5-2


 蜜蜂会アベイユ当日。

 エインワーズ商会の上階、自宅部分で、ルルは母に手伝ってもらってサフラン色のドレスで身を装った。トップス部分は首からデコルテにかけてレース素材になっていて、スカートは装飾をおさえる代わりに生地を重ねてボリュームを出している。

 貴族のようにぜいたくにフリルやリボンを使ったものではないが、ほどよいシンプルさで、実業家らしいキリリとしたふんは出せているのではないかと思う。


「大丈夫かしら? やっぱり新しいのを仕立てた方がよかったんじゃない?」

「平気よ。たけは母様が直してくれてちょうどいいし、これでじゅうぶんだわ」


 一階に降りると父が待ち構えていた。

 娘の姿に目を細めてくれる。


「ルル、色々と苦労をかけて悪かったな。こうしゃく家に働きに行ったり、コールドスミスと

の話を取りつけてくれたり、ずいぶんと大変な思いをさせてしまった」


「やだ、父様ったら。およめに行くわけじゃないのよ」


 パーティに行くくらいで大げさだ。

 しかし、父の気持ちもわかる。エインワーズ商会にとっては、今後の仕事のゆくを左右する大切なパーティだ。


「うちの商品をしっかり売り込んでくる。今日はロイと頑張ってくるわね」


 ルルがこぶしにぎると父は僅かに顔をしかめた。


「コールドスミスのむすか……」

「……? いい人よね。ライバル商会なのにやさしくしてくれるし」

「ん、ああ……、そうだな」

「父様を外すことになってしまったから、ちょっとおこってる?」

「いや、怒ってないよ。若い二人が頑張りたいと言うのなら身を引くべきだと思ったし、何より父さんはルルのことを信用している。ただ、彼には念のため気をつけなさい」


 どういう意味? と聞いてしまう。


「彼の父親は俺のアイデアをかする嫌な奴だった。あのろうの息子とは思えないくらいにおんこうな男だから、父親に似ていないことをいのるよ」


 父はコールドスミス商会にあまりいい印象を持っていないらしい。


「だから、けっこん相手に選ぶならグランシア侯爵にしなさい。その方が父さんも安心だ」

「わたしはロイやジェラルドのことをそんなふうに見ていないわ」


 二人ともあくまで仕事相手だ。


「……でも、……お前ももうとしごろだし……、嫁に行っててもおかしくないのに……」

「いいのよ、父様。それにわたし、今は仕事をしているのが楽しいの。商会の仕事もだし、メイド業も板についてきたの。だから、毎日がすごくじゅうじつしているわ」

「……そうか。それならいいんだが……」


 つじ馬車が我が家の前に止まった。

 ロイがむかえに来てくれたのだ。

 商会から出てきたルルの姿に、ロイははにかんだ。


「わあ、ルルちゃん。すごくわいい。良く似合ってるよ」

「あ、ありがと」


 まっすぐなロイのしょうさんにルルも照れてしまう。

 ロイの方も今日は白い高襟シャツにタイはカスケードに結んでいる。

 やわらかいちゃぱつもしっかりと櫛くしを入れて後ろに流し、いかにも仕事のできそうな青年実業家の雰囲気をただよわせていた。んできた場数がちがうせいか、ルルと同い年なのにロイはずっと大人びて見えた。

 彼の胸ポケットにはサフラン色のチーフが入っている。


(そういえば事前にドレスの色を聞かれたっけ……)


 そんなところまでこだわるなんて、マメだなと思う。


「それでは、今日はルルさんをお借りしますね」


 ロイはさわやかに父にほほむ。


「あ、ああ。娘をよろしく頼むよ、ロイ君」


 父に送り出され、ルルとロイは馬車に乗り込んだ。

 ダミアン伯爵家主催の蜜蜂会アベイユは、三番街にあるヴィヴィアンガーデンを借り切って行われる。初代王妃の名前をかんした公共庭園の花は今がごろで、いけがきには白がメレンゲのように柔らかくいていた。

