第3話 第一開拓村人、発見!
森の中を進んで行く。ときどき遠くから葉の擦れるような音が聞こえているが、こちらへ向かって来ることはなさそうだ。まあこちらは腐っても元魔王だ。よほどのアホでもない限り、こちらに向かってくるモンスターはいないだろう。
「カビルンバ、念のため周囲を警戒しておくように。いつモンスターが現れるか分からないからな」
「そんなこと言われても、道案内はできますけど索敵はできませんからね」
「なん……だと……?」
「動く相手を監視するのは苦手なんですよ。いくつもの菌糸ネットワークを経由しなければならないですからね。その間に相手が移動してしまいます」
カビルンバの情報網はとても優れている。だがその力が十全に発揮されるのは動かないものに対してのようである。初めて知った。この私のような完璧超人はそうそういないということか。
「それなら私が索敵するしかないな。ハァァ!」
「できるんなら最初からやって下さいよ」
また白い目で見られた。どうやら完全にカビルンバからあきれられているようだ。だが少しぐらいの遊び心がないと、人生、楽しくないぞ。
周囲の安全確認、ヨシ。だが少し離れた場所でトラブル発生だ。
「人間がブラックベアーに襲われている。それにこの感じ――オッサンか? カビルンバ、助けに行くぞ。うまくいけば開拓村でおいしい思いができるかも知れない」
「下心しかない」
ああ、カビルンバが泣いている。この世界を生きていくためにはきれい事だけではすまされないのだよ。私が魔王をクビになったようにね。別にそのことを恨んでいるわけではないが、人間と仲良くできるのなら最初からそうして欲しかった。そしたら私が魔王になる必要なんてなかったのに。
木々の間をかき分けて進むのが面倒だったので、進路上の木をねじ曲げてまっすぐに突き進んだ。あとで戻しておけば怒られることはなかろう。
目の前にオッサンとブラックベアーが見えて来た。オッサンは肩をケガしているのか、服が赤い血で染まっている。
二本足で立ち上がり、両手を広げた「今にもオッサンに飛びかかりそうなブラックベアー」の気を引くために、足下の小枝を全力で投げつける。コツンと小枝がその背中に当たると、二本足で仁王立ちしたブラックベアーの体がゆっくりとこちらを向いた。その目は怒りに満ちているかのように真っ赤だった。「俺の食事を妨げるものはだれとて許さん!」とでも言いたそうである。
そのとき、目と口をまん丸にしたオッサンと目があった。もう大丈夫だ。魔王が来た。
ゆっくりとこちらに向き直ったブラックベアー。岩のように大きい。そしてウワサ通り、真っ黒な剛毛である。これは剣をたたきつけても、毛並みに跳ね返されてスルリと受け流されてしまうだろう。
こちらに狙いを定めたブラックベアーが四本足の低い姿勢で突っ込んで来た。しかし甘いぞ、ブラックベアー。その攻撃は予想ずみだ。地面と平行になったその体では私の攻撃は避けられまい!
地面から、三本の高速回転するドリルが突き出した。硬い石で形作られたそのドリルはやすやすとブラックベアーの体を貫いた。ブラックベアーは声をあげることもなく霧散した。あとに残ったのは「ブラックベアーの毛皮」だけである。
毛皮を回収し、ケガ人の元へと向かう。
「あんた、今、呪文を唱えることなく魔法を使ったよな? もしかして、四賢者なのか?」
「いや、違うな。私は元魔……」
途中で言葉を遮るかのように、カビルンバがビタンとしなる頭で頭突きをしてきた。菌糸ってこんな使い方もできたのか。
「ちょっと、ケガを治すのが先でしょう? ほら、早く」
「む、確かに一理あるな」
回復ポーションを無造作にオッサンに振りかけた。あっという間に肩のケガが塞がる。これで命に別状はないだろう。しばらくの間、安静にしておく必要はあるがね。
「なんて回復力だ。あんた一体、どれだけ高価なポーションを使ったんだよ」
「ただの回復ポーションだが……」
「そんなバカな。上級回復ポーションじゃないのか? それなら、回復ポーション++か!?」
「何だそれは」
回復ポーション++(プラスプラス)? 本当にそんな名前、聞いたことがないんだけど。どこかの言語かな? 答えを求めてカビルンバ先生の方を見た。先生がそっと耳打ちする。
「回復力によって、同じ回復ポーションでも区分けをするようになったのですよ」
「何で? 回復力はどれも同じじゃなかったのか?」
「この百年の間に、錬金術師の腕前によって、できあがった回復ポーションの回復力に差があることが判明したのですよ。もちろん回復ポーションだけではありません。錬金術アイテムのすべてでそうなっています」
そうなると、私が作った錬金術アイテムは非常に高性能であるということか。その辺で拾った素材でパパッと作った代物なのに。これは思ったよりも高値で売れるかも知れないな。スローライフがまた一歩近づいたぞ。
「使った回復ポーションは回復ポーション++だ」
「やはりか……どこでそれを?」
「私が作った」
ニッコリと笑いかけると、オッサンの目と口が再びまん丸になった。どうやら回復ポーション++を作ることができる錬金術師はそれほどいないようである。これなら実に良い値段の言い値で売れるかも知れない。おやじギャグではない。
目の前がパアッと明るくなったような気がした。
「そうか。いずれにしてもありがてえ。おっとっと」
ふらついたオッサンの肩を支える。
「手を貸すぜ。さすがに流れ出た血までは元には戻らない。開拓村に戻ったらゆっくりと休養を取るんだな」
「何から何まですまねぇ。俺ができることがあったら何でも言ってくれ」
計画通り。ミッションコンプリート。これで疑われることなく開拓村に潜入することができるぞ。見ろ、私の素晴らしい手腕にカビルンバが感服しているではないか。
「まさか本当にうまくいくとは。相変わらず運だけは良さそうですね」
「失礼な。運も実力のうちだぞ。知らんのか?」
「はいはい。そういうことにしておきますよ」
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