3章 新米メイドの受難
3-1
セオドア・C・ウィスタリア。
それはウィスタリア王国の王太子であり、パーフェクトプリンスと名高い人物の名前だ。
二十三歳にしては細身で
貴婦人の間では地上に
「聞いたよ、ジェラルド。
――ジェラルドの前では
王城に呼び出され、セオドアの向かいに座るジェラルドは顔を
「おかしいな~? 初恋の女の子に
「いいや、聞き間違いじゃない。俺は今、初恋の女とメイドごっこをして遊んでるんだ。最高に楽しい」
「
「うるさい」
スンとした顔で
ジェラルドだってまさかルルに断られるとは思わなかったのだ。すんなり大喜びで
(そんなに何年も根に持つほど俺とのキスが
そりゃ、許可なく手を出したのは悪かったと思うが、
姿が
「あいつは
「うわー。強気だねー。あまり
妻帯者であるセオドアからのアドバイスにそっぽを向く。
「……ふん。言われなくてもする」
「それとも、これを機に他の女の子に目を向けてみるのもありなんじゃない? 僕がスタイル
「いらん」
からかい文句を切り捨てる。
「……俺が何年努力してきたと思ってるんだ」
「はは、そうだね。そんなに簡単にあきらめられるような相手なら、六年間も僕の下で働いてなんかいないか」
六年。もう六年もジェラルドはこの男にこき使われているのか。
くすくす笑ったセオドアは机の上に金貨を置いた。
おしゃべりの時間はこれで終わりだ。ジェラルドは雑談をするために呼び出されたわけではない。セオドアの表情は
「さて。じゃあ、仕事の話に入ろうかな。……例の件を本格的に調べてもらいたい」
*****
ルルが
一日の流れや仕事は飲み込むことができたし、ジェラルドからのボーナスミッションもできるだけ平常心でこなそうとしている(
そんな中、目下の問題は
「どうして
あなた、掃除できるの? と笑ったメイドたちは、ルルが掃除した
「ちょっとあんた。今朝、十分も長くジェラルド様のお部屋にいたそうじゃない」
ジェラルドに引き留められていたと答えると、なんの話をしたのか、一言一句
「あーら、ごめんなさい。気づかなかったわ」
ルルが掃除用のバケツに入った水を運んでいると、後ろから
…………。
……………………。
「~~~なんっでわたしがこんな目にあわないといけないのよ!」
きーっと
割り当てられたというか丸投げされた場所を一人で掃除する。
同僚に
(あんな目立つところでジェラルドがキスなんかするから!)
ただいま、と妻にするようなキスを頭にちゅっとされ、ルルは固まってしまったのだ。
不敬だと
「ふっ、こちとら借金
こんなことくらいで負けないし、「わたし、いじめられてるの~っ」とジェラルドに泣きつくのも馬鹿馬鹿しい。
さっさと
丸めてよけておいた
掃除道具を持って廊下を歩いていると、通りかかった部屋から「どうしよう」と
掃除の時間中は
「どうかしたの?」
声をかける。ハッとした顔でこちらを見たのは、先日ルルを
信望者の筆頭であるハリエットだった。
「あ、あたしたち、何もしてないわ!」
まだルルが何も言っていないのに、先回りするようにハリエットが弁明する。
口にした後で「あんたには関係ないでしょ! あっちに行ってよ!」と言われたが、
「あ、そう。じゃあね」と無視するほどルルは冷たくない。
ハリエットよりも冷静なオリアンはとにかく無心で
「何もしてないのに、いきなりこんな汚れが出てきちゃったのよねぇ……。インクじゃな
さそうだし、擦ってもとれないの」
「オリアン! この子に余計なこと言う必要ないでしょ」
ハリエットは真っ青だ。
「このキャビネット、ジェラルド様のお母様のお
メイド長に知られたら大ごとだわ!」
ここは現在グランシア領にいるジェラルドの母親の部屋らしい。
クビになっちゃう……と
「ちょっとぉ、
「洗剤なんかかけて、余計にひどくしちゃったらどーすんの!?」
「じゃあどうする気よぉ!」
「ちょっと見せて」
オリアンに雑巾をどけてもらう。インクのように
「……
「酢?」
「多分、これは木材に
「……あら、そういえばあなたって家具屋の
くるから」
のんびりした口調とは裏腹にオリアンのフットワークは軽い。すぐさま調達して戻ってきてくれたので、ルルはガーゼに酢を染み込ませて黒くなった部分に張りつけた。
「黒く変色してしまった家具のリペアを
「金属なんて
「じゃあ、何かこぼさなかった? 洗剤とか……」
ハリエットがはっとした顔になる。
「絨毯の染み
「皮を
時間をおいてガーゼを
オリアンが手を叩いた。
「あらやだ、すごーい! 良かったわねぇ、ハリエット」
「え、ええ……。ど、どうもありがと……」
ハリエットは目の敵にしていたルルに助けられたのが複雑なようだった。
ルルの方も無事に落ちてほっとした。
自分の家具屋の娘としての知識が役立って良かったし――久しぶりに同年代の女の子と話せたことを
仕事だけを
「これって、
「大丈夫よ。風にさらしていればすぐに消えるわ。お天気もいいし、メイド長に話して、しばらくこの部屋の窓を開けておいたらいいと思う」
「そうねぇ。汚れも綺麗さっぱり消えてるし、報告しても問題なさそうだわぁ」
ね、ハリエット、とオリアンが話を振ると、ハリエットはツンと顔を
「あたしが報告しておくわ。……心配しなくてもちゃんと正直に話すわよ。でも、こんなことくらいであなたを認めたりしないから!」
「ええ? ハリエットってば、まだそんなこと言って」
「行くわよ、オリアンっ!」
ハリエットは掃除に使った道具を持って出ていってしまう。
ごめーん、と手を合わせながらハリエットを追いかけるオリアンに、ルルは気にしないでと手を振っておく。
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