妹の矛盾

 道端の砂利に広く浅く掘った穴に、その辺から拾ってきた木の枝を集め、焚き火をする。

 周囲には、同じく枝を削って作った串に刺さった淡水魚。

 なんのためにエカが湖に飛び込みたがったのかというと、この魚たちを捕まえるためだったのだそうだ。

 人形のような見た目の割に、彼女は野性的だった。粗末な槍を片手に狩りも積極的に行うし、興味の大半は食べることにあるようだった。ますます人形味に欠ける彼女の行動に、最初は呆気に取られたが、七日ほど経ってしまうと、そういうものだ、と兄妹揃って諦めてしまった。


「昔、この辺はどういうところだったんだろう」


 泥臭い魚の焼き具合を確かめながら、リオは誰にともなく話しかけた。と言っても、まともに聞いているのはアリィだけだろう。


「昔は、もう少し湖は小さかったと思うんだ。沈んでいた道路がなんとなく弧を描いていたから、その辺りが湖岸だったんだろう。でも、不思議なのは、その向かいに背の高い建物がいくつも並んでいたんだよ」


 エカが魚獲りに夢中になっている間、リオは湖の周辺を調べまわっていたらしい。本人がそう言って話を切り出したように、この辺がどのような場所だったのか気になったのだそうだ。それで、湖に潜り、沈んだ街並みを観察していた。そして、どうもリオたちの住んでいたところから見えた廃都市やエカの住んでいた街とは異なる様子に疑問を覚えて戻って来たらしい。


「近づいて中を覗いてみたら、住居のようではあったんだ。ベッドとか置いてあったし。集合住宅ってやつかなって。でも、住むには部屋数は少ないし、台所のような場所がなかったから、不便そうだった」

「それ、たぶん宿泊施設ってやつじゃない?」


 ひれが焦げ、身に脂が浮いてきた魚を焚き火から抜きながら、アリィは応えた。


「昔、湖のあるところってだいたい〝景勝地〟って言われていて、旅行に来る人が多かったみたいだよ」


 その人たちが一時的に滞在していた場所だろう、と頭の中をさらいながら言う。

 へえ、とリオは感心した声を上げた。


「よく知ってるな」

「母さんの本にあったの」


 少しばかり得意になって、アリィは語る。各地域を巡り見聞した人物の書き残した本をいくつか読んだこと。その中で〝宿〟について書かれていたこと。

 頭の中で覚えているものを引っ張り出して披露してみせる。


「何しに来たんだ、そいつらは」


 アリィから魚を受け取ったエカは、かじり付く前に首を傾げた。


「観光。景色を見に来てたんだって」

「それだけ?」


 解せない、とエカは眉をひそめた。ただ景色を見てどうするのだ、と言いたげだった。


「エカの住んでいた街も、その観光にふさわしい街だったと思うよ」

「……だから、カイは気に入っていたのか」


 納得したが理解はできない、といった顔で、エカは呟いた。それから黙々と魚を齧る。

 気づいているのか、それとも無意識か。彼女はやはり父親のことが忘れられないようで、度々その名を口にしていた。寂しがりやなのだろうか。だから彼女は、いつもリオかアリィのどちらかの傍に居ることが多い気がする。それがまた、アリィの胸のもやつきの原因でもあるのだが。


「ああ、それで、もう少しこの場所に留まろうかと思うんだ」


 唐突なリオの話に、アリィは魚に伸ばした手を止めて顔を上げた。


「どうして?」

「ここは結構魚がいるから、捕まえられるだけ捕まえて、干物でも作って蓄えようと思って」


 アリィは、バスの方を視線だけで振り返った。三人であれば悠々自適に旅のできるマイクロバス。だが、積載量には限りがある。

 これまでは、道中狩りを行うことで食糧を確保してきた。だが、いつでもどこでもそれができるわけではない。


「ああ、うん。……そうだね」


 つまり、兄とエカがまた二人で湖に潜るのか。アリィは密かに溜め息を吐いた。


「アリィも魚を捕る?」


 窺うような兄の言葉に、アリィは明るさを装って首を振った。


「私はせっかくだから車をちょっと弄って……そんで、おにぃたちが捕ってきた魚でもさばいてるよ」


 気になるのならば、一緒に行けばいいのに。そう自分でも思いながら、咄嗟に出てきたのは遠慮の言葉だった。

 何故こうも自分の気持ちと矛盾した行動に出るのか、と自分でも不可解に思い、アリィは密かに溜め息を吐いた。

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