Girl's mind is complicated.
妹の嫉妬
「なんだかなぁ……」
扉を開け放した運転席から足を投げ出したアリィは、ステアリングに
アスファルトが途切れた先には、広大な水溜まりが広がっていた。湖と呼べるくらいの規模。ただし、湖岸に近いところからは建物の屋根が見えている。街の一部が沈んでいるのだ。
その水際のところで、一組の男女が湖を覗き込むように立っていた。薄茶の髪の青年と、白銀の長い髪の娘。アリィの兄のリオと、お人形のような旅の仲間のエカ。
うっとりするほど綺麗なゴシックドレスを纏ったエカが水の中に飛び込もうとするのを、リオが慌てて止めていた。
「その恰好で飛び込む気か!?」
「そうだが……何か?」
「大有りだろう! そんな綺麗な服を汚したら洗濯が大変だし、勿体ない!」
ふ、とアリィの鼻から息が漏れる。兄の言う理由があまりに素朴で、なんとなく面白かった。
「それに、その服で水に入ったら、重くなるぞ。せめてもう少し身軽な恰好で行くべきだ」
「……」
兄が一層慌てた。
「ちょっと待て! なんで脱ぐ!」
「着ているのが問題なら、脱げばいいだろう」
「脱いだら下着だろう!? 女の子が男の前で肌を
「……何故?」
エカに首を傾げられて、リオは頭を抱えた。悩んで悩んで、アリィに視線を飛ばす。アリィは話が聴こえなかったふりをして、
「恋人とか夫婦とか、そういう相手の前じゃないと裸になっちゃいけないんだっけ」
「ぴ?」
膝の上に乗った青いペンギンが、アリィを見上げて首を傾げた。
昔、家で母は、本や〝映画〟なる映像資料をよく見せてくれた。過去の文化や風俗を学ぶためだ、と母が言っていた。そのことにどんな意味があるかは解らなかったが、人の作った物語は楽しく、機械いじりに疲れたときなど、たまに観ていたものだった。
そんな過去の資料から、リオとアリィは当然
「アリィ」
ぼんやりと薄い雲の流れる空を見上げていたアリィは、名前を呼ばれて我に返った。いつの間にか、エカが目の前に来ている。
「ん、なぁに?」
「濡らしていい服はあるか?」
アリィに貸してもらえとリオに言われた、とエカが続けたのを聞いて、アリィの胸中に
着替えだしたエカに遠慮して、アリィは後部座席を出る。閉じたスライドドアに凭れて、胸の中の空気を吐き出した。
「エカは?」
「着替えてる」
とだけ答えて、
ある程度離れたところでアリィは振り返り、黒い眉を吊り上げた。
「おにぃ、エカの服が綺麗なのは分かるけどさ、私の服は濡れてもいいって、どういうこと?」
「え?」
ぽかん、と虚を突かれた様子でリオは口を開ける。
「エカに、私の服を借りろって言ったんでしょ?」
「言ったけど……もしあるようなら貸してもらったらって言っただけで、別にそんなつもりじゃ……。なかったら俺のを貸すつもりだったし」
ただリオよりもアリィのほうがエカと体格が近いから、まずアリィに尋ねてみればいい、とだけ言ったのだそうだ。
これを聞いて、今度はアリィのほうが呆けてしまった。
「う……」
あまりの恥ずかしさに頬を抑える。その頭をキャスケットの上からぽんぽんと兄が叩いた。
「……ごめん。早とちりした」
「そういうときもあるさ」
上目遣いで見た兄は、穏やかに笑っていた。それがまた恥ずかしくて、アリィは帽子の
バスのスライドドアが開いたのを見て、リオはそちらへと行ってしまった。
アリィは二人の様子を帽子の鍔の下から窺う。着替えた様子を見せつけるエカと、苦笑いしつつ水中遊泳の許可を出すリオ。
二人とも、とても仲が良い。
アリィはリオと子どもを作ることはできない。
別に、そのことをどうと思ったことはない。(母曰く健全な)生殖行為の資料を見たことがあるが、あれを兄とするというのもあまり気が進まないし。
ただ、両親の他、自分たち兄妹しか世界に居ないと思っていた頃は、本当にそれで大丈夫なのか、と思ったことくらいはある。
……とまあ、自分たちはそういうことなので、それならエカと兄ならどうか、と最近のアリィは密かに思っている。ついでに、本で見たような
そうだというのに、何故かここ最近。アリィは、リオとエカが親しくしているのを見ると、もやもやするのだ。
エカを誘ったのは、アリィのほうなのに。
エカのことが嫌いとかそういうわけでもなく、むしろ喜ばしく思っているというのに。
兄の目がエカに行くことを、面白くないと思っている自分がいる。
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