第9話 私がやりました

 運ばれてきたのは串焼きの盛り合わせのようだ。全部が違う種類になっており、見ているだけでも楽しくなってきた。

 何か良く分からない四角い肉をかじると、そこから肉汁がジュワッと口の中に溶け出す。何とも野性味のあふれる、力強い味だった。血気盛んな若い冒険者たちが好みそうな味である。悪くない。そしてエールに良く合う。だれだ、こんな食べ物を開発したやつは。褒めてやろう。


「カビルンバも一緒に食べられたら良かったんだが、雑食だもんな」

「ええ。ですからボクに食事は必要ありませんよ。最悪、光さえあれば何とかなりますし」

「私にもその能力があれば働かなくて良かったのに」

「光に当たって灰にならないだけよしとして下さい」


 確かにそれもそうだな。バンパイア族のように、夜にしか動けないのはちょっと不便そうだ。カビルンバの言うことももっともだなと思っていると、バタンバタンという音と共に、冒険者たちが勢いよく駆け込んできた。

 その冒険者たちはそのままの勢いで、ギルドのカウンターへ向かった。


「ギルドマスターを頼む。緊急事態だ」

「き、緊急事態ですって!? 分かったわ。すぐに呼んで来るわ」


 慌ただしく受付嬢が席を立った。さすがに周りの冒険者たちも何だ何だと騒ぎ始める。カビルンバの顔を見ると、なぜかうつむいて目の下に菌糸を当てていた。もしかしてアゴに手を当てているつもりなのだろうか? となると、あそこがカビルンバのアゴ……。


「どうしたんだ、カビルンバ。何か思い当たることでもあるのか?」

「ええ、一つだけ」


 さすがはカビルンバ。冒険者がギルドに駆け込んで来て、ギルドマスターを呼んだだけで分かってしまったらしい。分かってはいるつもりだったが、菌糸ネットワークの情報収集能力はすごいな。私にはサッパリ分からん。

 冒険者が慌てるような出来事なんてあったかな?


「オヤジさん、何のことだか分かるか?」

「さあな。だがあの冒険者たちなら知っているぞ。Cランク冒険者だ。それなりに腕も立つ。確か、ギルドマスターが期待している連中だったはずだ」

「ほう」


 期待の冒険者か。今の慌てている様子を見ると、まだまだ落ち着きが足らないような気がするな。私のように、何が起きてもドッシリと構えておかなければ上には立てないぞ。


「どうした、何があった!? まさかこっちに向かって来ているとかじゃないだろうな」


 その瞬間、オヤジさんの顔がこわばった。どうやら何が起こったのかを察したようである。ふ、ふ~ん? もしかして分かってないのは私だけなのかな? つらい。とりあえず分かった顔をしておこう。


「それが、俺たちじゃ判断できなくてすぐに戻って来たんだ。とにかく、こいつを見てくれ」


 少年がそう言うと、その後ろに立っていた、体つきの大きな青年が大きな袋から剣を取り出した。それは一本のゴブリンソードである。


 ……うん、つい最近、同じような物を見たことがあるような気がするぞ。チラリとカビルンバの方を見ると、カビルンバはゴブリンソードから目をそらせていた。見て見ない振りをしているようだ。私も右へ倣えして目の前の串焼きに集中した。


「これは……ゴブリンソード! それならゴブリンジェネラルがいたのか?」


 ギルドマスターのその言葉に、にわかにギルド内が騒がしくなった。その一方で静かになる私とカビルンバ。


「やはり街の近くにゴブリンの集落があるのか。これはまずいぞ……」


 ボソリとオヤジさんがつぶやいた。あ、そのゴブリンの集落、私が魔法で蹂躙しておいたので、もうありませんよ。安全ですよー。

 そんな心の声も届かずに話は進んで行った。良くない方向に。


「それが、何もいなかったんだ」

「何もいなかった? おい、詳しく話せ」

「えっと、どこから話せば……そうだ、依頼通りに森の中を探索していたら、急に大きな音が聞こえたんだ」


 少年が身振り手振りでそのときの様子を話し始めた。どうやらドリルランスを発動したときの音を聞かれていたようである。なんてこったい。だれだ「この辺りまで来る人はいない」と言ったやつは。ねえ、カビルンバくん?


「そしたらすぐに静かになって。それで不審に思って音がする方向に向かったら……」


 そのときの光景を思い出したのか、少年が口ごもった。そんなに衝撃的な光景だったのか。次からはドリルランスを使うときは気をつけよう。


「本当に何もいなかったんです。ゴブリンが作ったと思われる粗末な小屋はいくつもあったけど、ゴブリンは一匹もいなくて……」


 少年の隣にいるかわいい女の子がそう言った。そしてその後ろにいた長い杖を持った、髪の長い女性が前に進み出た。


「その代わり、ゴブリンの集落があったと思われるところには無数の石で形作られた槍のような物が地面から突き出ていたわ。そのすべてに刃物のような、らせん状の溝がついていた」

「何だそれは……魔法か? そんな魔法、聞いたことがないぞ。持って帰ってこなかったのか?」


 ギルドマスターが困惑している。形状からして、十中八九、私が使ったドリルランスの残骸だろう。土属性の魔法はそのままの形で残るから厄介なのだ。氷属性のドリルにしておけば良かった。いや、それでも溶けるまでに時間がかかるから無理か。たぶん、一週間くらいは溶けないはずだ。どちらにしろ発見されていたな。


「それが、めちゃくちゃ硬くて折れなかったんだよ」


 大きな袋を持った青年がそう言った。背中には大きな盾、腰には立派なメイス。たぶんこれで殴ったんだろう。自慢ではないが、あのドリルランスは硬さには定評があるのだ。


「そんなバカな」

「本当なんですよ。だから急いでこのゴブリンソードだけを持って帰ってきたんです」


 アゴに手を当てて考え始めるギルドマスター。

 俺たちはこの辺りで退散しようかな。これから急いでやらなければならないことを思い出したことだし。


「ゴブリンを倒した痕跡はあったのか?」

「ああ、それなら無数に落ちてたましたよ。さすがに数までは数えていませんけどね」

「よし、それならすぐに準備をしてから……」


 何やらギルドマスターとその冒険者たちが作戦を立て始めた。聞き耳を立てて盗み聞きしたところによると、危険だがこれからその現場に向かうことにしたようだ。これはますます急がねば。


「オヤジさん、ごちそうになった。いくらだ?」

「ああ、えっと、小銀貨二枚だ」

「ここに置いておくぞ」

「毎度あり。念のために言っておくが、今の話はまだ外でするなよ」


 オヤジさんにすごまれた。だが別に怖くはない。カビルンバが「シャー!」って言ってきた方がもっと怖いだろう。


「分かっている。冒険者ギルドににらまれたくはないからな」


 そう言ってギルドから出ると同時に、今日、入って来た門へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る