第3話 神界への反旗


 詩織がハッと息を飲み、リカの方を振り向く。

   リカ、どうしてあなたにそんな事がわかるの?

    とでも言いたげに。

 解るのよ、詩織。私は、檻村の中枢神経に侵入したから。

   あなたは、本当の意味では、檻村深雪の義妹ではなかったのよ。

   檻村深雪は、貴女の知り得ない場所でいつも暗躍していたの。


「100万年前、アブァロンでは、アブァロンの民と呼ばれるリョースアールブが神々と呼ばれる、全知全能の支配者ネフィレによって制圧されていた。

     そのリョースアールブの中に傲慢や嫉妬を抱き、その支配者ネフィレに対して反旗を翻す者たちが現れた。

     私たちリョースアールブはネフィレに対して戦いを挑む者と、ネフィレを信仰して神の使徒としてネフィレを守護する者たちの2つに分断され、対立した。


 今の、連邦とプロメテウスのように。」

   深雪が、ゆっくりと、静かにこの世界の真実を語り始めた。


  「 そして、アブァロンの全次元世界を巻き込んでの戦争に敗北した私たちは、その理想郷の楽園から追放され、遥か彼方のこの地に、私たちが

 標準次元領域と呼ぶこの世界に流れ着いた。

     さらにネフィレは、アブァロンの周囲の次元空間に外界と楽園を隔絶して次元転移を阻害する障壁をさずけ、私達を完全に締め出した。」

 1度次元の扉を隔絶させられれば、

 その場所に転移するのはもちろん、そこにある全ての情報が遮断されてしまう。

   そうなれば、そこに何が有るのか、真実も理想郷の楽園も何もかも確認仕様がない。

    人類がアヴァロンという神話や伝承を滅亡した楽園だと定義付けても無理もない。

   いや、檻村たちリョースアールブが意図的に何か目的があって滅亡説を流布させたのか?  

     「そしてネフィレは、自分たちに再び戦争をしかけ、反旗を翻す者たちを完全に抹殺するために、憎悪と妄執を糧にして無限に増殖する魔物、フューリズをこの次元世界に送り込んできた。

      アブァロンを追放され、最後に生き残った私達も、フューリズの猛威に襲われ、過半数が殺され一時は壊滅寸前にまで追い込まれた。

    窮地に追い込まれた私達だったが、これは、ある意味絶好の機会でもあった。

   絶滅寸前に追い込まれた私たちリョースアールブの末裔たちは、悠久の時をフューリズとの戦いに費やし、ソーサリーを発展させ、拡張させ、そして、進化していった。

    そして遂に、私たちは、現在の全てのフューリズを凌駕するまでにソーサリーを拡張させた。」

   詩織が、リカの事を思う。

   リカは4大財閥や純血種でもない、クローン技術で生まれたような量産型のソーサレスだ。

    だがそんなソーサレスでも、強い執念と意思かあれば、僅か一世代でこれ程までに強いソーサレスに自身を進化させ、発展させる事ができる。

      

    「だが、それでもまだ、アヴァロンの次元障壁を破る事は出来ない。


    それどころか、仮に全てのフューリズを駆逐して消滅させたとしても、ネフィレは今よりもっと強力な第2第3のフューリズを生み出すに違いない。

    

   そこで私たち純血種たちは、考えた。

  この神界の連鎖と呼ばれるフューリズのシステムを、反対に利用する事は出来ないかと。

     そして私たち純血種は、アブァロンの滅亡と回帰を起源とした闇の組織、レグレッションを創設し、全世界にプロメテウスに対する脅威と危機感を植え付け、連邦とプロメテウス、全人類を2つに別けた戦争を引き起こさせた。

     この2つの戦争は、この2つの人類に、互いに憎悪と妄執を抱かせ、それによって適度に強力で進化した討伐が可能なフューリズを半永久的に人工培養する事が出来るようになった。


 そして、その操作された脅威によって私たち

 純血種を初めとするソーサレスは継続的に進化と発展を遂げる事が可能になる。


   私たち純血種、いやレグレッションは、連邦とプロメテウス、両方を天秤にかけ、その戦力の均衡が崩れないよう

 幾百年にも渡り裁定者としての役割を果たしてきたのよ。

 双方の組織の中核に、同じ血縁の純血種を送り込んでね。」


 全ての真実と思想を覆された詩織は、硬直して沈黙していた。

   いや、リカにとっても、それは想像を絶する衝撃の真実だった。


   

