【3月3日 よるのあとのあと】



 東京の都心からちょっと離れた千葉に新居構えた苺依は、川上ではない表札を手に入れるまでそこに住んだ。あのストレリチアは大きな花を咲かした。引っ越ししてすぐに土を入れ替え、プランターを大きくしてあげた。お水や肥料を与えてゆっくりと状況を観察できる時間と余裕があったおかげで丁寧に育ててあげることができた。夕焼けのようにきれいなオレンジと、ムラサキの装飾を施した立派な花で、まるで鳥のように見えた。


 その場所で、しっかり根をはって立派に花咲いたのだ。


 彼女のように。


 ——あ、見て、またママが日記を書いたままうたたねしているよ——


 ——ほんとだ。幸せそうな顔してるな——


 ——ほっぺやわらい——


 ——寝るのが一番好きって言ってるからな。あ、あっちにタオルケットがあったかな——


 ——私が持ってくる。かけてあげるの——


 ねぇ。自分の場所を見つけられたでしょう?


 あなたが、あなたに嘘をつかなくなったから。


 でも、わたしも救われた。


 あの時、あなたとわたしを救ったの。


 そこには、書きかけの日記があった。


 娘のことを想った、彼女の優しい文字が連なっていた。


『あなたが嘘をつかなくても生きていけますようにと』


『何回も、何千回も願っている』


『生まれる、思い出の全てに』


『すこしだけの幸運をと、あなたの未来に』


『呪い(まじない)をと』


『愛しているよ』

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夜のあとのあと 岸正真宙 @kishimasamahiro

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