第2話 錬金術師になろう

 小屋に戻ると、カビルンバがテーブルの上に紙を広げた。すぐ近くにペンも用意してある。そしておもむろに文字を書き始めた。どうやら文字は百年前と変わっていないようである。良かった。


「良いですか、まずはどこかの町か村で肉や野菜を手に入れる必要があります。ここまでは分かりますね」

「はい、先生」

「よろしい。それでは肉や野菜を手に入れるために必要な物は何でしょうか?」

「お金です」

「その通り」


 良くできましたとばかりにカビルンバが目を細めた。思ったよりも表情が豊かだな。昔はこんなんじゃなくて、いつも同じ目つきだったのに。


「それで、島を一周している間にやれそうな仕事は思いつきましたか? 働かなければお金は得られませんよ」

「そうだな……ここにはたくさんの果実がなっている。果物屋さんとかどうかな?」

「近くに町か村があると良いですね」


 カビルンバがニッコリほほ笑んだ。

 そうだ。商品があっても、買い手がいなければ何の意味もないぞ。そもそもこの島の近くにだれかが住んでいるのか?


「カビルンバ、ここから一番近い町か村はどこだ?」

「ここから二日ほど歩いたところに開拓村があります。人口は約二十人。予定通りの成果を上げられないことが判明し、近々撤収するみたいです。そこがなくなれば、次の場所までは五日ほどかかりますね」

「オーノー!」

「さっきも思ってたんですが、どこでそんな言葉を覚えてくるのですか?」


 怪訝な目でこちらを見るカビルンバ。私にも分からん。よって沈黙をもって答えた。ハア、とため息をつくカビルンバ。


「果物屋さんはダメですね」

「ダメですか」

「はい」


 さてどうしたものか。やはり元魔王としての力とすごさと恐ろしさを世に知らしめるためにも、かつての勇者と同じ冒険者になるべきか。力こそすべてだ。


「果物屋さんがダメならば、冒険者に私はな――」

「ダメです」

「ナンデ!?」


 すべてを言い終わる前に、かぶせるようにカビルンバが否定した。その眉はつり上がっており、怒っていらっしゃるようである。怒らせるようなことはまだしていないと思うんですけど。


「そんなの決まっているじゃないですか。レオ様、やりすぎるでしょう?」

「確かにそれは否定できないな」

「否定できないというか、無双して俺つええってするつもりだったでしょう?」

「なんで分かったんだ」

「分からいでか!」


 グネグネと波打って動き出すカビルンバ。これは怒っているときにする「怒りのダンス」だと私は思っている。正式にそうなのかは不明なのだが。カビルンバは謎が多い。その生態系を完全に知る者はいない。


「とにかく、冒険者はダメです。……そうですね、錬金術師になるのはどうですか? 得意ですよね、錬金術?」

「それはそうだけど、錬金術アイテムって売れるのか? お金になった記憶がないのだが」

「それは人間と争っていたからです。平和になった今なら、お金と交換できますよ」


 そうだったのか。お金があれば物が買える。物を買えれば楽ができる。どうして今まで気がつかなかったのか。それならば。


「夢はでっかく。錬金術師王に私はなる!」

「そんな称号、ありませんけど……」


 カビルンバに白い目で見られた。こいつ、世界中の称号まで知り尽くしているのか。カビルンバ、恐ろしい子。だが私はあきらめない。


「なければ作ればいいじゃない。よしよし、新しい目標ができたぞ。世界征服はやめて、錬金術師王になるぞ」

「ガンバレー。でもそうなると、色んな人がレオ様が作った錬金術アイテムを欲しがることになるので、休みはなくなりそうですね」

「え? 休みがなくなる?」


 そんなバカな。私のスローライフはどこ行った? ずっとずっと年中無休なの!?


「やめだ、やめ。錬金術師王になるのはナシ。忙しくない程度に錬金術アイテムを作って、まったりのんびりと自堕落なスローライフを送るのだ」

「賛否両論が別れそうな目標ですね。でもレオ様にはそのくらいが良いかも知れません」


 サンキュー、マイフレンド。おかげで決意が固まったぜ。


「それじゃ、適当なアイテムを作ったらすぐに出発だな。開拓村が撤収するまでにたどり着いておきたい」

「それが良いでしょう。この島には大した素材はありませんが、回復ポーションと解毒ポーションくらいは作れるでしょうからね」

「そだね。おっと、その前に、絶対に作っておかなければならないものがあったぞ」


 せっかく復活したのに、不慮の事故でまた死んでしまっては元も子もない。そこで第二の「身代わり白金貨」を作っておくことにした。

 必要な素材は古い時代の白金貨だ。今では手に入れることは困難な代物だろう。この白金貨は非常に純度が高く、その内側に魔法陣の術式を、魔力と共に刻むことができるのだ。


 もっとも、それを実行するにはかなりの知識と技術が必要になる。まあ、私にかかればお茶の子さいさいなのだがね。

 白金貨をテーブルの上に置き、魔法陣を展開する。黄金色の輝きと共に、魔法陣が白金貨の中に吸い込まれていった。




「そういえばレオ様は空を飛ぶ魔法が使えたんでしたね」

「移動に便利だからね」

「それなら開拓村はスルーしても良いような気がするのですが」


 肩からニョッキと生えているカビルンバが首のようなものをかしげている。確かにそうかも知れない。だが百年の眠りから復活してから初めての人間との出会いである。慎重に駒を進めたい。


「いきなり大きな街に行って、私がヘマしたらどうするんだ? その点、開拓村なら無問題モウマンタイ。跡形もなく消し飛ばせば良いだけだからな」

「やめて下さいね」


 冗談なのに。だがしかし、二十人程度なら記憶をいじることで「見なかったことにする」こともたやすい。最初にアプローチする人数は少ないに越したことはない。

 正面に白い煙が立ちのぼっている。おそらくあそこが開拓村なのだろう。遠目に木の柵と粗末な家々が見えて来た。先ほどまでいた小屋とそっくりである。


「止まって下さい! まさか空から直接行くわけじゃないですよね!?」

「そのつもりだけど……」

「ダメです! 空を飛ぶ魔法を使える人なんてほとんどいないのですよ! それこそ、『四賢者』と呼ばれる人たちくらいです」

「それじゃ、私を入れて五賢者に……冗談です。すぐに降ります」


 スッと垂直に地上へと降りた。やっぱり大地に足を踏みしめながら一歩一歩前進するのが一番だよね。

 降り立った場所は薄暗い森の中。当然、道などない。まあ、世界を知り尽くしたカビルンバ先生がいるので、森で迷うことなどないんですけどね。


「どっちだ?」

「こっちです。森にはモンスターがいるので気をつけて下さいね」

「あいつら百年たってもいるのか。創造主も飽きないな」

「創造主様は私たちに恵みを下さっているのですよ。そのような言い方は良くないと思います。へそを曲げてモンスターがいなくなったらどうするのですか」

「はいはい」

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