 「 この狂った悪魔たちめ」

  リカが抑揚の聞いた、静かなる憎悪と侮蔑を込めた言葉を言い放つ。

  

  「 人聞きの悪い。私たちレグレッションは、全世界の救済の為に戦って来たのよ。

   もし恒久的な、真の平和を手に入れる為には、フューリズを駆逐した後いずれはアヴァロンとも対峙しなければならなくなる。

     アヴァロンが侵攻して来た際、誰がこの世界を守護するのよ」


「黙れ!!あなた達は、あなたは、私の故郷を滅ぼした。

    まだ幼い日の同胞たちを虐殺した。

    そんな殺人鬼が、どんな正義を語ろうとも  その真実は揺るぎはしないわ。

   例え全世界が崩壊しようとも、ここであなたを撃つ。」

    リカが幼い頃の煉獄の炎に包まれた記憶を思いだす。

    檻村が、檻村深雪が自分たちの故郷を焼き払ったことは、知っている。

    偶然故障を免れた監視カメラに、過去のデータが残っていたから。

    たが、何故今日まで自分たちの故郷を次元世界ごと崩壊させたのか?

   それは今日まで解らなかった。

   だがまさか、こんな常軌を逸した理由で幾億もの人間を虐殺していたとは。

    想像も出来なかった。   

     

      自分たちの優秀な血統の繁栄のために、他者を利用し、踏みつける。

   人類の救済など詭弁でしかない。

   この世界で、全ての人類で、最も醜悪で邪悪なる思想と理念を持つ組織と人間だ。

   冷静に努めようとリカの心の底からどす黒い悪意の感情が湧き出てきて、激情を現さずにはいられなかった。

    

 

  「冬河さん 貴女だって、人のことは言えないでしょう

   このプロメテウスに潜入し、フォルセティのスパイとして暗躍して 私達の組織を内側から瓦解させようとした。

   そして、ここにいる純粋無垢な詩織まで騙して」

  「 お姉様!!」

   詩織が泣きそうになりながら叫ぶ。

「詩織、知ってたの?」

  詩織は俯き沈黙することで答える。

   「そう、本当は、騙されていたのは 掌の上で踊らされていたのは私の方だったのね  」

    リカは何かから開放されたような、

 安堵感を感じながら呟いた。

    リカが開放されたのは、それが知られて詩織に嫌悪される事への恐怖と不安感か、あるいは彼女を騙している事への罪悪感か?

    それともその両方か?

   いや、そのどちらでもない。

    詩織がリカの事に怒りや憎悪の感情を抱いていなかったこと。それも全く動揺する事もなく、今まで通り盟友として、親友として暖かく接して来た。

 そのことに対して、リカは少しも驚かなかった。

   いや、もう、始めから心の底では解っていた。

 リカが例え敵の組織の諜報員だったとしても、詩織は悲しみはしても敵意は抱かないであろう事に。

    すでにもう、二人の関係は組織やその組織の理念、思想の垣根を超えていた。

  リカが心の底で懸念していたのは、恐れていた事は、詩織に嫌悪される事ではなく、彼女を悲しませる事、苦しませる事だった。

   そして、本心では深雪との戦いに巻き込みたくないとも思っていた。

  いや、いつからか、そんな風に思うようになっていた。


  「  冬河さん。あなたの事は、始めてバルコニーで会った瞬間にすぐにわかったわ。

    だって私たちは、組織を欺き同胞たちを抹殺する裏切り者、言ってみれば同類ですもの 。 」

    お前なんかと一緒にするな!!

