街頭での処刑は中西ヨーロッパの娯楽であった

あーるし

第1話 リバースギロチン

 ここは中西なかにしヨーロッパ、辺境の街である。


「処刑だぁぁ!!! 処刑が始まるぞぉぉおおお!!!」

 広場が歓喜に包まれ、大勢の衆目は中央の舞台に設置された処刑器具ギロチンに向けられている。


 憲兵3人と罪人、そして今日の処刑を取り仕切るエストと、その助手ルノアが壇上に上がる。


「来た……エスト・ベレスタだ!」

「今日は一体どんな処刑を見せてくれるんだ!?」

「ルノア様ー! ルノア様ー!」


 様々な色の声が上がる中、舞台の前までやってきたエストは一礼し、大きく息を吸い込んだ。


「今日、処刑されるのは彼、数年間この国を脅かした連続殺人鬼シリアルキラーであるナルコフ・ベンデッド。犯した殺人は24件、死刑となって当然の罪人と言えましょう」


 国中を震撼させた殺人鬼の登場に、民衆のボルテージはさらに上がった。 

「そうだそうだ! 死刑だ!」

「うぉぉぉおおおお!!」

れ! 今すぐれ!」


 あまりの勢いにエストもわずかに気圧されるが、処刑の執行役としてすぐに姿勢を持ちなおす。


「ごほん……皆様が処刑を望む気持ちは大いに伝わりました。では罪人よ、処刑台へ」

 エストの号令により、憲兵は罪人ナルコフの両腕をしっかりと抱えながら、無理やりギロチンへと運んだ。

「い……いやだ! 死にたくない!」

「だまれ! 24人殺したんだろ!」

「でも死にたくない……っ!」

 抵抗をしてみせるが、留置されていたことで弱った彼の腕力では憲兵の拘束はびくともしない。


 断頭台へと二人がかりで抑えつけられると、エストは助手ルノアと共に固定作業を進める。

「一体何が始まるんだ……」

 観客たちの中には、その様子を固唾を呑んで見守る者もいる。


 最後のベルトを締め終わったところで、エストは立ち上がって民衆に向かい、腹の底から叫んだ。

「さあ、ついに執行の時がやってきました! エスト・ベレスタによる世の極悪人を葬る処刑が! 正義が非道を叩きのめす時間です!」

「うぉぉおおおおお!!!!!」

「来たぁぁぁぁああ!!!!!」

「始まるのねぇぇぇええええ!」

 この場において誰もが、女子供も牧師も市民も、貴賤を問わず全ての人間が興奮とともに断頭を待ち望んでいる!


「助けてくれぇぇぇ……」

 罪人の声は歓声にかき消され、誰にも届くことはない。彼の涙を万人が注目しているが、しかし慈愛の心などは一切芽生えないのだ。


「ではっ、まいりますっ!!」


 エストは……


「そりゃぁ!!!」


 掛け声とともにレバーを引いた。


『ガコァン!!』

 固定を失った大きな刃が、断頭台をめがけて会心の一撃を繰り出すっ!


「へゔぅンっ」

 首を断つ瞬間に奇妙な声と、耳に慣れない斬肉音が響いた。


「……」

 ギロチンが落ちきる瞬間を、広場に集まっていた全員が声ひとつ出さずに見守っていた。


 衝撃を吸収するバネが大刃のエネルギーを吸収し尽くす。

 その手前には血飛沫と、先ほどまでは胴と一体であった頭が転がっていた。


「……」

 民衆はただじっと、舞台の上を見つめている。

 エストが次に何をするのかと待っている。

 

