第5話 お金、大事

 その日の夜は昼間に助けたオッサンの家で夕食を食べた。オッサンの妻と娘からは何度もお礼を言われた。これほどまでに人間からお礼を言われたのは初めてだ。二人には私の頭に生えている角が見えていたはずである。それなのに、全く気にすることはなかった。


 カビルンバが言っていた「魔族と人間は仲直りした」と言う話は本当のようである。最果ての開拓村でもそうなのだ。きっとこれから行く場所でも同じような光景が広がっているのだろう。

 本当に魔王としての私の役目は終わったのだ。


「どうしたんですか、そんなにしんみりとして」

「ハハハ……時代は変わるものだなと思ってな」

「フフフ、そうですね。ですが変わらないものもありますよ」


 何だか優しい目をしてこちらを見つめるカビルンバ。変わらないもの……? 命とお金が大事だということかな。ありえそうな話である。たいへん分かりやすくて良いが。

 翌日、さっそく近くの森に採取しに向かう。だがその前に、回復ポーションをいくつか売っておいた。お金、大事。


「本当に村長に別れの挨拶をしておいて良かったんですか?」

「良いんだよ。適当に採取したら次の町に向かうつもりだからな。お金も手に入ったことだし」

「ずいぶんと格安でしたけど……本来ならあの三倍の値段で売れますよ」

「三倍だと!? どうして早く言わないんだ」

「善意で格安にしていたわけじゃなかったんですね」


 残念な人を見るような目で見られた。そりゃあカビルンバに意見を聞かなかった自分が悪いのだが、本当にその値段で売るのかくらい聞いて欲しかった。今度からは恥も外聞もかなぐり捨ててカビルンバに聞こう。


 次の町へ向かって森の中を進むこと半日。新しくゲットできたのは「臭い消し」の素材となるキノコくらいだった。回復ポーションの素材はすでにかなり集まっているので、これ以上は必要ないだろう。


「マジックバッグがあればもっと素材を集めることができたのにな」

「ないものはしょうがないですよ。あの小屋にあれば良かったのですけれどもね」


 ニッコリとカビルンバが笑う。その目は明らかに私を非難しているかのようだった。だってしょうがないじゃないか。こんなことになるとは夢にも思わなかったのだから。

 町に着いたら必要な素材を購入してマジックバッグを作ろうではないか。素材さえあれば小さいものなら簡単に作れるからね。容量は小さいけど、十分役に立つはずだ。


「それじゃ、次の町へ急ごう。夜になる前には着きたいからな」

「何言っているんですか。すでに夜中も飛行しないと町へは到着しませんよ」

「な、何だってー!」

「だから言ったじゃないですか。村長に別れの挨拶をしても良かったのかって……」

「そういう意味だったのか。どうしよう」


 助けて欲しそうな目でカビルンバを見た。だが無情にも首を左右に振るカビルンバ。どうやら手遅れのようである。一度、開拓村に戻るか? でもなぁ、かっこ悪いよね。


「夜の間に次の町に着くしかないですね。宿に泊まることは無理でしょうが、空を飛んでいる姿をだれかに見られる可能性は低くなります。考えようによってはかなりの利点ですよ。それに二、三日くらいなら寝なくても大丈夫でしょう?」

「お、鬼……」


 かと言って他に良い代案もなく、カビルンバのありがたいお言葉に従うことにする。確かに二、三日どころか一ヶ月ほど寝ずに動き続けたこともあったな。今となれば良い思い出である。二度とやりたくないけど。これからは好きな時間に起きて、好きな時間に寝るという、自由気ままなスローライフを送るんだ。




 翌朝、日の出と共に町の中に入った。国の決まりだとか言われて入場料を取られた。カビルンバは取られなかったのに。世知辛い世の中である。どうやら身分証明がないのが原因らしい。

 適当な料理店に入って朝食セットをお願いすると、さっそく作戦会議に移った。


「身分証明が必要だと思う」

「そうですね。うっかりしてました。ボクは素通りできますからね」

「それってダメなやつなんじゃ……」

「カビに人権が与えられたらちゃんと支払いますよ」


 うん、まあ、そんな日はしばらく来ないだろうな。それよりも身分証明とは何ぞやをカビルンバ先生に質問した。


「身分証明が必要になるのは商人や、諸国を旅する人たちですね。町の住人は基本的に外には出ないので。行くとしても畑くらいでしょうから」

「なるほど。それじゃ、間違いなく必要になるな。それがなかったら毎回お金を取られるのだろう?」

「そうなりますね。村では取られないみたいですけど」


 確かに開拓村では取られなかったな。それじゃ、村のみを経由することにするか? いや、せっかくなので、この百年でどのくらい人間の町が発展したのかを見てみたい。それに魔族と人間がどのように一緒に暮らしているのかも。


「一番簡単に身分証明をもらえる方法は何だ?」

「商業ギルドに登録ですね。この方法ならお金を払うだけで身分証明がもらえます」

「商業ギルドか。悪くないな」


 ハァ、とカビルンバがため息をついた。また何かやっちゃいましたかね?


「レオ様、錬金術師はどうするのですか?」

「そうだった。商業ギルドはナシで。錬金術師に私はなる!」

「それなら錬金術ギルド一択ですね。ちなみにこの町には錬金術ギルドがないので、登録はできないですね」


 ぬう……致し方ない。目標があってこそ前を向いて進むことができるのだ。気持ちを切り替えて、この町では回復ポーションの取り引きと、錬金術素材の購入に全力をそそぐことにしよう。


 まず欲しいのはマジックバッグの素材だ。いくつか希少な素材があるので、それらがうまく手に入れば良いのだが。

 カビルンバに道案内をしてもらいながら店を回ったが、残念ながら必要な素材は見つからなかった。錬金術ギルドがないからなのか、錬金術素材を専門的に扱う店がなかったのだ。これにはガッカリだ。


「次の町に期待するしかないな。ところで、今から向かえば今日中に到着できるのか?」

「行けますよ。この町から次の町である辺境伯の領都までは馬車で一日の距離ですからね」

「なるほど。それなら午後から出発しても大丈夫か」

「何事も問題がなければ大丈夫かと」

「何、その引っかかるような言い方」


 白い目をカビルンバに向けると、フイ、と目をそらされた。何かのフラグかな? 何か起こったらカビルンバのせいにしよう。そうしよう。

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