   リカが睨みつける。


「 私は詩織に、あなたの事を抹殺するように指示したのよ。

   でも、詩織は拒絶した。

   それどころか、貴女のことを救うために、その身を犠牲にして私の守護天使になることを約束してくれたのよ

     あんなに、人を殺すことを嫌がっていた彼女が、人と戦うのを嫌がっていたこの娘が。

   貴女を殺さずに済ませるために、私の

 配下になってくれるって言うのよ。

    そして、その時決めたのよ。

  貴女は、詩織を強くするために利用出来るって、彼女を純血種として、いや、レグレッションの血統として覚醒させるのに、上手く利用出来るはずだって。

  

   詩織には、 いずれは、連邦だけでなくプロメテウスのソーサレスたちも処刑する手助けをして貰うつもりだったわ

   別に、貴女が内通者でも、構わなかったしね。

  私の目的は、別にプロメテウスの勝利を望んでいる訳ではないのだから

    詩織が私の為に、いいえ、私たちの為に貢献してくれる

   それに比べれば、貴女の生命など、安いものだったわ。

   」

   

   「私はプロメテウスのソーサレス、そして

 檻村の選定された血統の1人。

   その私たちを騙して裏切る、敵対する諜報員は許して置くことは出来ないわ

   でも、それでも、私は貴女を殺せなかった。

  貴女には、生きてて欲しかった。

  だって あなたにはあなたの正義や信じる想い、願いがあるだろうし、愛する者たちがいる。

    それに あなたは、冬河リカは、

 私の大切なパートナーだから

    例え住む世界や組織が違っても

  ずっと一緒に笑い合い、戦ってきた

 盟友だから」

    詩織が、悲哀のこもった笑顔で言った。 

    彼女がいつ、リカが諜報員である事を知ったのか?

 それは解らない。

    けれどもたとえ短い時間の中でも、自分と同じように関係が決裂する恐怖や不安、騙している事への罪悪感を感じさせてしまったのだろうか?

   そう思うとリカの心が引き裂かれる様に痛み、せつなくなる。

          

