第8話 魅力的な提案

 持ち込んだポーション類はすべて高値で売れた。この辺りではポーションが不足しているのか、私の作った回復ポーション++は開拓村で売ったときの五倍の値段で売れた。そして解毒ポーション++も高く売れた。


「大丈夫かな? ぼったくりになってないよね? 衛兵に連れて行かれるのは嫌だよ」

「大丈夫ですよ。ちゃんとしたお店に売りましたからね。これが裏路地の怪しいお店とかだったら問題になったかも知れませんけどね」


 思わぬ大金を手にしてしまった。そして宿に戻れば、売った数と同じだけのポーションを作ることができる。こんなに簡単にお金が稼げたのか。最高だな、錬金術師。

 懐が暖かくなったらやることは一つ。


「カビルンバ、マジックバッグの素材を買いに行くぞ。店を教えてくれ」

「分かりました。大通りから一つ入ったところに、錬金術の素材を専門的に扱っているお店がありますので、そこを案内しますよ」


 カビルンバの案内によって連れて行かれた場所は見るからに怪しいお店だった。うん、これは大通りに面した場所にあったらダメなやつだ。何で店の前にされこうべが飾ってあるんだ? それも複数。大丈夫なのかな?


 だがカビルンバのおすすめの店である。外れることはないだろう。信じてるからね?

 古めかしい木の扉を押し開けると、ガランガランと不気味な鈴の音がなった。お化け屋敷かよ。良く見ると扉はトレントの木材で作られていた。豪快な使い方である。高いのに。


「いらっしゃい」


 しわがれ声が聞こえると、店の奥からまるで魔女のような老婆が現れた。だが魔女ではなく、ただの老婆のようである。チラリとこちらを見ると、すぐに興味を失ったようである。


 店内は店の外と同じように不気味な物がたくさん並んでいた。マンドラゴラに、マッドアマガエル、妖精の粉、クラーケンの薄皮に七色トカゲの抜け殻。なかなかレアな素材もあるな。


「うーん『ゴブリンキングの王冠』はなさそうだな。あれば良かったのに」

「それは残念ですね。マジックバッグの素材はどうですか?」

「えっと……」


 レイスのボロ切れにキングスライムの核、魔法の銀糸にホーリービーンズ。あるな。あることにはある。しかし問題もある。


「素材はすべてある。だがそれを買うとほとんどお金がなくなるのだが」

「先行投資だと思って我慢して下さい。大金が手に入ったからと言って財布のひもが堅くなりすぎてはいけませんよ」

「それもそうだな」


 断腸の思いで素材をカウンターへ持って行くと、チラリと老婆が顔を上げた。その目は獲物を狙う獣のようにギラリと光っている。まあ襲いかかって来たら、遠慮なくグーで殴るけどね。前が見えなくしてやろう。


「お前さん、もしかしてマジックバッグを作るつもりかい?」

「そうだが?」

「まさかマジックバッグを作ることができる錬金術師がこんなところをうろついているとはね。もしかすると……」

「どうかしたのか?」


 何やらブツブツと最後はつぶやいていた。何だか不気味な老婆、いや、オババである。気になって尋ねてみたが、首を左右に振っている。どうやら何でもなさそうだ。


「どうだい、出来上がったマジックバッグをここに売りに来るつもりはないかい? それならそれの値段を安くしておくよ」


 カウンターに置かれた素材を指差ながら、「ヒッヒッヒッヒ」と魔法薬を作る魔女のような声を上げる。

 うーん、どうやらマジックバッグを作ることができる錬金術師はそれほどいないようだな。となれば、きっと高値で売れるのだろう。しかし、見たところ一つ分の材料しかなかった。つまり、これを手放せばしばらくは手に入らないことになる。


「値段が安くなるか、魅力的な提案だな。だが断る。これからの旅でマジックバッグが必要になるのでね」

「おや、そうかい。残念だね」


 予想に反してアッサリとあきらめた。値段交渉をしてくるかと思ったがそんなことはなかった。表示金額通りのお金を渡して素材を受け取る。素材の品質はそれなりだが、贅沢は言っていられない。どのみち、ヴォイドバッグを手に入れるまでのつなぎである。売るならその後だな。


「よくぞ断りましたね。さすがはレオ様。てっきり目先の利益に目がくらんで、引き受けるかと思いましたよ」


 店を出ると、カビルンバが少し驚いたかのように声を大きくしてそう言った。


「フフフ、私はそんなに甘い男ではないぞ」


 しかし懐の中は急激に寒くなってしまった。高級料理を堪能する予定がパーである。どこかで安く食べられるお店はないかな。カビルンバに聞いてみよう。そう思ったとき、大通り沿いに見つけてしまった。


 人間たちのありったけの夢と浪漫が集まる場所、冒険者ギルドである。ウワサには聞いていたが、実際に目にする日が来ようとは。感謝しかない。冒険者ギルドと言えば、安い酒場が併設されているのがお約束である。


「カビルンバ、夕食はあそこにしよう」

「冒険者ギルドですか? うーん、冒険者に登録するのも、問題を起こすのもナシですからね」


 半眼になったカビルンバが信用できないような目でこちらを見てきた。ここまで信頼がガタ落ちしているとは心外である。この辺りで一度、信用を回復しておくべきだろう。


「大丈夫だ、問題ない」

「すごく嫌な予感しかしないのですが……まあ良いでしょう」


 何だかんだ言いながらもカビルンバは行くのを止めはしなかった。もしダメなら、ハッキリとダメだと言うはずである。何かあるのかな。もしかして、カビルンバも行ってみたかった? そうならそうと言ってくれれば良かったのに。このツンデレめ。


 スイングドアを押して冒険者ギルドの中へと入る。すでに何人ものパーティーが戻って来ているようで、ギルドの中はそれなりににぎやかだった。

 これが冒険者の日常の姿。見るからに自由気ままな生き方をしているようである。明日のお金のことなど考えていないかのように、あちこちでお酒を飲んでいる姿を見かけた。


 そんな中、酒場のカウンター席へと向かう。一人なのでこの席の方が良いだろう。すぐに酒場のオヤジさんがやって来た。右目に眼帯をつけており、顔は非常に強面である。それに体つきも大きい。おそらく昔は冒険者をしていたのだろう。


「いらっしゃい。見ない顔だな」

「ああ、さっきこの街に来たからな。ずいぶんと華やかで驚いているよ」


 後ろを振り返り、騒がしくなりつつあるテーブルを見た。みんな楽しそうだ。


「そうか。ずいぶんと田舎から来たみたいだな。冒険者には見えないが……」

「私は錬金術師だ。領都の冒険者ギルドがどんなところなのか一度見てみたくてね」

「ハッハッハ、物好きがいるもんだな。まあ、ゆっくりして行ってくれ。何かあればすぐに俺を呼ぶんだぞ」

「頼りにしてる。おすすめを頼む」

「あいよ」


 オヤジさんはすぐにエールを持って来てくれた。キンキンに冷えており、とてもおいしかった。これは乾杯したくなる気持ちも分かるな。

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