2章 グランシア侯爵邸
2-1
「……と、いうわけで明日からわたし、
ジェラルドとの
「信じられない」
「そうよね。わたしも侯爵家で働くことになるなんて思いもしなかったわ」
「そっちじゃないよ! 侯爵様からの
昔の知り合いの正体が実は侯爵様で、大人になってプロポーズしにやってきてくれた。
これだけ聞いたら、女の子が大喜びで
「だって、
「嫌いって、……なんでそこまで? よっぽど
学生の
(……あれ? それだけじゃなかったかも)
腹が立った一件であることには
が何か別にあったような気もする。
『ねえ、ルルちゃん。ジェラルド・フィリーが――……』
――
(まあいいか。きっとむかつきすぎて
立ち話もなんだからとトーマスに先導され、寮のロビーに通される。
学生用のロビーなので、談話用の
どうぞご自由にお使いくださいとばかりに茶葉まで何種類か置いてある。茶器も茶葉も量産品で安いものだがずいぶんと気が
「えっ、何ここ? お茶のセットまであるの? 学生寮なんか来たことないから知らなかったけど、結構設備が整っているのね」
トーマスが
「……二年くらい前? に、ある貴族からの寄付で寮の設備を整えたんだって」
「へー、立派な方ね」
「誰だと思う? グランシア侯爵だよ」
ぶっとお茶を
あいつか! そういえばジェラルドは通いではなく
あまりいい思い出のないはずの母校、しかもこんな
疑ってしまうルルに、トーマスは
「姉さん、世の中お金だよ? せっかくの
「世の中愛と真心よ! 我が家が赤字なばっかりに、弟が
わざとらしく
「別に俺は父さんや姉さんほど商会にこだわりないしさ。家族で
「そうよ。騙されてるのよ。きっと生意気なわたしを
これまで自分の結婚相手のことなど考えたことはなかったが、――結婚相手には
まだ王都に
もっとも、そちらには求婚された
「まあ見てなさいよ。さっさと一千万分の要求を
「……ほーう? それは楽しみだな」
「ぎゃあっ!?」
背後から聞こえた低い声に振り返る。入り口にはフロックコートを
ルドがいつの間にか立っていた。
「ど、どうしてここに?」
寮生の関係者しか入れないはずなのにと思ったが、たった今この男が学校に寄付金を出しているという話を聞いたばかりだった。出入りなんて顔パスだろう。
「メイド長が今日のうちに部屋や設備の説明をしておきたいというから
ジェラルドからは身一つで来てもらっていいと言われていた。
不承不承ながら
「グランシア侯爵。このたびの件、本当にありがとうございました。姉がお世話になりますがよろしくお願い
「ああ。トーマス、といったか。よくできた弟だな。金のことなら心配しなくていいし、こいつのことも任せておけ」
ジェラルドは立派な紳士の
もトーマスでお
「……侯爵様、別にフツーにいい人そうじゃん」
っそり
「ふっ。あんな上辺だけの態度で騙されるなんて、あんたはまだまだこの男のことをなんにもわかってないわね……」
「ワタシの方が彼のことを良く知っているんだから、ってアピール?」
「全然違う。事実よ、事実っ」
「っていうか、ほんとに姉さんは何が不満なの? 顔だってカッコイイし、あんなモテそうな人が姉さんに求婚した理由が
「何をごちゃごちゃやっている? 行くぞ、ルル」
「とにかく、わたしのことは心配いらないから。あんたは勉強
「うん。姉さんも頑張って」
トーマスに見送られ、ルルは元気よくジェラルドの背を追いかけた。
――その去っていく姿を見送ったトーマスはほんのちょっぴり
たとえ侯爵に何か
*****
グランシア侯爵
ここは貴族のタウンハウスが立ち並ぶエリアで、王都育ちのルルですら
「彼女が俺の
ジェラルドによって引き合わされたのは、四十代くらいの
かしこまりましたと
そこでジェラルドとは別れ、メイド長の案内でルルの部屋に連れて行かれたのだが……。
「えっ、この部屋ですか?」
「何か問題が?」
「い、いえ、その……。まさか個室がもらえるなんて思ってもいなくて」
使用人スペースの一角にある一室がルルの部屋だと言われた。
日当たりはそんなに良くないし、ベッドや備え付けのクローゼットがあるだけの簡素な部屋だが、そもそも大勢いる使用人一人一人に部屋なんかもらえないはずだ。相部屋や
「ここは上級使用人用の部屋です。
があります。他の者は
「あの、わたしもそっちでいいんですが」
「
そこへ、アンソニーが
サイズを
「この屋敷には
「ここに来るまでにすれ違った人たちとは違うんですね?」
中に着る
「あの
そう言うメイド長の服もデザインが少し違う。
「わたしの他に給仕女中は雇っていらっしゃらないんですか?」
「ジェラルド様は特に必要とされておりませんでしたから。元々、三年前に
そうなんですか、と頷いた。
後々知ったのだが――屋敷によってはわざわざ給仕女中を雇わないところもあるようだ。
支給される日用品の確認をした後、メイド長は一度部屋を離れ、ルルはアンソニーが持ってきた雇用契約書に目を通した。
はっきりと
(本当にこの日給で雇ってもらえるんだ……)
ジェラルドが不在の時は、その都度、家政女中の仕事を手伝うことになっているが――それにしたって
アンソニーの顔をちらりと窺ってしまう。売り言葉に買い言葉で雇われたルルのことを、この人はどう思っているんだろうか。
「どこか、記載
「あ、いえっ」
否定したついでに、「なんか……すみません……」と
「なぜ謝るんです?」
「こんな高給で雇ってもらえるなんて
しはジェラルドのことをなんとも思っていませんし、あいつの言葉を真に受けて分不相応にも結婚したいとか言うつもりはありませんので安心してください。一メイドとして、
「はあ。なぜ私にそのようなことを宣言されるんです?」
「え……。アンソニーさんはジェラルドの従者ですし……、得体のしれない女が主人の
主人が使用人に手を出しているなんて風評が流れたら、アンソニーだって
うと思ったのだが。
「ああ、私の心証を
エインワーズ商会にも貴族は出入りしていたが、付き人というのは主人を
主人を
んばかりの口ぶりだ。
「…………あのー、従者とか
清潔感と
「そういった立派な志を持った方もおられますが、私にとっては『仕事』ですので」
「…………なるほど」
アンソニーは公私を完全に切り離して考えるタイプらしい。
職務
(仕事……。そうよね、これは仕事。別に後ろめたく思うことなんて何もないわ)
見ようによってはジェラルドの好意を
高給で雇われることへの
これで、今からルルの主人はジェラルド。彼に対する生意気な態度は
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