  「 馬鹿ね  詩織、そんなの

 貴女を騙す為の演技に決まっているでしょう」

    リカが詩織の葛藤や自己嫌悪を柔らげるために、わざと憎まれ口をたたく。

  「 詩織をここまで懐柔することが出来るなんて 、  冬河さん 、 あなた凄いわね」

   深雪がリカを冷淡な眼差しで見上げながら、薄ら笑いを浮かべて言った。

    「 あなたなんかに、詩織の気持ちは、一生わからないわ」 

     今度は深雪が顔をしかめる。

  まるで、侮辱されたかのような、義姉として失格の烙印を押されたかのような気分になって。  


  「 そう ところで 冬河さん 。

  さっきも言ったけど、貴女は、詩織が今まで以上に強くなって、ソーサレスとしてより高みに到達するのに、利用できる。

    潜伏していたフォルセティと連邦軍の精鋭部隊、この2つは、排除させてもらったわよ。

   プロメテウスの戦力を削ぐのに役立つから、放置しようかとも思ったけど、でも、絶好の機会だったから。

   詩織の目の前で、貴女を処刑する絶好の機会だったから。」

   ソーサリーの力とは、ソーサレスの思念とエーテルの同調率で決まる。

    勝利への執念や強い意思、ソーサレスの想いや願いが、ソーサレスの思念を強くし、エーテルとの同調率を高める。

  深雪はその為に、詩織の目の前でリカの処刑を執行し、詩織のリカを救いたいと願う心を引き出そうとしている。

   リカを処刑する姿を見せる事で、リカを救済しようとする詩織を覚醒させる。

     そう、詩織を覚醒させる。

 それはリカもしようとしていたことだ。

  だが、それは、あくまでも、多数対1、

 少なくとも20人、出来れば30人以上の精鋭ソーサレスの部隊で深雪を迎え撃つ最後の切り札として温存しておくつもりだった。

    今の状態で彼女が覚醒しても、深雪には到底勝てない。

  記憶を好きなように書き換えられて、洗脳されて言いように利用されるだけだ。

   彼女を戦いの操り人形として言いように利用する。

   最初にリカがしようとしていた事を、

 ソーサリーの力を借りて、もって卑劣で、もっと愚劣なやり方で立場を変えて深雪はするつもりだ。

   「待って!!深雪お姉様!!」

   詩織が深雪を止めようと説得を試みた瞬間、深雪は左手を差し出した。

    詩織の身体が空間転移し、突然出現した巨大な水晶の中に閉じ込められている。

 「 キャーッ」

  「あなたは、その氷の牢獄で見ていなさい。

  詩織、貴女は大切な義妹よ。

  だからあなたの事は、けして傷つけたりしない。

  覚醒した直後に、記憶の一部だけを書き換えるだけだから、安心して。

   でもその前に、彼女を、貴女の大切なこの娘を処刑するわ。

  もちろん、すぐには殺さないから、安心して。

 ゆっくりと切り刻んで、殺してあげるわ。

 例え記憶を失っても 覚醒 した際のソーサレスとしての能力やエーテルとの同調率は

 未来のあなたに継承される。

 そして、レグレッションのその血を呼び覚ませないか、試してあげるわ。」

     「ふざけるな!!」

 リカが怒りとともに、エレメントを燃焼させて斬りかかる。

    聖剣が虹色の軌道を描きながら、深雪に向かって振り下ろされる。

   深雪は片手の聖剣で余裕で弾き飛ばす。


   それでもリカは更に連続して様々な軌道の剣撃を放ち続ける。

   超高速で聖剣を乱舞させる。

   

    深雪はそれを聖剣で弾いて払いのけて防御し続ける。

    魔導力とは、ソーサレスの精神と

 エーテルとの同調率( シンクロ率)で決まる。

  それはリカも同様である。

   今のリカはかつてない程の戦慄と緊迫感で精神が高ぶり、高揚している。

   今のリカならば、大半の純血種にも匹敵する魔導力を持っているだろう。

 しかしー   

  「うふふッ  純血種とは程遠い

  一般のソーサレスでも 研鑽しだいでここまで成長出来るのね」


   深雪はリカの聖炎の剣を弾き返すと、ライトレール・アクセルで後方に下がる。

  そしてー

   

   突然深雪が姿を消し、リカの右側面に出現する。

 慌てて振り向き対応しようとするリカだが、深雪の放った高速の剣撃に切り裂かれてしまう。

   鮮血が溢れ出し、顔を歪める。

 深雪が 速度を重視したため、威力は抑えてある。そのため致命傷ではないが、かといって軽傷で済んでもいない。

  「 あれは、瞬間移動( テレポーテーション )、どうしてあんなに高速で次元転移のソーサリーの詠唱

 を完了させる事が出来るの?」

  詩織が疑問を持つ。

  エーテルは、次元構造を分解したり修復したりする事のできる非物質元素である。

  次元転移は、肉体の物理的構造と物質元素を全てエーテルに圧縮還元して次元空間を透過するソーサリーである。

  次元転移は、難易度の高いソーサリーの為に、通常 距離に関係なくソーサリーの詠唱を終えるのに数秒から数十秒かかる。

   それを一瞬で終えるなんてー

 リカが聖剣を構え直し、詩織に斬りかかっていく。

  左右の袈裟斬りに横薙、を高速で撃ち込む。

   それを深雪は片手で迎撃する。

  そして、また深雪が瞬間移動した。

  そして、今度はリカの左後方に出現する。

   リカは深雪の移動した方へ慌てて向きを変えて、後方へ跳躍して緊急回避しようとするが、間に合わず再び胸を切り裂かれてしまう。

 「もう、やめて、深雪お義姉様!!」

 詩織が懇願する。

   「さあ、詩織。速く目覚めなさい。

   私は、その為に貴女を煉獄の炎の中から拾い挙げたのだから。」

    煉獄の炎の中で!!

 その言葉の意味と負傷しているリカの姿が重なり合う。 

  過去にも一度、今と同じ状況を体験したような。

 そんな不思議な感覚がする。

   そうだ、自分は何故、こんなにも、誰かの生命を救いたいと思ったのだろう。   

   護りたいと願ったのだろう。

   様々な想いが交錯する。

  

   リカが聖剣を消滅させ、ホーリネス・ リンケージレイ(聖炎の烈光)を6連続で発射する。

   深雪は聖剣で4発その烈光(リンケージレイ)を弾き飛ばし、2発は身を翻してかわした。

    弾き飛ばされたり標的をはずしたリンケージレイ(烈光)はビルの外壁でそれぞれ炸裂する。

 ビルの窓ガラスが粉砕され、ガラスの破片がシャワーとなって雨のように降り注ぐ。

    

