5話 いじめっこ


「じゃあハナ、また後でね」

「うん…またねユウちゃん」

 教室の前でハナは寂しそうな顔をしていた。どうしてハナがそんな表情なのかと言われるとクラスが違うから。

 私が1組でハナが2組、私としては別にどうでもいいのだけれど、ハナからすればとても辛いらしい。

 そういえばクラス決めの時にとても悲しそうだったなぁ…。


 その時の事を思い出して苦笑気味に微笑むと、扉に手を掛ける。扉越しからクラスメイトの声が溢れていて、なんとも楽しそうだ…。

 私は憂鬱な気分になりながら、扉を開けた。

「…………………」

 扉を開けた途端にうるさかった教室はしんと静寂に包まれた。

 皆んなの目線が一気に私に集まると、奇異な目で見られている事に気付く。私は特に気にする素振りを見せずに、そっぽを向いて机の方へと足を進める。

 だけど、それを遮るように一人の女子が現れた。

「よっ!レズ」

「黒瀬…」

 ニタニタと意地悪な笑顔で私の前に立つこの子は黒瀬千夏。

 小麦色の肌と染めた金髪、長く尖った八重歯が特徴のいわば不良で、私が今までしてきた事を知ってる人間でもある。

 だから私は彼女にレズと呼ばれているし、クラスメイトにバラされて孤独でもある。

 要するに、黒瀬はいじめっ子なのだ。

「江野崎と一緒に来てたみたいだけど…もしかしてヤッたの?」

「関係ないでしょ、てかどいてよ…」

「は?なに、もしかしてヤッたのかよ?」

「うるさいな…関係ないって言ってるじゃん」

「チッ、はいはい…私、レズに犯されたくないからどきますよ〜」

「…………はぁ」

 いつもこんな感じ。

 私に顔を合わせるといつも不機嫌で、意地悪になる。

 前はあんな感じじゃなかったのに。

 私がハナにやってる事とかバレた途端に変わってしまった。

 別に黒瀬個人に嫌われるのは良い、でもクラスメイト達に噂を流されて孤独になる事がすごく辛かった…。


 椅子に座って、視線に気にしないフリをすると暇つぶしの為にスマホを開く。

 こそこそと私の噂が聴こえてきて、遮るようにイヤホンを付けた。


 ああ、お腹が減った…。



 ぎゅるるぅぅ…と授業中にどこかからか、お腹の虫が唸りを上げた。

 結構大きな音だったから、その音は先生の耳にも入って、手を止めると苦笑を浮かべながら犯人を探すように私達を見た。

「おいおい誰だ〜?」

 とても楽し気で茶化すようにそう言って、きょろきょろと辺りを見渡す先生。

 私は心の中でふざけんな!って声を荒げながら、飢えた食欲に耐えていた。


 あれだけ一杯だったのにもうお腹が空いた…。

 今は授業中だからハナに頼るわけにもいかないし、何よりお腹が減ったという理由で先生に言うわけにもいかないし…。

(ああ、本当に…)

 ツラい。

 昨日と同じ、いやそれ以上の飢えが私を襲う。

 精一杯耐えているけれど、お腹が求めるように唸りを上げる。もう一度ぐぅぅ!と鳴った。

「おいおい、笹木ってば朝食抜いてきたのか〜?ダイエットはよくないぞ〜!」

 うっさいなぁっ!!

 茶化す先生に確かな殺意を覚えて、拳を思いっきり握る。

 飢えが早く満たせと急かしてくる、けれどどうにも出来ない…。

 あまりの空腹に気分が悪くなる、私は苦しそうな表情のまま、ただひたすらに耐えようとした…その時だった。

「先生、笹木が気分悪そうなので保健室連れてっていいですか?」

「…え?」

 思いもしない、助け舟がやってきた事に私は困惑の声を上げた。

 それもそうだ、だって何しろその相手が…。

「ん?あ、ああ…確かに笹木のヤツ顔色悪いな…よし、いいぞ!黒瀬連れてってやってくれ」

「はい」

 黒瀬だったからだ。

「よし、行くぞ…」

「あ、うん…」



「先生いねぇな…とりあえず寝とけレズ」

「う、うん…」

 保健室に来た私達、けれどそこには先生が居なかったため、言われるがままにベッドに横になる。

 それでも空腹は収まらず、私は苦しそうな表情のまま黒瀬に聞いた。

「ど、どうして…?」

 助けてくれたの?って言おうとした矢先に、黒瀬は面白くもなさそうな表情でチッ!と舌打ちをした。

「あれだけ辛そうなんだからそうするしかないでしょ…」

「…あ、ありがと」

「………と、とりあえず!足しになんねぇけどこれ食っとけ!」

 ポッケから何か取り出して、それを私に向けて投げてくる。

 なんとかそれを受けった私は、それを見た。チョコバーだ、安いけどおいしいやつ。

 けど、チョコバーを貰っても私のお腹は満たされない…だから、申し訳ないと思って頭を下げる。

「ごめん、ありがたいけど貰えないよ」

「は?腹減ってるだろ?」

「まぁそうなんだけど…なんていうか」

 食べ物じゃお腹たまらないんです、精気じゃないとだめなんです。なんて言えるわけもなく言葉を濁す。

 けど、それが面白くないのか黒瀬からチッと舌が鳴る。

「ああそう、私の施しなんか受けたくないってことね」

「いやそうじゃなくて…」

「じゃあなんなんだよ?」

 言えるわけないじゃん!てか言ったところで信じてもらえないだろうし。

 いや、ハナは信じてくれたけれど…。

 だからって黒瀬が信じたところで助けてくれるわけでも……。


 ぎゅるぅぅぅっ!


 飢えが襲ってきた。

 空腹感がお腹を中心に襲ってきて私は思わず、うっと呻いた。

「おい大丈夫か…?」

 心配そうな目で、私を見つめる黒瀬。

 …………一か八か。

「あのさ…黒瀬」



「…はぁ、サキュバス?何言ってんの?」

「だ、だよねぇ…」

 空腹に耐えながら、訝し気に睨む黒瀬に苦笑を浮かべる私。

 やっぱり信じてもらえなかったかぁ…。

「…じゃあ何おまえ、その隣のお姉さんのせいであんな事やってたのかよ」

「え?いや、まぁ…そうといえばそうだけど」

「…あとさ、お前って江野崎と付き合ってんの?」

「いや、まだだけど…」

「はぁ!?あれだけしておいて付き合ってないのかよ!」

「だ、だってまだ告白してないし!」

 そう、私はまだハナに告白をしていない。   

 だから私はハナとは付き合ってない、そう黒瀬に言うと。

 いつも浮かべていた面白くなさそうな表情がふっと消えた。

「まだ信じたわけじゃないけど、一つだけルールがある」

「な、なに…」

「江野崎とは二度とセッ○スすんな」

「えぁ!??」

 な、何言ってんの黒瀬!?

「だから今日からは私とヤれ」

 黒瀬は真顔でそう言い切ると、ぷちっと制服のボタンを外す…段々とはだけていく黒瀬に生唾を呑むと。

 顔を赤く染めた黒瀬が恥ずかし気に、叫ぶように言った。


「ユウ、私はお前のことが好きだ」

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