5章 花と蜜蜂

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 コールドスミス商会とエインワーズ商会の共同開発品としてめいったのは、木製家具ににじいろガラスをめ込んだデザインの家具シリーズだ。

 大まかなデザインはルルが担当し、職人との細かな調整や修正はロイが務めた。

 木材のところどころをくりいてガラス窓のように虹色ガラスを嵌め込んだ家具は、雨上がりにかがやくしずくをイメージしている。ロイはこのシリーズの家具を『雨の日』と名付けた。

 あとはこの家具を売り込み、オーダーを待つばかり。

 ルルがグランシア家に勤めだしてからひと月以上がち、借金は残り九百万程度といったところだった。


「パーティ?」


 コールドスミス商会でお茶をわれていたルルは首をかしげた。


 じゃーん! とロイが見せてくれたのははくしゃくしゅさいのパーティの招待状だ。

「そう。蜜蜂会アベイユに招かれているんだ。貴族に直接商品を売り込める機会だし、ルルちゃんもいっしょに来てくれないかな」


 アベイユというのはこの国独自の文化だ。

 春から初夏にかけての社交期に開かれるパーティの中で、貴族でなくても参加することができる日が存在する。

 ここへ招かれるのは主に実業家だ。

 簡単に言うと、花から花へ花粉を運ぶみつばちのように商売のパートナーを見つけることができる制度なのだが、身分チェックも厳しく、招いてもずかしくない相手だとしゅひんに思われていることが重要なのでだれでも行けるわけではない。


「わたしも? 行ってもだいじょうなの!?」


 昔、父も招かれていたことがあったが、あとりでもない女の子のルルはどうはんさせてもらえなかったのだ。


「もちろんだよ。だって僕たちは共同開発者じゃないか。ちゃんとルルちゃんの分の招待状も手に入れたからね」

 主催者がルルの名前の招待状を出してくれたということは、一人の実業家として認められていることになる。なおに感激してしまった。


うれしい……! ありがとう!」

「あ、で、その、当日着るドレスとかって、僕がおくってもいいかな?」


 きっとびんぼう商会なのでよそおいが準備できるか心配されているのだろう。

 ルルは、「大丈夫よ」と笑った。


「昔仕立てたドレスはまだ着られると思うの。お金が必要な時に売ってしまおうかと思ったけど、母様から止められてて……。あの時に売らなくて良かったわ」


 中流階級同士のお呼ばれのために仕立てたものだが、の質はいので貴族のパーティに着ていっても大丈夫だろう。


「あー、そっか。うん、それなら……、いいんだ。ちなみに何色のドレスなんだい?」

「サフラン色よ。……少し派手すぎるかしら?」

「そんなことないよ。楽しみにしてるね」


 当日は大きな家具をパーティ会場に持ち込むわけにはいかないので、小さな木材に虹色ガラスを嵌め込んだサンプル品を作らせて持っていくことにする。


「パーティの主催ってどなたなの?」

「ダミアン伯爵だよ。伯爵家とはこんにさせていただいているんだ」

「えっ、ダミアン伯爵?」

「うん。……どうかした?」


 エインワーズ商会と結んでいた虹色ガラスの取引けいやくした伯爵だ。

 コールドスミス商会と契約したつもりが、実は自分が断ったエインワーズ商会の品物でした、ということになったらトラブルになったりしないだろうか。心配になったルルが事のてんまつを説明すると、ロイは首をひねった。


「大丈夫だと思うよ? エインワーズ家のきみを同伴したいって言ったら快く許可してくださったし、いやだったら招待状なんて出してくれないはずだろう?」

「そ、そっか……。そうね」

「虹色ガラスが手に入らなかったのはやっぱりしいと思ったんじゃない? うちの商会のほうが――その、エインワーズ商会よりも財政ばんがしっかりしているから、安心して取引できそうだと考え直して声をかけてきてくれたのかも」


 ロイの意見がそれらしくてルルはなっとくした。

 それに、招待してくれたからといってダミアン伯爵が契約を結んでくれる気があるとは限らない。もしも他の貴族がエインワーズのえんじょをしてくれれば……というつみほろぼしの気持ちで招待してくれた可能性もあった。

 このパーティでがんることはロイと共同開発をした虹色ガラスの製品を売り込むこと。

 そして、エインワーズ商会に出資してくれるという人がいたら親しくなっておくこと。

 前者はジェラルドへの借金返済の足しにするためで、後者は今後の商会のことを考えてだ。借金を返し、エインワーズ商会は――このままコールドスミス商会のさんとしてやっていくのか、それともやっぱり店をたたむことになるのか……。蜜蜂会アベイユでの結果だいで今後が変わってくる。


「……早く借金を返したいな」

「そうだね。早くルルちゃんがあの男から解放されるように、僕も大口の契約が取れるように頑張るよ」


 ぽつりとつぶやくルルを見たロイは、力強くうなずいていた。




*****




(あのクソこうしゃくめ……)


