Drop
荒野と旅人
日が暮れたその瞬間に、宵闇は一気に押し寄せる。あまりに早い夜の訪れに、アリィが舌打ちしながらヘッドライトを灯した。
「野営の場所を探さないと」
走るのは、草もろくに生えていない荒野。小石ばかりが敷かれたそこに〝うってつけの場所〟を見出すことはできず、結局適当なところでバスは停車した。
硬い土塊を掘り、適当な燃料を使って火を灯す。手元もほとんどよく見えない薄暗闇の中で、三人は手際よく調理の準備をはじめた。といっても、湯を沸かし、乾いた食べ物を分け合うだけである。
かれこれ三日ほど、そんな夕食を続けている。
「そろそろ食糧が心許ないね」
乾物の入った袋を傍らに置いたリオは呟く。返ってきたのは、不貞腐れた沈黙だけだった。主にアリィから漂うものだ。
「アリィ、そんなに気を落とさなくても」
「別にそんなんじゃないけど」
地面の上に直に作業着の腰を下ろし、膝を抱えて焚き火を睨んでいたアリィは口を尖らせる。
「なんだ。飯に文句を言うなんて珍しいな」
眉を顰めたエカに、アリィは溜め息を吐いた。
「……ご飯じゃないよ」
では何か、とエカの緑の視線がアリィに向く。
「だって、あまりにも何もなさすぎるんだもん」
アリィは今度は頬を膨らませて、腕の中に顔を埋めた。炎を反射した赤い瞳は退屈そうに揺れている。
「別に道中何もないのは珍しくもないだろう」
アリィの不満を察したエカが、肉を噛みちぎりながら言うが。
「あのひと、真実とかなんとか勿体ぶってさ。でも、橋を渡ってからはなんにもなし。父さんの手掛かりすら見つからない」
「予想はしていただろう?」
リオは鍋に満たした水を火にかけながら苦笑する。
「父さんの手紙にも、荒野が続くと書いてあった」
「そうだけどさ」
はぁ、とアリィは空気の塊を吐き出した。橋を渡る前に出逢ったタウという男の言葉によっぽど期待していたのだろう。だが、蓋を開けてみれば荒野ばかり。文字通り何もなし。期待外れだ、と騒ぐアリィの気持ちも解らなくはない。
「うん。でもそろそろ、何か変化が欲しいね」
リオは、もう一度食糧の入った袋に目を向ける。三日前に緑を見失った旅程。いつまで続くともしれない荒野に動物の影はなく、実のなる植物も見当たらない。小川のようなものもなく、そろそろ補給の心配が先立つのは確かだった。
「あーあ!」
突如、アリィは背中から地面に倒れ込んだ。べったりと黒が広がった闇空を見つめるが、星の小さな瞬きに答えを導き出せず、目を伏せた。
「寝るなら中で寝ろ」
エカの淡白な台詞。アリィは身を起こし、短い黒髪に付いた砂埃を払い落とした。
「つまらない」
そう溢しながら腰を上げ、バスの後部座席へと入っていった。秋も深まり、空気は冷たい。一行はもうずっと野宿をやめて車の中で眠っていた。
アリィは、一足先に眠るようだ。
「……なんだあれは」
アリィの背中を見送っていたエカは、不可解そうだった。
「たぶん拍子抜けしたんだろうな」
タウの言葉に心揺れていたアリィは、彼の言う〝真実〟に対して緊張していたのだ。それが期待するものか、はたまた、自分を絶望させるものなのか、ドギマギしながら。
だが、長い道程に緊張も緩んでしまったらしい。そうしたアリィを襲ったのが〝拍子抜け〟の脱力感。しまいには、緊張していた自分に馬鹿馬鹿しさまで感じたのかもしれない。
その結果、出た感想が『つまらない』。
「あの男の言葉に振り回され過ぎだろう」
銀の髪を揺らして、呆れたエカは首を振る。リオは苦笑するに留めた。不安に思う妹の気持ちを慮ると、肯定も否定もできない。
「運転以外にすることもないからさ。色々と考えてしまうんだろう」
「……まあ確かに、ここのところ退屈だが」
膝の上で頬杖をついたエカは、深刻そうに頷いた。もともと動くことが好きであるらしいエカは、最近は後部座席で揺られるばかりだ。常に三人でいるものだからこれといった話題があるわけでもないし、そもそも彼女はお喋りなわけでもない。本を読む習慣もないので、活発なエカには退屈な日々となっていることだろう。
それは、リオもアリィも同じ。
それなのに、日が暮れるのは早いから距離を稼ぐこともできず、もどかしさばかりが募っていく。その状況にうんざりしているのだ。
「我が儘なやつだな」
目を細めるエカに対し、
「気持ちばかりはどうにもならないからね」
妹を擁護したリオは、ようやく煮立った湯をカップに移す。白湯をエカにも手渡して、包み込むようにカップを持った。炊事のための焚き火があるため仕方なく外に居るが、空気は冷たく、何か温まるものがないと堪えてしまう。
「……アリィと違って、お前は冷静だな」
「うん?」
「気にならないのか。自分の人間としての役割というやつが」
エカの指摘に自覚のなかったリオは、うーん、と首を傾げた。だが、確かにアリィのような不安を抱えていないのも事実。
その理由を探ってみる。
「それは、俺は自分で役割を決めているから、かな」
導き出した答えに、エカは興味深そうに瞳を輝かせた。彼女がそこまで興味を持つと思っていなかっただけに、誤魔化すように笑みを浮かべてしまう。
「なんだ、いったいそれは」
「家族を守るっていう役割」
アリィとエカが平穏に過ごせているのなら、それで充分なのだ、とリオは答えた。
「お前は、思ったよりも単純な奴なんだな」
呆れた様子のエカに、心外だ、とリオは目を丸くした。
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