 深雪が跳躍して、虹色の聖剣で撃ち込んでくる。

   聖剣が様々な軌道を描き乱舞する。

  リカは再び聖剣を精製して、その剣撃を左右に払いのけて防御する。

   瞬間、空中を浮遊するガラスの破片が渦をまく。

   来る!?ー

  リカがライトレール・スピン・アクセル

( 高速電磁波回転)で高速回転する。

 その刹那、右後方に瞬間移動した深雪の剣撃を、リカが聖剣で受け止める。

   慎重な深雪はすぐ様跳躍して後方に下がる。

    リカは深雪が テレポーテーション( 短距離次元転移)する瞬間に発生する次元空間の歪曲を観察し、彼女がテレポート(瞬間移動)するタイミングと位置を予測し特定したのだ。

   ガラスの破片を空中に散布したのは、

 空間の歪みを可視化するためだった。

  凄い、リカー

 さすが。詩織がそう思ったのと同時に、リカの聖剣が磨耗して砕けてしまう。

   通常のソーサレスである、純血種に比べ格下のソーサレスであるリカの、持久力や耐久力の低さが露呈した。

 リカの保有している魔導力の消耗が臨界点を突破したのだ。

「 逃げなさい、詩織。

 あなたは、連邦やプロメテウス、そしてレグレッションたちとの

 戦いに巻き込まれては駄目。

   あなたには、戦う事も、人を殺す事も も、そのどちらも向いていない。」

 もう、深雪には勝てない。

 ならばもう、せめて、詩織だけでも、この

 悪魔と、争いと絶望の連鎖から詩織を解放したい。

  そしてもう、自分の手の内からも離れ、

 自由に大空を羽ばたいて欲しい。

 

  「 黙りなさい」そう言って深雪は瞬間移動してリカの左側面に回り込む。

  ライトレール・アクセルで後方へ緊急回避しようとするリカの太腿を切り裂き、リカの機動力までも奪う。

   もう、回避すらもできない。

  「 勝負合ったわね」

 深雪が邪悪な笑みを浮かべる。

  リカが死を覚悟する。

 

 深雪の身体にエーテルが充満し、発光する。

  もう駄目だー

  例のテレポーテーション(瞬間移動)をする気だー

  詩織が絶望したその刹那ー  

   過去と現在の時間の歯車が噛み合い、それが彼女の書き換えられた記憶を蘇らせる鍵となった。

  幼い頃のあの日、故郷の次元世界と、自分たちの居場所である研究所が灼熱の炎に包まれた。

    研究所の仲間たちはすでに息絶え、自分も灼熱と黒煙に巻き込まれて生命が尽きようとする寸前、同じく反死半生の彼女が、這いずりながらこちらに近づいて来てくれた。

 そして、彼女は詩織の手を握って、僅かに残った生命と魔導力を流し込み、分け与えてくれた。

   その後、自分は気を失い、その間に

 詩織を純血種の血縁であると感づいた深雪に連れ去られた。

   そう、自分を助けてくれた彼女の正体は、冬河リカだったのだ。

  

   詩織が真実に気付き、檻村の血統に、いや、至高のソーサレスとしての自分に覚醒したその刹那に、詩織を閉じ込めている氷の水晶は砕け、その牢獄から脱出した。

   そして、瞬間移動してリカを庇うようにして彼女の側面に立つと、同じく瞬間移動して来た深雪の剣撃を自身の聖剣で受け止める。

   リカが詩織の方を振り返る。

   エーテルが体内を駆け巡り、虹色のエレメントが溢れだしている。

   深雪は後方に跳躍すると、目の前に立ち塞がる詩織の様子を見るため距離をとる。

 

  「貴女もこのソーサリーが使えるようになったという事は、つまり」

   ついに神の使徒として覚醒したのね。

 深雪が歓喜する気持ちの高ぶりを抑えて言った。


  「 もう2度と 大切なものは失ったりしない」

  詩織、ようやく、全てを思い出したのね。

   詩織の様子を見て、そう感づいたリカは力尽きて気を失い、その場に倒れる。


 またせたわね、リカ。今度は私が、あなたのことを護るから。


 詩織の心は今、燃え盛る灼熱の炎で包まれている。

    リカを護りたい。リカを救いたい。

  その魂の叫びがエーテルと共鳴し、体中からエレメントの聖炎となって溢れ出してくる。

    意識が目の前の強敵に集中している。

    何の迷いもない。

   リカとの思い出と、そして希望と未来

 を護る。

    例え自分の敬愛する姉を殺してでも。

  「フフッ  籠の中の鳥は ようやく

 外に飛び出したのね。

   でも」

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