 しかしそのまま十秒ほど経った頃に、どこからか声が聞こえてきた。


「は……?」


 それは呆れとも、失望とも受け止められる声であった。

 その声につられてなのか、他の民衆たちも徐々に不安を表に出し始めた。


「おいおい、もしかしてこれで終わりなのか?」

「せっかく期待して早起きしたのに……」

 次第に声となってそれは現れる。


 そこにエストが一喝する。

「静かに! よーく耳を澄ませるんだ」


 彼の一言に、民衆たちは黙って耳を立てた。


「……け……れぇ……」


 幻聴かとも思えるほどの微かなものだったらが、次第にそれははっきりと聞こえた。


「助けてくれぇ……」


「生首が喋っているぞぉ!!!!」

 どこからともなく上がったその言葉を皮切りに、わぁぁぁあっとすさまじい歓声が舞い上がる。

 胴と頭は完全に離れている。その瞬間を全員が目撃しており、しかし事実として彼の声が、その頭が命乞いをしていたのだ。


「すげぇぇぇぇえええ!!!」

「流石おれたちのエストだ!」

「エスト! エスト!」

 最高潮に達した舞台の上で、彼は何度も手を挙げて頭を下げた。

 憲兵は花吹雪をばら撒き、助手ルノアもファンの握手に応えている。


「以上、本日の執行は、処刑人エストによるものでした」


 こうして本日の処刑は大成功を収め、拍手の中で彼らの舞台は終わった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「もう無理だよ畜生!!!!」

 ダンっと机に両腕を打ち付けるエスト。

「エストさん、どうされたんですか?」

 彼が突然発狂したのかと、ルノアは心配になって駆け寄った。


「……ルノアも見ただろ、今日の処刑で……首が落ちたときに何もなかったときの連中の不安そうな顔を……!」

 エストは追い詰められていた。

「でも結果的に大成功だったじゃないですか! ちゃんと仕掛けも上手く動いたし、みんな大喜びでしたよ!」

「君は分かっていない。彼らが求めているものを……処刑はこの街、中西なかにしの唯一の娯楽エンターテイメントなんだ、一度ウケたものが二度ウケるかどうかは分からない。街の連中がもし、僕の処刑に満足できなかった場合どうなると思う?」

 ルノアは少し考える。

「えっと……みんな見に来なくなるとか?」


「違う! 袋叩きに合うんだよっ!」

 ダンっとエストはまた机を叩いた。


「いいか! この街の住民は中西なかにしという大して文化的でもない退屈な場所で、浮き沈みすらない人生を送っている。そんな連中が唯一あそこまで盛り上がるのが公開処刑なんだ! もしそれが面白くないとなってみろ、処刑が私刑になるだろうし、暴力の矛先は間違いなく責任のある俺に向くんだ……」

 そう答える彼の手は、少し震えている。


「そんな……嘘ですよね、この街の人たちがそんな酷いこと、するわけ……」

 彼女ルノアの顔も次第に青ざめていく。


「これまで処刑を担当した者が、突然居なくなるという事件が何度かあった。それは大体が処刑がそれほど盛り上がらなくなった日の夜に起きている。きっと街の連中だろう。毎日の鬱憤を晴らす機会を失った彼らが暴走したに違いない」


「でも一度や二度のミスくらいでは……」

「いいや、俺たち処刑人は常に新しい娯楽を提供することを期待されている。火あぶり、串刺し、車裂き……そんなものは何十年も前に先人がマンネリ化させた。新しい手法を思いつかないと判断された瞬間に、俺の命もおしまいなんだ」

 

 力説をするエストには確信があった。

 エストが処刑人になったのは一年前である。

 初めて行った空中水あめ電気処刑は、その斬新さから一度目にして先代以上の歓声を受けた。

 これでいけると確信した翌日の処刑では、バリエーションの水中綿あめ処刑を行ったが、前日の衝撃を上回らなかったのか盛り上がりに欠ける終幕となってしまった。

 その夜、エストの家に斧が投げ込まれ、ドアノブと物置が破壊されたのである。


「あれから俺は毎夜必死に考え続けている。どうすれば昨日を上回る面白さを観衆に届けられるか、どうすればあと一年は新しいネタを提供できるか、どうすれば期待に応えられなかった夜にこの街から逃げられるか……」

 彼の部屋には密かに作った脱出用の抜け穴がある。

 しかしそれは未完成で、掘りきるにはもう少し時間がかかる。それまでは、この街での処刑を上手く成功させなければならないのだ。


「……わかりました。私もお手伝いしますよ!」

 エストの苦境に共感したのか、ルノアは俄然やる気だ。


「本当か!? よかった……君はただのステージアシスタントじゃなかったんだね」

「もう、エストさんのステージを手伝いたくて応募出したんですから、何だって手伝いますよ!」

 そうか、と顔を明るくしたエストは、ソファの下からツルハシを取り出して、ルノアに渡した。


「じゃあ、今日は1m進めようと思ってるから、頑張ろう!」

「あ、そっちなんですね」


 目指せ残り240m、処刑人支持率は96%(アンケート調べ)

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