【6月29日 雨の夜】



 どっと疲れが体に出てくる。家に帰ると苺依はすぐにベットに飛び込みたい気分になる。雨が降っていたせいで湿気がひどく、汗が身体にまとわりついて気持ちが悪かった。さっぱりしたくてシャワーを浴びようとしたら、LINEのメッセージ音が鳴った。それよりもシャワーを浴びたい苺依は「まあいいや」と思い、そのままにしておいた。


 塚本:「川上。業務時間外に悪いんだけどさ、来週の月曜の夜空いてない?」


 ロック画面に塚本からのLINEが映っていることに気付いたのはシャワーを出てから少し立ってからだった。メッセージの受信時間から随分空いてしまっていた。慌てて返信を打つ。


「空いてますよ。何かのお仕事ですか?」:苺依


 打ったものの、返信があるとは思えない。と見ていたら、すぐに既読が付く。


 塚本:「仕事じゃ無いんだけど、会食の予定だったんだけどさ、得意先にキャンセルされちゃったんだよ」


 なるほど、それは残念。


「あ、それは残念ですね・・・?」:苺依


 一瞬、思考をめぐらして恐る恐る訊いてみる。


「私と? ですか?」:苺依


 塚本:「あ……嫌だった? だったらごめん」


「い、いえ。空いてますんで、ごちそうになります」:苺依


 塚本:「やった! サンキュー」


 塚本:スタンプ(サンキュー)


 スタンプ(ありがとうございます):苺依


 パスッ。パスッ。とその後も軽快なやり取りが続く。


 塚本:「なかなか予約が取れないお店でさ、助かったよ」


「え! そんなお店なんですか?」:苺依


 塚本とお店の話を一通りした後、待ち合わせ場所を新宿に決めて、話も終わったような雰囲気になった。


 塚本:「今何してたの?」


 もう終わるだろうなと思っていたのに、塚本が話の接ぎ穂を紡いでくれた。


「シャワー浴びたあとなんで、髪乾かしていたところでした」:苺依


 塚本:「え? じゃあ。もういいよ。返信しなくても」


 スタンプ(笑い):苺依


「そんなに不器用じゃないですよ。メッセージぐらい打てます」:苺依


 塚本:スタンプ(びっくり)


 次の言葉がまだ来てほしい、まだ来て欲しいと思いながら返信をしていたせいで、スマートフォンの前から離れられないでいた。普段会社で話すことより、少し踏み込んだプライベートの会話が続く。とりとめもない話だった。今見ているテレビ、Youtubeの話や、最近聞く曲、よく使うSNSや、会社の傍の定食屋の話。その時間はあっという間に過ぎていき、ずっと笑って居られた。夜も更けてきたので、塚本が「よし、じゃあまた明日」と言ってこの場を終わらせた。


「はーい」:苺依


 塚本:「この話の続きは月曜にしような」


 その文字が持つ「会える」という現実性が大きな心音を苺依に与える。文字だけのやり取りなのに、塚本そのものを生々しく想像できた。期待以上の何かを感じてしまって、どぎまぎしながら短く「はい」と返した。


 そのあと、苺依はスマートフォンのバックライトが消えるまでその画面を見つめていた。塚本がまだそこに居るのではないかと思ってなかなか離れられない。この画面の向こう側で、塚本がどんな表情だったのだろうと思ってしまう。喜んでいたら嬉しいなと思う自分が居ることに気付く。私と行けて嬉しいのだろうかと心細くなり、月曜日が早く来てほしいと考え、やっぱりずっと来ないで欲しいと思う。そうこうしている間にスマートフォンの画面は消えて黒いロック画面になる。苺依は、そのまま画面を開けずに目を閉じた。


 ブルルと振動したかと思うと、通知画面に短く「おやすみ」と入る。


 思わず顔がほころぶ。


 苺依はまた画面のロックを開いて、返信をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る