2-2
*****
そして迎えた勤務初日。
カートに乗せているのは洗顔用のぬるま湯やタオルなどだ。ふかふかの
「おはようございます、ジェラルド
入室を許可する声はかからない。
返事がなくても中に入っていいと言われているため、カートと共に室内へと足を
動く気配がないため、ルルはもう一度声をかけた。
「ジェラルド様、朝ですよ」
シーツの中の
(これ、本当に寝ているのかしら。……
まるでルルが近寄ってくるのを待っているかのようだ。
すると、手首を
「ちゃんと時間ぴったりじゃないか。感心だな」
ニヤニヤ笑いのジェラルドがルルを
ルルの方はある程度予想がついていたので、動じずにニッコリと微笑んだ。
「おはようございます、ジェラルド様。起きていらっしゃるのなら離していただけますか?」
「つれないな。二度寝に付き合えよ」
「付き合いません」
「昨夜はよく
「ものすごく快適に眠れましたのであのお部屋でじゅうぶんですわ」
ジェラルドはすかさず切り札を出した。
「どうだ? 三分間、抱き枕になったらボーナス一万」
「わかりました」
照れもせずに
「……もっと嫌がるかと思ったが」
「仕事ですから」
いちいち
(どうせセクハラまがいの要求をしてくるだろうってことは読めてるのよ。この
「では、わたしは今から三分間枕になりますね。枕ですので口も閉ざさせていただきます」
微笑んだルルは固く目を閉じた。何をされても無視してやるという意思表示だ。
「へえ……?」
目を閉じてしまったのでジェラルドの表情まではわからないが、
「だったら、
その言葉と共にぎゅっと抱きしめられる。
(だめだめ、わたしはただの枕。石。無機物になるのよ)
ルルはジェラルドを意識しないよう、頭の中で今日の予定を並べた。
(えーっと、今日やることはジェラルドの
「……ルル」
「六年ぶりに再会して思ったが……、綺麗になったな」
「!?」
「昔から可愛い顔立ちだったが大人っぽくなった。この綺麗な髪も食べたら甘そうだと思っていたんだが、
甘ったるく耳元で囁かれて背筋がぞわぞわした。
まるで
頭を撫でていた熱い手のひらが
「可愛い声だな。もっと聞かせてくれ」
(こ、こいつ、いつの間にこんな遊び人みたいなセリフを
ちゅっと大げさなほどのリップ音を立てて耳に口づけられたところで限界に達した。
「三分っ! もう三分
「まだ一分しか経ってないぞ」
ベッドから転がり落ちるようにして逃げ出したルルを、ジェラルドは
「三分
「そんな!」
「残念だったな。再
せっかくのボーナスのチャンスが……。そしてなんだ、この敗北感は……。
(信じられない、あのセクハラ
――逃げるように
*****
(はあ……。やっとお昼……)
ジェラルドを見送った後の仕事をこなし、ルルはよろよろと使用人用の食堂に向かう。
主人付きという特別
とることを希望した。
昨夜と今朝は上級使用人たち――従者であるアンソニー、メイド長、料理長などと
そしてどうやら上級使用人たちの中で『求婚
(もうちょっと
食堂に足を踏み入れると、すぐに視線が集まってきたのでドキッとした。
部屋の中には二十人ほど――男性使用人は一人か二人で、あとは女性使用人だ。特に話しかけられるわけでもなく視線はすぐに
ぎくしゃくした動きで食事をもらって空いている席に座ると、二人組の少女がすかさずルルの正面に移動してきた。
「ここ、座ってもいいかしら?」
「あ、ええ、どうぞ」
「ありがとう。あたしはハリエット、で、こっちはオリアン。あたしたちは二人とも家政女中よ、よろしくね」
きびきびとした口調の少女が名乗る。
同年代の少女二人が声をかけてくれたのでほっとしてしまった。
今話している背が高くて気の強そうな方がハリエット、スープに
「わたしはルルです。よろしくね」
商会が赤字になってからは女友達ともすっかり
たらいいな、と思うルルをハリエットはしげしげと
「あなた、すごいのね。あたしたちと同じくらいの
「え」
「それとも、侯爵家のご
「そんなまさか!」
ルルは
「わたし、お屋敷勤めって、はじめてなの。職人通りのエインワーズ商会ってご存じかしら? そこの娘なんだけど……」
この発言に、周囲で耳をそばだてていたメイドたちの空気がびしりと固まった。
「はじめて? はじめてでいきなりジェラルド様付きなの?」
「え、ええ……」
ルルとしては気を使われるような大層な人間じゃないとアピールしたつもりだったが、
どうやら失言だったらしい。ひそひそ話にすらなっていないざわめきが聞こえてくる。
「エインワーズ商会って、落ち目の商家じゃない。そんな子がどうして侯爵家に勤めに?」
「あたし、見たわ。あの子が赤い顔してジェラルド様の部屋から出てきたところ……」
「やだ。まさか、ジェラルド様に取り入って雇ってもらったってこと?」
しまった。まるでルルが愛人か何かのように思われてしまう。
ハリエットは
「ご、誤解よ。わたし、ジェラルドの――ジェラルド様のことなんて、なんとも思っていませんから」
「なんとも思ってないですって!? あんなに
い?」
「えー、その、素敵な方だと思いますが」
「ほら、やっぱり色目を使っているのね!」
じゃあなんて答えろと。
何を言っても
若い娘ばかりなので実際に見聞きしたわけではなく、
容なのだろう。皆がとうとうと熱っぽく瞳を
♪ 今から語るのは若き侯爵ジェラルド様の過去。
語り
ジェラルド様のお父上である前侯爵には悪い
「
「ああ、かわいそうなジェラルド様」
「学校にも通えず、社交界からも遠ざかるばかり」
そんな矢先、前侯爵はお
残された奥様と一人
「十六歳で
「ああ、苦しい思いをなさったジェラルド様」
「領地を立て直すために三年もの時間を
そして、ずさんな管理をされていた侯爵領を立て直しました。
「将来有望、王家からの覚えもめでたく」
「ああ、今や
「素敵な方にお仕えできて、わたしたちは幸せです」
ジェラルド様の未来に幸せあれ、グランシア侯爵家に栄光あ~れ~~~♪
じゃじゃん!
お芝居だったら
(ジェラルド過激派……。いや、ジェラルド教?)
ジェラルドが庶民校にいたことは知られていないらしい。
再会した時に「なぜ身分を
「とにかくっ」
ハリエットがルルを指差して
「ジェラルド様に気に入られてるからっていい気にならないで。あの方はあんた如きがお近づきになれるような方じゃないのよ! わかった?」
――その数時間後。
外出から帰ってきたジェラルドが
ルルは
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