未成年。それにバイトもしたことないしそんなこと。
断ろう。そう決意するもマスターはキセルを離して言う。
「これは魔力量が高いお前だからこそ出来る仕事だ」
ぴくり。
「お、食いついたな?まず簡単な説明なんだが、ウチらサキュバスは自身に掛けられた呪いを解く為に汗水垂らして働いてんだが…要するに借金返済って感じだな」
急に現実味を帯びてきた…。
呪いって確か、繁殖が出来ない呪い…どれだけエッチなことをしても子供が出来ない、そういう呪いだったはず。
「え、その呪いって解くことが出来るんですか?」
「出来る、がそれを可能にするのは天使だけだ」
「て、天使?」
天使、それは悪魔と対をなす存在。
輪っかと鳥みたいな羽を持ってる印象しかないけど……。
「そんで、ウチらはその天使から呪い解除を報酬に依頼を請け負ってんだ、まぁ謂わば天使代行みたいな?そんな感じかな…」
困ったもんだよ、マスターはそう吐き捨てて項垂れる…と、次の瞬間ピクリと顔を上げた。
「噂をすれば…だ」
面倒くさげに顔を歪めて、扉の方を見やる。私も釣られて顔を向けると「おじゃまします」と律儀で凛とした声が扉の向こうから響いた。
そして、すぅっとその身体が透けるように現れる……。
「ゆ、ゆうれいっ!?」
「違う、幽霊じゃないさ…あれが天使。いわば借金取りみたいなもんさね」
「悪魔風情が、
「おいおい、報酬も何もないくせに依頼とは言ったもんじゃないか?」
「言いましたよね?全ての依頼をこなした時、神は貴女方悪魔を赦し、その呪いを解放しようと…」
「そうやって急いては神はあなたを見放しますよ?」
「チッ…」
天使は表情を一切変えることなく突っかかるマスターを突っぱねる。
女の子だ…それも見た目だけなら私とおんなじ、高校生かな?
想像していた天使とは全く違う。
もっと荘厳なイメージがあって、白鳥のような純白の白い羽は一切見当たらない。
ただ、頭の上には薄い白色の輪が浮いていた。それはどこかデジタルっぽくてポリゴン味がある。
そんな天使が私の方を見た。
「新たに同族を増やしたのですか?ほんと、ゴキブリみたいに増えますね貴女方は」
んなっ!?
「ゴキブリ扱いたぁ酷いこと言うじゃねぇか?」
「まぁ、事実ですので?」
「あ"ぁ?」
マスターの右腕が天使に伸びる。
青筋が浮かんだその腕は、人一人握り潰してしまいそうで身が縮みそうになる。
このまま大変なことになりそう、嫌な予感が立ち込めて止めに入ろうかと思った矢先、マスターの手が引いた。
「……はぁ、それで?依頼なんだろ?」
「話が早くて助かります、依頼は地獄から逃げ出した吸血鬼の捕獲、あるいは殺害です」
淡々と天使は告げる。
吸血鬼?殺害…?
聞き慣れないワードが私の頭の中でぐるぐると回る、マスターは「ほう」と小さく呟くと私の方を指差して言った。
「今回は、この新人に任せてくれないか?」
「……ほう?」
「はぁっ!?」
突然言い出したマスターに思わず素っ頓狂な声が響く。
そして、マスターは気にすることなく天使に言った。
「今は人手が足りなくてさ?それに、新人の魔力量なら吸血鬼相手でも平気だろうと思ってな?」
「…ふむ、まぁ確かにそれだけあれば吸血鬼なんて大丈夫でしょう」
いやいやいやいや!
待って待って待って!!?
私、蚊帳の外なのに会話が進んでく!!
そして、天使は深く頷くと私を見つめた。
「契約は完了です、では今回の依頼は貴女にお任せしますね」
「え、うそでしょ…?」
放心する私、そんな私を無視して天使は告げる。
「
漂白のように白い、短い髪が舞う。
ルシエルと名乗った天使は、私に対して興味を持たない飄々とした口振りでそう告げた…。
私は、状況についていけないまま何故か吸血鬼を退治するはめになりました。
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