 庭園のあちこちに植えられているハーブは初代王妃が植えたものといういつもあり、王都で暮らす者なら誰でも自由にんでも良いことになっている。あいにく今日は厳しい警備がかれているためにいっぱん住民が立ち入ることは禁じられているようだ。

 準備されたテーブルには菓子や軽食が並べられている。ゆったりと会を楽しむ余裕があるのは貴族側で、『蜜蜂』側の客はそわそわとしていた。

 かんぱいのためのシャンパンを飲み干すと、蜜蜂たちはいっせいに目当ての貴族の元へと動き出す。ルルも、ロイと共に貴族たちの間を飛び回ることになった。


「ごしております、クロイツェルだんしゃく

「コールドスミス君じゃないか。また会えて嬉しいよ。今日はパートナー連れとはめずらしいじゃないか」

「彼女はエインワーズ商会の娘のルルじょうです。今回は彼女と共同で製作を行ったんですよ」


 そうねんの男爵に視線を向けられたルルはきんちょうしながらもていねいに頭を下げた。


「お目にかかれて光栄です、男爵。ルル・エインワーズと申します」

「ああ、エインワーズ商会の……。こんなに美しいお嬢さんがいたとはおどろきです。いやはや、コールドスミス商会もあんたいですな」


 ルルが美しいとロイの家が安泰……?

 というなぞの理論を疑問に思ったが、


「こちらがうちの新しい看板商品になる予定の『雨の日』シリーズです。嵌め込まれているのは虹色ガラスと名付けたとくしゅなガラスです」


 ロイが特に何かを言うわけでもなく商品の説明に取りかかってしまったので、口をはさむ機会をいっしてしまった。

 持ち込んだサンプルは、ちょうこくほどこした手のひらサイズの木板の一部をくり抜き、嵌め殺しの窓のように虹色ガラスを入れてある。型で穴をあけたクッキー生地にキャンディを流し込んだ、ステンドグラスクッキーのような見本だ。

 手に取った男爵は「ほほう、美しいな」と頷いてくれたので、ルルも解説をするために口を開く。


「光の角度によってガラスの表面ににじがかったようなまくが張って見えるように加工してあ

ります」

「なるほど、娘たちが喜びそうなデザインだ。とつがせるときのよめり道具として作らせてもいいかもしれんな」


 好かんしょくを得てルルは胸を撫で下ろした。

 男爵は後日、コールドスミス商会にある完成品を見てみたいと言ってくれたので、ロイとルルは小さくガッツポーズをした。男爵と別れた二人は次のターゲットを探す。


(あ)


 ばち、と目が合った相手の姿に驚いた。


(ジェラルド!?)


 招かれていたなんて知らなかった。蜜蜂会アベイユに参加するから休みをもらうと言った時に教えてくれれば良かったのに、と思う。

 シャンパン片手にふんすいの前にいるジェラルドの周りには実業家たちではなくれいじょうが殺とうしていた。色とりどりの美しいドレスが咲きほこる中心で、あいの良いみを浮かべている。せっせと飛び回らねばならない蜜蜂ルルたちに対して、花はゆうなものだ。


「ルルちゃん、主催のダミアン伯爵にあいさつに行ってもいいかな」


 視界をさえぎるように立ったロイに声をかけられ、ルルはハッとした。


「あ、ええ! もちろん!」


 ジェラルドのことを気にしている場合ではない。今日は仕事で来ているのだ。

 中年で小太りのダミアン伯爵はタヌキのような食えないがおでにこにこと二人を迎えて

くれた。あきない上手でふところが温かいらしい伯爵はロイとはずいぶん懇意にしているらしい。


「ロイ君じゃないか。それにエインワーズのお嬢さんもよく来てくれたね」

「伯爵、お招きいただきありがとうございます」

「お会いできて光栄です」


 笑顔のロイと共にルルもおをしたが、ちょっぴりモヤッとしてしまう。

 一方的に契約を打ち切った商会の娘なのだから、「あの時はすまなかったね」とか、もう少し申し訳なさを感じてくれてもいいのに……。だが、ダミアン伯爵はむしろ自分が良いことをしたと思っているようだった。


