Truth

彼女への問い

「もしかして師走十二月ですか? そのお手紙が送られたのは」


 唐突な質問に、手紙を見せようとしたリオは手を止めてぽかんと目の前の女性を見上げた。リオよりも幾分か歳上の女性。切り揃えられた前髪の下の丸眼鏡。その向こうの黒い目が細められる。


「だとしたら、そこに書かれている人物は私です。昨年もここに居ましたから」

「あ……」


 期待していた返事に、しかしリオたちはうまく反応できずにいた。ただぼんやりと女性を眺める三人の前で、女性はにっこりと微笑んでみせる。


「はじめまして。オメガと申します。あなたは?」




 少しだけ時を遡る。


 飽き飽きするほどの広大な荒野を渡りきった先に、突如緑の島が出現した。心もとなくなっていた水と食糧の当てができたことを喜び、早速その緑の中へと飛び込んでみたのだが、整った木々の様子から人の気配が感じられ、ひとまず辺りを探索することとなった。

 バスを降り、緑の小道を抜けた先に見つけたのが、山茶花の生垣が入り組んだこの場所だ。

 建物の前に広がる様子からして、そこはおそらく庭。しかし、石造りの建物も、冬なのに彩りが見られるその庭も、リオの自宅と比べてずっと大きかった。〝宮殿〟という言葉が浮かぶ。ずっと昔、人々を束ねた支配者が過ごしていたという建造物。

 これまで通ってきた街の建造物とは違い、朽ちた様子が感じられなかった。知らず、心臓が高鳴る。誰かがこの場所に居る可能性に思い至って。


「おにぃ」


 同じことを感じたのか、アリィがリオを呼び止める。その声が密やかなのは、緊張のためだろうか。それとも周囲を刺激しないためか。

 アリィの手には、父の手紙があった。バスを降りる前に読み返したのだ。そこには、父がある人物と出逢ったことが記されていた。ここまでの道程と手紙の日付から鑑みるに、その場所がここである可能性が高い。


 リオは、そっと生け垣の影から建物の様子を窺った。

 辺りは静かだった。冷たい風ばかりが庭を通り抜けていった。距離がある所為か、人の気配があるかどうかは判らない。しかし、綺麗に残された建物を見る限りでは、やはり管理者がいるとしか思えない。


「近付いてみるか?」


 エカの提案を採用することになった。

 赤い花の付いた迷路のような庭を抜け、建物の前に辿り着く。白い石積みの壁。凝った装飾のアーチの下に木の扉があるのを見つけ、三人で身を寄せ合いながら、その前に立ってみた。目配せし合った結果、アリィがその扉をノックする。

 反応はなかった。


「……聴こえていないのかな」


 中に誰かが居るのを前提にして呟くと、もう一度扉を叩いた。今度は大きめに。

 やはり音沙汰はなかった。


「どうしようか」

「……入るぞ」


 エカは扉の取っ手を掴むと、押し開けた。いとも簡単に開く。丸絨毯の敷かれた広いエントランスホール。対岸にはまたしても扉。広げた翼のように左右に広がる廊下。内装はやはり整っていて、劣化を感じさせない。誰か居るのだとしか思えなかった。


「誰かー、居るー?」


 珍しさにせわしなく視線を動かすアリィが声を張り上げたそのとき。


「はーい」


 返事があったので、三人は一様に固まった。


「……あら? あら、珍しい。人間なんて」


 そうして出逢ったのが、オメガと名乗る眼鏡の女性だった。

 本当に人がいたことに面食らいつつ、父の手紙を手に尋ね、話は冒頭に至る。




「ここの管理は当番制なんですよ」


 案内された一室でリオたちにお茶を振る舞いながら、オメガは言った。白い布が掛けられた丸いテーブル。小さな花が寄り集まった黄色の壁紙の室内。細く白い枠の窓から日の光が入り込んで眩さに満ちた部屋だった。


「ひと月ごとに管理する者が変わりまして。師走は私の番というわけです」


 一人一人にカップが配られる。少し力を入れただけでも割れてしまいそうな、薄いチューリップ型のカップ。中には珍しい黄緑色のお茶が入れられている。


「管理って……住んでいるわけじゃないの?」

「普段の生活基盤にしていない、という意味なら、そうですね。本来の拠点は他にあります」

「ここはどういう場所なの?」

「昔は王侯貴族が政をしていた場所でした。その後は観光名所。今は……うーん、保養所ですかねぇ」

「保養所?」

「普段お仕事をしている人たちが、仕事から離れてお休みに来るところです」

「仕事って?」

「質問攻めですねぇ」


 からからとオメガは目を細めて笑うと、身を乗り出していたアリィは顔を赤くして椅子の上で縮こまった。


「だって……気になることいっぱいあるし……」

「いいんですよぉ。知りたがりなのは良いことです」


 そう言って笑うオメガの顔に、しばしの間リオは魅入られた。自分たちとそう年齢の変わらないはずの女性。しかし、その笑みに不思議と母の面影が重なったのだ。顔の造形は似ているわけではないのだが。醸し出す雰囲気が似ているような気がした。


「私たちの仕事は」


 オメガは一度言葉を切ると、カップのハンドルを摘み上げた。瞳を閉じてその香りを堪能し、カップの縁に唇を付ける。

 音も立てずにカップが置かれてようやく彼女の黒い瞳が開かれた。


「この世界を以前のように人間の住む世界に戻すこと、です」

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