6話 保健室で


「ユウ、私はお前のことが好きだ」

 黒瀬は瞳に涙を溜めながらそう言った。

 潤んだ瞳が私を見つめると、頬を赤くした黒瀬が制服を脱ぎ始める…。

「ちょっ、黒瀬!?」

「うるさいっ!」

 突然の事で困惑する私、でもそんな事なんか知るか!って感じで制服を脱いだ黒瀬は下着姿だけになる。

 露出された肌色に目のやり場が困る一方で、黒瀬は私に一気に近付くと、私の身体をベッドに傾けた。

 ぎしっ…!とベッドの軋む音だけが保健室に響いた。

「……………」

「……………」

 お互い、見つめ合う。

 いつになっても慣れない熱い視線に、お互い釘付になる、そして早くキスをしろって空腹が場を急かした。

 ぐううっ!って虫の音。

 ムードも何もないその音に、黒瀬はクスッと小さく微笑むと、舌舐めずりをして言った。

「本当に腹減ってるんだな」

 今まで私に向けたことのない、嬉しそうな顔でそう言うと。

 柔らかな唇が私の口を塞ごうとした。


「ま、まって…」


「あ?なんだよ…」

 口づけに邪魔を差すように、唇と唇の間に私の手が邪魔をした。

 黒瀬の瞳に苛つきが映る。その黒瀬の姿に怖いって思ったけれど、それよりも先に知りたい事があった。

「なんで…私を苛めたの?」

「…………」

 なんで?

 目でそう訴えて、互いを見合う。

 数秒ばかりの静寂が場を収めると、黒瀬から先に口を開いた。

「中学の頃、お前が仲直りだとか言ってキスしてきた時のこと…覚えてる?」

「…え、あっ!」

 思い出すのは中学の頃。

 あの時はお姉さんの助言こそが正しいと思ってた時期で…。

 喧嘩になった子全員とキスしてたりした気が…。

 あわわわわわわわわわっ!!

「あ、あの時は本当にもうしわけ!!」

 全身全霊の全力謝罪!

 頭をおおきく振りかぶって頭を下げようとした私を、黒瀬はめんどくさそうに止める。

「まあ聞けよ」

「は、ハイ…」


「あのキスがキッカケで私はお前を目で追うようになったんだ…」

 思い出すように唇にそっと触れる黒瀬。

 頬は赤く染まり、瞳はキラキラと輝いて揺れている。

 そして、その瞳と目が合うと。

 桜色の唇が動いた。

「目で追うようになって…お前が好きだと知ったんだ」


「………でも」


 でも。

 黒瀬は胸に当てていた右手をぎゅっと握り締めた。それは、まるで怒りを思い出したように強く。

「お前が江野崎と付き合ってるのを見て、凄くむしゃくしゃした…イライラするし、すっごく痛かった」

「今でも思い出すたびに痛くなる…その度にイライラするんだよ。なんで江野崎なんだ!って!!」

 叫び出すようにそう言って、黒瀬は私の胸ぐらを掴むと、今でも泣き出しそうな表情で…喉から搾り出すような声で言った。

「私じゃダメなの?あの時のキスはなんだったの?」

「……………黒瀬」

 だから私はいじめられてたのか。

 いや、いじめられて当然なのかもしれない、だって黒瀬がこんな気持ちなのも、全部私のせいなのだから。

 

 言葉に出来ない痛い気持ち。

 ズキズキと切り裂かれた様に痛んで、ぐじゅぐじゅと腐った様に痛む心。

 その心を内に、私は正直に答えた。

「ごめんなさい…」

「……」

 謝罪の言葉しか言えない私が憎い。

 けど、そんな心境なんて知らないと言った感じで、腹の虫が大きく鳴った。


 ぐうううううっ!!


 鳴ったと同時に、飢えが襲う。

 おもわずお腹を抑える私だけど、もう耐えることすら出来なかった。

「…で、やるの?ユウ」

 確認するように黒瀬は言う。

 私は…。

「キ、キスだけでいいから…お願い」

「…わかった」



 キスなんて何回もしている。

 けれど、その温かさとねっとりとした圧迫感は何回やっても慣れないもので…。

 私は、熱に溶かされるように、ぼんやりとしたまま黒瀬とキスを貪っていた。

「ふっ…はぁ、んっ…んぅ…」

 誰のものか分からない、二人の声が混じり合った嬌声。

 火照った身体に更に温もりを与えるべく、私達はひたすらに舌と舌を絡め合う…。

「く、ろせぇっ…んぅ!ぁ、はあ!」

「ユウ…ゆう!ゆう!!」

 黒瀬のキスはハナとは違う攻撃性に溢れた感じのキスだった。

 口の中をひたすらに犯すように、ねぶるように…。

 たまに黒瀬の長く尖った八重歯が舌にあたって、ぷつりと痛みを感じる。ただ、それすらも快感なのか…私の口から声が漏れた。

「んんぅ!」

「キ、キスだけで感じるんだ…」

 にやりと意地悪に微笑んで、黒瀬は更にがっつく。

 

 唾液と唾液、舌と舌。全てを絡め合うものの…まだ足りない。

 飢えが…満たされない。満ちてくれない。

 キスだけじゃ足りないって、少しばかり満ちたお腹がもっとよこせと言ってくる。

(ああ、ダメだ…だめだめだめ…)

 もっとちょうだい。もっとほしい。

 頭の中が快楽と飢えで満たされていく、そして私は…。

「…もっと」

 キスだけじゃ足りない。

 ぼんやりと呆けた瞳が黒瀬を見つめる。

 だらりと垂れた涎は拭くこともなくひたすらに流れている。


 黒瀬は絡めていた舌を解くと、ゾクゾクって肩を大きく震わせた。

「い、いいの…?」

 もう一度…確かめるように問う。

 私は、頷こうと頭を縦に……。

(いいのかな…)

 ハナの顔が脳裏に浮かんだ。

 も、もし…頷いたらハナを裏切るってことだよね?そ、それは…。

「ご、ごめん…」

 火照っていた身体から熱が引いた。

「ごめん黒瀬…やっぱり出来ない」

「……江野崎?」

「うん」

「やっぱり江野崎を選ぶんだ、私なんかより江野崎とエッチしてるからそっちの方がいいもんね」

 はぁ…と大きく溜息を吐いて、黒瀬は立ち上がる。

 私は顔を見ることが出来ずにそのまま下を向く、けれど。

「でも、ユウはエッチなことしないと生きていけないんでしょ?」

「え、あ…うん」

「じゃあ…あんたがお腹空かした時、こうやってキスしてあげるから」

「え…?」

「でも、タダでキスなんかさせてあげない、その度にあんたを誘惑してオトしてあげるから!」

 宣戦布告。

 私に指をさして、黒瀬は声を高らかにそう言った。

 私は、落ち込んでいいのかどうすればいいのか分からなくなって…困惑気味に。

「うん…」

 と、首を縦に振った。

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