元魔王、救世主になる

えながゆうき

第1話 魔王、百年の眠りから目覚める

「これで終わりだ、魔王!」

「グワアアア! まさか、まさかこの私が敗れるとは……!」


 目の前では光り輝く聖剣「エクスカリバー」を持つ勇者が、肩で大きく息をしながらこちらをにらみつけていた。

 もう終わりだ。おしまいだ。体力と気力と魔力は底を尽き、だんだんと体を維持することができなくなっている。今もボロボロと腕が崩れ落ちているのだ。


 まさか念のために用意していた「身代わり白金貨」に救われる日が来るとは思わなかった。その昔、錬金術で作ったそのアイテムに魔力を込めていたので、私は死ぬことはない。

 作ってて良かった身代わり白金貨。

 だが、再び力が蓄えられて復活するまでには少なくとも百年はかかるだろう。百年、百年か……フフフフフ。


「見事だ、勇者よ。ほめてやろう。だが、私は死なん! 百年後に復活し、今度こそ世界を嘆きと悲しみの渦で埋め尽くしてくれるわ! そのとき、人間のお前は生きてはおるまい。ハッハッハッハ!」

「な、何だってー!」


 薄れゆく意識の向こう側で、勇者様ご一行が叫び声を上げるのが聞こえた。精々、残りの人生を楽しむが良い。私は復活するそのときまで、楽しい夢を見させてもらおうではないか。アディオス!




「……様、魔王様! いい加減に起きて下さい。あれから百年がたちましたよ!」

「んあ? ああ、カビルンバか。おはよう。良い朝だね」

「そうですね、良い朝で――じゃなくて、いつまで寝てるんですか! いい加減にそのカビ臭い布団を外に干して下さい」

「そんなこと言われても……お前はカビの妖精なんだろう? 何とかできないのか?」


 モスグリーンのウニのような体に、細い竹が下から刺さったような姿をしているカビルンバが、その一つ目を半眼にしながらこちらをギョロリとにらみつけた。おお怖い。これでも魔王様だぞ?


「その布団をさらにカビだらけにならすることができますが――」

「すみませんでした! すぐに干して来ます!」


 ダッシュで布団を抱えて外に出た。爽やかな風が吹きつけるここは、どうやら百年たっても無人島のようである。周りをグルリと海に囲まれており、潮風がとても心地良かった。生きてるって素晴らしい!


 ちょっと待った。何だかおかしいぞ~? さっきのカビルンバの態度もそうだが、魔王が復活したにしてはちょっと尊厳がなさ過ぎるんじゃないんですかね?


 ああ、そういえば、「身代わり白金貨」が盗まれないように、みんなには秘密にしておいたんだった。

 唯一教えていたのが、世界のありとあらゆる情報を手に入れることができる、「菌糸ネットワーク」を持つカビルンバだけ。そりゃお迎えがカビルンバしかいなくて当然か。


 一人納得しながら小屋に戻ると、カビルンバは部屋の中を掃除してくれていた。カビルンバ、良い子。テーブルの上にはリンゴが用意されていた。大好物です。


「ありがとう、カビルンバ。それで、今、世界がどんな状況なのか聞きたいんだけど?」

「もちろんですとも。魔王様にしっかりと聞いてもらわなければなりませんからね。むしろそのためにボクがここにいるようなものですから」


 フンスとカビルンバが鼻息を荒くしたような気がした。カビなので鼻はないけど。ムシャアとリンゴを丸かじりしながらカビルンバの話を聞く。


「な、何だってー!」

「ですから、魔族と人間は仲直りして、今はお互いに混じり合って平和に暮らしているので、魔王様は必要ありません」


 そんなバカな。私の存在意義が……カビルンバがここにいるのは、平和になった世界を、私が嘆きと悲しみの渦で埋め尽くすのを防ぐためだったのか。

 いや、ちょっと待った。おかしい、何かがおかしい。


「カビルンバ、一体だれが人間と和平を結んだんだ? そんな大それたことができる人物が私以外にいるとは思えないぞ」

「もちろん、四天王が結んだに決まってるじゃないですか」

「いや、待て。四天王は全員、勇者たちに倒されたはずだぞ? 勇者も多くの犠牲を払って四天王をなんとか倒したって言っていたし」

「……おかしいですね」

「おかしいよね」


 一体どういうことなんだ? 四天王が倒されたからこそ、魔王城の封印が解かれて、勇者たちが入って来たんじゃなかったのか。

 もしかして、まんまと罠に引っかかった感じですかね? ……まあ良いか。人間との和平が結ばれた今となっては、そんなことはどうでも良い話だな。


「そうか、私はもう必要ないか。ううう、仲間たちのために頑張ってきたのに、復活したら用無しだなんて。ただ……ただ……無念だ」


 悲しみに包まれたまま、床の上で丸くなってふて寝した。

 翌日、床で眠り込んだ体の上に毛布がかけられていた。カビルンバ、優しい子。

 泣いてばかりはいられない。復活したからには明日を生きなければならない。戦いの日々は終わったのだ。これからは魔族らしく私らしく、スローライフを満喫しようではないか。


「カビルンバ、仕事だ、仕事! 働かざる者食うべからず。私に仕事をくれ」

「そう言われましても……まずはこの島を案内しますので、その間に何か魔王様ができることがないかを探しましょう」

「カビルンバ、私はもう魔王ではない。これからはレオニート――いや、レオと呼んでくれ」


 カビルンバの目をジッと見つめながらそう宣言した。魔王は今日で廃業だ。これからは一介の魔族として生きていくことにしよう。


「……分かりました。ところでレオ様、どうしてここにお金を用意しておかなかったのですか? お金だけじゃありません。金銀財宝の『き』の字もないじゃないですか」

「まさかこんなことになるだなんて。アンビリーバブル!」

「どこでそんな言葉を覚えて来るのですか」

「えへ」

「ほめてないです」


 少し調子に乗った私はカビルンバから白い目で見られた。陰キャから陽キャに。なかなかそのさじ加減が難しいようである。


 カビルンバに案内されて島を一周した。どうやらこの島は百年の間、だれ一人として上陸することはなかったようである。初めて私が降り立ったときと同じ、豊かな温帯の生態系を作り上げていた。


 リンゴを含めた果物が数多く実っており、おそらくそれは一年中、尽きることはないだろう。もしかして……働かなくても良いんじゃないかな?

 そんなことをカビルンバに話すとアッサリ否定された。


「何を言っているのですか、レオ様。リンゴ……いや、果物だけで生きていけるとでも本気でそう思っているのですか? 甘い、甘過ぎますよ。このリンゴのように甘い!」

「あああ、私のリンゴ!」


 カビルンバが緑色の菌糸を伸ばしてリンゴを消化した。個人的にはリンゴさえあれば生きていけると思えるのだが……。


「良いですか、体を維持するためには肉や野菜も食べる必要があるのです。百年前もそうだったでしょう? どうして今になってそれが必要ないと思うのですか」

「もう戦わないから良いかなーと」


 チラリとカビルンバの方を見ると、眉を上げてこちらをにらみつけていた。眉、あったんだ。これはもしかすると、鼻もあるのかも知れない。

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