「話はロイ君から聞いているよ。いやはや、エインワーズさんがしんしんえいのコールドスミス家と! うんうん、らしいね」


 二つの商会が手を組めば良いものができると思って言ってくれているのだろうか。

 あいまいに微笑んだルルだが、「子どもの顔が楽しみだ」と言われてこおりついた。


「えっ?」

「は、伯爵、あの、僕たちはまだそんな関係では」

「おや、そうなの? でもまあ、仲良く色を合わせてきているくらいなんだから、時間の問題だろう?」ルルのドレスの色とロイのチーフにさっと目をやったダミアン伯爵は構わず話を続けた。「そうそう、ロイ君。例の家具、アーロック貴族の間でずいぶん好評でねえ、ぜひとももう少し輸出してほしいという話が来てるんだが。ちょっとくわしく話してもいいかな?」


 そしてロイはルルとの関係をはっきりとていせいすることなく、「構いませんよ」と微笑む。


「ぜひ近日中にアレがしいとのことでね」

「そうおっしゃると思って、既に準備は整えてあるんですよ」

「おお~、さすがロイ君だなあ」


 ルルをそっちのけで盛り上がっている。ルルには話がさっぱりだ。

 その横で言いようのない気持ちになる。


(さっきの男爵が安泰だとか言っていたのも、わたしがコールドスミス商会に嫁ぐと思ったんだ。ロイがパートナーを……、こんやくしゃを連れてきたんだと思っている)


 ――僕たちは、まだ、、、そんな関係では。


 少なからずロイにはその気があるような口ぶりだった。

 ……ルルだって、ロイみたいな相手と結婚するのが幸せだろうな、なんて確かに思ったことはあったけれど……。

 ロイのむなもとされたサフラン色のチーフは、ルルの所有権を主張しているかのようだった。ここにいる貴族たちは、ルルのことをロイの付属品のように思っているのだろう。

 いくら共同開発者だと名乗っても、恋人ルルが未来のロイの仕事を手伝っているのだと判断する。

 そのことにけん感を覚えた。

 意に沿わない所有物扱いならジェラルドから散々受けているはずなのに、どうしてこんなに嫌だと思うのか。

 そして決定的だったのはダミアン伯爵からの何気ない賛辞だった。


「先日、案をもらったシャンデリア風のランプも良かったよ。ロイ君のアイデアはセンスがいいね」

(え?)

「ありがとうございます。僕も自信作だったので嬉しいです」


 シャンデリア風のランプは、ルルのアイデア帳に書き留めたものの一つだった。つい先日、ロイもめてくれたもので―― ……。


(た、たまたまよね。ぐうぜんアイデアが重なったんだわ。ロイはあの時、何も言わなかったけれど、同じ案を考えていたとかで)


 でも、そんな偶然ってある?


「どうかした? ルルちゃん?」


 だまりこんだルルのかたを心配そうにロイがいた。

 ルルは無意識に身体からだを引き、ロイの手をはらった。

 もやもやが止まらず、ロイにれられることも嫌で、ルルはとっに飲み物のテーブルを指す。


「わ、わたし、緊張でのどがカラカラになってしまって。向こうで少し休んできても――構わないでしょうか?」

「ああ、構わんよ。お嬢さんはこういった場に来るのは初めてだろうから、緊張するのも無理はない」


 ロイと話を続けたいダミアン伯爵がルルを追い払ってくれたので助かった。

 そそくさとその場をはなれて適当にグラスを選び、ひと気がない植え込みのそばに置かれた

ベンチにこしける。

 口をつけたグラスの中身はいネクター。

 ……何故なぜもっとさっぱりしたものを選ばなかったんだろう。


甘ったるい飲み物が胃に流し込まれ、ルルはますます気分が悪くなってきた。




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