 自室で悪態をつきながら、ジェラルドは夜会用の服にそでを通していた。

 先日、ぼう公爵にしこたま飲ませられたことは一生忘れない。

 何が悲しくてれた女の前でしゅうたいさらさないといけない羽目になったんだ。


 ――あの日、例のにせがねの件でトリスタン公爵から話を聞いてこいとセオドアから命じられていた。

 セオドアの母であるウィスタリア国おうはトリスタン公爵家の出だ。

 セオドアと公爵はしんせき関係にあり、ジェラルドがセオドアに「便利に使われている」こ

とを公爵も良く知っていた。


『アーロック人の金貨の持ち出しがものすごく多いな。ほれ、お前さんがこの間八番街でつかまえたっていうのもアーロック人だし、国境で捕まるのもたいていアーロックのやつらだ。あっちの国ではすでにウィスタリア金貨を高く売るマーケットが作られているのかもしれん』

『そうですか。では、アーロックとつながりの深い貴族を調べるべきでしょうか。あちらとの国境にあるへんきょうはくや、留学等でたいざいしている貴族など、疑わしそうな人間をさぐってみます』

『それよりも俺が気になっているのは、今年に入って異常にアーロックへの家具の輸出が増えていることなんだよなァ』

 ミドルグレーのかみでつけた公爵はあごひげを撫でまわしながらうなる。

 家具、の単語になぜだかジェラルドがぎくりとしてしまった。

 真っ先にかぶのはエインワーズ商会だ。だが、ルルの家は開店休業状態のはず。

 ジェラルドのわずかな表情の変化を知ってか知らずか公爵は話を続ける。


『ダミアン伯爵が目をかけている商会――コールドスミス商会といったか? あちらさんの貴族にえらいウケがいいらしくてな、じゃんじゃん出てる。あの伯爵を探ってみたら何かくかもしれんな』

『わかりました。近いうちに蜜蜂会を開くことになっていたはずです。そこでの様子を探ってみましょう』


 真面目なやりとりを終え、ジェラルドはしきを辞そうと思った。だが。

 ポン、と鳴ったボトルのかいふう音に顔が引きつる。


『まあまあ。そんなに急いで帰らなくてもいいじゃねえか。飲んでいけよ』

『いえ。えんりょしま――』

『おーい! 誰か、グラス持ってこい! あとつまみも適当にたのむ』


 公爵というかたきにふさわしくないほど気さくな態度で使用人を呼びつけ、としてジェラルドに酒を振る舞おうとする。


『セオドアのぞうはなんのかんの言って付き合っちゃくれんからな。いいいけにえを寄こしてくれた』

『生贄あつかいですか』

『一ぱいだけでいいから付き合ってくれよ。飲み仲間がいなくなってさびしいジジイの相手をすると思ってさ』


 公爵と懇意にしていた友人がくなったばかりだということを知っていたので、ジェラルドも強く断りきれなかった。


『……一杯だけですよ』


 その一杯がごくのはじまり。


『お前、どこぞのむすめをメイドとして囲いだしたんだって?』からはじまり、さけさかなに洗いざらいしゃべらされる羽目になった。

 ジェラルドは別段酒に弱いわけではない。むしろ、アルコールにはたいせいがある方だ。

 自分の酒量もペースもわかっているが、一緒に飲まされた相手が底なしのモンスター。

 直前にルルとけんしたこともあり、その日のジェラルドの酒量はだんよりもおおはばえてしまったのだ。


(……そういえば、あいつが言っていた『昔みたいにとうして』ってなんのことだ?)


 ジェラルドはルルのその発言がずっと気にかかっていた。

 キスはしたが罵倒はしていない気がする。それ以前に俺が何かを言ったりやったりしたのか? ……おくにない。だが、その話をかえすのもどうかと思い、問えずにいるのだ。

 コンコン、と鳴ったノックを音に返事をする。

 小箱を持ったルルが入室してきた。


「失礼します、ジェラルド様。おっしゃっていたカフスをアンソニーさんに出してもらいました」

「ああ、悪いな」


 招かれる夜会ごとに身に着けるそうしょく品に気を配るのは案外めんどうだ。

 かんぺきあくしているアンソニーが出したカフスをそでぐちにつけていると、ルルが何かを言いたそうにもじもじとしていた。


「どうした?」

「あ、ええと、その……。今度の週末、わたしの休日を別の日と替えてもらう予定でいて……。実は、ダミアン伯爵が主催する蜜蜂会アベイユに招かれているの」

 ダミアン伯爵の蜜蜂会。

 しくもジェラルドが参加予定のものと同じだ。嫌な予感がしてたずねる。


「誰と行くんだ? 父親と一緒か?」

「コールドスミス商会の……、ロイよ。彼がわたしの分の招待状も手に入れてくれたの」


 ふざけるなよ、俺以外の男と出かけるだと?

 ……と言いたいところだがジェラルドはぐっとこらえた。

 しぶしぶながらもルルのやりたいようにさせることを許可したのは自分だ。

 年上なのにゆうがないのもみっともない。おうように構え、自分の元にもどってくるのを待つべきだ。


「…………わかった。変な男に引っかからないように気をつけろよ」

「え!? あ、うん、ありがとう……」



 ジェラルドがすんなりと許可を出したことが意外だったらしいが、ルルはめずに済んでほっとしたような顔をしていた。だから多分、この対応でよかったんだろう。


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